【ピカソの壁画に思う、アートの公共性】

こんにちは!《骨董品・美術品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフの利休です。

やっと夏らしくなったと少し嬉しかったのですが、もう暑すぎて弱っています。モンスーンから亜熱帯に変わってしまったような日本ですが、灼熱の都会の中でさわやかな北欧の夏に思いを馳せています。

ノルウェー・オスロの政府庁舎に描かれたピカソ(1881〜1973年)の壁画が、7月28日に撤去されました。壁画は、ピカソとノルウェーのアーティストの合作で、『漁師』と『カモメ』の2作品。特に建物外壁にサンドブラストによって描かれた『漁師』は、パブリック・アートとして人気が高く、鑑賞スポットとしても有名だったようです。

この壁画が描かれた庁舎は、2011年にテロリストの爆弾によって被害を受けたことで、建て替えられることになったのですが、解体をめぐっては市民からさまざまな反対の声があがったそうです。その理由は、建築遺産としての保存やテロに屈しなかった象徴としてなどなど。市民に愛されていた建物だったんですね。

さらに、アメリカのニューヨーク近代美術館(MoMa)もノルウェー政府に対して、解体見直しの申し立てを行いました。MoMaの申し入れは、ピカソのサンドブラストによる壁画という希少芸術の保護という観点だったようですが、この一連の流れを知って、パブリック・アートに対しての欧米の文化的な懐の深さのようなものを感じました。

パブリック・アートは、日常空間の中にあって人々が共有体験として楽しむもの。当然作品のテーマやモチーフも公共性を意識したものに変わり、楽しみ方もその他のアート作品とは大きく異なるように思います。

日本では、郊外の比較的新しい大きめの公園などに、ちょっと目を引く彫刻作品などを発見することも多くなりましたが、ごくごく身近にあって人々に愛され、大切にされているパブリック・アートというと、ピンとくるものがありません。

ちょっとニュアンスは異なりますが、渋谷駅前のハチ公広場にあった青ガエル(東急系車両の休憩所)などは、移転がニュースになるほどでしたから、ひょっとすると欧米のパブリック・アート作品に近い愛され方だったのかもしれません。

人々に大切にされるパブリック・アートが、広く社会に根付いていくためには、アートがもっと暮らしの中に溶け込んで、身近になっていくことが先決なのでしょうね。 サムライオークションは、アートが人々の暮らしの身近になるように、微力ながら頑張っていきたいと思います!

【現代アートの役割は《既成概念》を壊すこと】

こんにちは! 初心者大歓迎の《骨董・美術品専門のオークションサイト》サムライオークション、スタッフの利休です。

7月16日、《ろくでなし子》さんが《プロジェクトアート》だと主張する一連の作品・制作工程に対して、最高裁判所でわいせつ性が認定され、罰金刑が確定しました。罪状は『わいせつ電磁的記録等送信領布罪』です。

利休は、ろくでなし子さんやその作品について、特に思い入れはありません(笑)。ただ、このニュースに接した時、日本の司法は進化していないんだなと感じました。だって、ネットには無修正の動画がいくらでも流れているし、この作品が社会に害悪をまきちらしているようにはとても思えないからです。日本のベスト&ブライテストのハズなんですが、何かズレているなと。

日本ではこれまでにも、芸術性とわいせつ性が争点になった裁判はいくつかあります。大島渚監督の映画『愛のコリーダ』などが有名ですが、それらの法律的な解釈ではなく、ここではそもそもアートとは何か、その本質について少し考えてみたいと思います。

まず、アートには多様性、多面性があります。表現方法も多種多様であり、時代とともにその概念も変化してきました。だから全ての人間にとっての《正解》のようなものは、なかなか難しい。ただ、今回の判決に寄せて考えた時、現代アートの持つ重要な役割の一つは、同時代人が持っている《既成概念を壊す》ということがあると思います。

それは、アーティスト自身が自らの欠落感を埋めて、生き残るためだったのかもしれません。または、遠く離れた誰かを応援するために、何かを破壊する創作のこともあったでしょう。それらは、その時代、その社会ごとの常識とされているものについて、疑問を投げかけるものだったはずです。

言葉を発するのが難しいマジョリティに対して、おかしいぞと訴えるメッセージ。大きなチカラを持ち続ける偉大な作品もありますし、身近な一人を救ったささやかな作品もさまざま存在するはずです。

かつてアートそのものに対して、疑問を投げかけたアーチストがいます。マルセル・デュシャン(1887〜1968年)です。有名な代表作《泉》は、現代美術界に大きな影響を与えた、《アートとは何か?》を考えるための、教材のような作品です。常識を疑う、壊す、そんなところに創作のモチーフは隠れているようです。

サムライオークションにも幅広い時代の、さまざまなアーティストの作品が出品されています。お時間のある時に、ぜひご覧ください!

【社会を変えるアートのチカラ《社会彫刻》】

こんにちは! 初心者大歓迎の《骨董・美術品専門オークションサイト》サムライオークションの利休です。今回からブログを担当することになりました。よろしくお願いします!

ところで皆さんは、ヨーゼフ・ボイス(1921〜1986年)というアーティストをご存知でしょうか。彫刻やインスタレーション、パフォーマンスアートなど、多くの作品を残しているドイツの現代美術家です。

ボイスの提唱した概念に《社会彫刻》があります。これは『彫刻を掘るように、アートで世界は変えられる』という考え方で、社会や政治の活動の場に、アートも積極的に参加していくべきだという主張です。ボイスは、アーティストとは『自ら考え、決定し、行動する人』だと定義して、誰もがそうなれるし、社会の幸福に寄与する義務があるとまで訴えていました。

なぜボイスを思い出したかといえば、7月の大雨災害や相変わらず続くコロナ禍です。どちらも環境破壊が遠因にあることは間違いありません。自然の猛威によって社会のシステムが損なわれ続け、結果的に世界中で国家的な債務の拡大が止まらずに、半年後にどんな世界になっているのか、不安な気持ちになってしまう方も多いのではないでしょうか。

でも、そんな今だからこそ、ボイスの言葉を思い出し、自分でできる目の前のことをしっかりやろうと、前向きな気持に切り替えようとしています。ショッピングバックを持ち歩くとか、ゴミの分別をきちんとするとか、どんなに小さな行動でも、環境負荷の低減につながれば、明るい未来に貢献できる、そんな考えや行動も《アート》だとしたら、なんだか嬉しくなりませんか?

『私たちが生きるこの世界を、どのように形成し、現実化するか。それは、進化するプロセスとしての彫刻なのです。人間は皆、それをつくる芸術家なのです』(ヨーゼフ・ボイス)

アートについて『世界を変える唯一の可能性』というボイスの信念に、アート業界の末席にいる人間として、強く共感します。 サムライオークションは美術品・骨董品を通じて、アートファンのための新しいコミュニティーづくりを目指しています!

「japan」と言えば「蒔絵」

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

お正月のおせち料理を重箱に詰めたり、特別な日に使う食器やお椀などに漆器を使う場面をよく見かけると思います。漆器は英語で「japan 」と呼ばれていたこともある、日本を代表する工芸です。その漆器の表面に漆で模様を描き、金粉を蒔きつける技法を「蒔絵」と言います。

蒔絵は、1000年以上も前から完成している日本独自に発展した伝統的な技法です。漆で模様を描き、その漆が乾かないうちに金粉を蒔きつける、といった細かい作業を何度も繰り返します。金を蒔くから蒔絵なんですね。ストローのような小さな筒に金粉を入れて、軽く叩きながら必要な分量を落として濃淡をつける地道な作業です。

鑑賞のポイントは、その金の粒を見ることです。金の粒の色や大きさで奥行きが変わります。撒き散らした金を筆で払いながら整えて密度をコントロールし、遠近感を出します。平目粉という不均一の粉を使えばきらきらした質感を表現でき、丸粉という金粉を使えばやわらかくぼやけた感じを表現することができます。

食器の他にも昔から、手箱、印籠、かんざし、万年筆、めがね、最近ではスマホケースなど、高級感を出したい小物に幅広く蒔絵は登場します。海外でも人気で、16世紀後半にキリスト教文化と共に鉄砲やワインなども日本へ来ましたが、それと同時に日本からも蒔絵が大量に注文され、輸出されました。蒔絵を施したものはヨーロッパ貴族のステータスだったのです。今でもヨーロッパの教会に行くと当時の漆器が大事に保管されていると言います。 近年は工業化によってプラスチック製品が横行していますが、日本の美術品としては外せない蒔絵がこれからも続いていってほしいものですね。

お湯を沸かすだけなのに、特別な存在感【鉄瓶】

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

お茶やコーヒー、料理など、お湯は毎日の生活に欠かせません。健康に気を遣って、白湯を飲むことを習慣にしている方もいらっしゃるかもしれません。お湯を沸かすための道具は色々なものがありますが、過去百年から二百年にわたって広く普及した「鉄瓶」に注目してみたいと思います。

江戸時代、岩手県盛岡市の周辺でよく取れる砂鉄を使った製品が多く作られていました。同じ頃、煎茶の登場がきっかけでお茶が手軽に楽しめるようになります。そこで、使いやすい湯沸かしの道具が必要になり、日本の茶道で用いられる茶の湯釜を小さくして、取っ手と注ぎ口をつけるというアイデアから「鉄瓶」が誕生し、たちまち全国へ広がります。

鉄瓶は丈夫で長く使われやすく、広く普及して種類も多いので、保存状態は気にしなければいけませんが、比較的見つけやすい骨董品かもしれません。戦前にはどの家庭にも一つはあったもので、古い鉄瓶は今では大変貴重なものとなっています。

査定や鑑賞で確認しておきたいポイントとして、「鉄瓶のつまみ」があります。「象牙」や「翡翠(ひすい)」が使われている場合、富裕層が財をつぎ込んで作らせた「嗜好品」である可能性が高く、「希少性」と「芸術性」から高価値になりやすいとされています。「つまみ」や「取っ手」は作者の遊び心やこだわりがよく反映されるので、よく観察してみましょう。また、鉄瓶の内部に白っぽいものがある場合、それは水に含まれるカルシウムが付着したものになります。カルシウムは赤錆を防ぎ、お湯の味を良くするものなので、必ずしも価値が落ちるものではなく、こすって落とす必要はありません。 重厚な存在感を持つ鉄瓶を生活に取り入れると、お湯を沸かすだけで特別な儀式を行っているような、厳かな気持ちになれそうです。

意外な価値があるかもしれない陶磁器「盆器」

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

最近は日本だけではなく、海外でも緑のアートとして盆栽が人気です。欧米では「BONSAI」という表記で認知されるようになりました。年配の方の趣味のように思われることが多いですが、モダンなインテリアとして若い世代にも受け入れられてきています。

盆栽の始まりは中国で、お盆の中に石と共に花や木を並べて山水を再現するというものでした。日本では平安時代に広がり始め、貴族が趣味として楽しみました。盆栽を本格的に楽しむには、背景に広がる景色や四季までを想像するという心構えが必要とも言われています。

盆栽は木にばかり注目が集まりがちですが、鉢もまた木と共に育てていくものです。時間が経つほど味が出てくるため、木やテーマに合った選び方が重要になってきます。近年では盆栽鉢は「盆器」とも呼ばれ、美術品として扱われる場面も少なくありません。中国清の時代に長江の泥で作った鉢には、数千万円の値が付くこともあるそうです。

盆栽鉢作家でもっとも有名な鉢職人といえば、平安東福寺です。その生涯は貧しく、他人の窯を借りて鉢を焼き続けたそうです。素朴で控えめなデザインが特徴的で、当時はあまり見向きもされませんでしたが、死後10年ほど経ってから価値が見直されてきました。

海外でのブームが広がるにつれて、今後「盆器」の価値も上がっていくのでしょうか。奇抜な配色やオシャレな形をしているものも多く、雨風に耐える強度が必要で丈夫な作りになっているので、陶磁器の焼き物食器とは違ったコレクションとしても楽しめそうですね。

おかっぱ頭に丸い眼鏡と派手な服装【藤田嗣治】

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

Webメディア上での人気コンテンツと言えば「猫」ですよね。「猫」は最強のコンテンツと言っても過言ではないほど人気があることは、ほとんどの方が納得するのではないでしょうか。近年はSNSの普及もあり、世界各地から発信される猫の画像や動画を好きなだけ楽しむことができますが、絵画の猫もまた、実物とは違った癒やしを与えてくれます。

猫の絵を得意とした画家に藤田嗣治という人物がいます。パリで活躍し、戦後日本の画壇から追放された悲劇の画家としても知られており、フランス国籍を取得後にカトリックの洗礼を受け、フランス人「レオナール・フジタ」となります。

父である藤田嗣章は、森鴎外の後任として陸軍に所属する軍医のトップにまで昇進した人物でした。その交流から藤田嗣治は森鴎外と面識があり、「画家になるにはどうしたらいいか」と相談したそうです。そして、森鴎外の薦めから東京美術学校の西洋画科に入学した後、紆余曲折あって画家として成功することになります。

1913年に渡仏してパリのモンパルナスに住むようになりますが、モンパルナス界隈は家賃が安く、画家が多く暮らしていました。そこで、後に「親友」と呼ぶことになるアメデオ・モディリアーニやシャイム・スーティンらと知り合い、さらにはピカソやシャガールなど有名画家とも交友します。

藤田は、猫を裸婦や自画像のワンポイントとして描き始めています。モデルと猫が並んでいる作品が多数あり、重要なモチーフとなりました。自身も猫を飼っており、猫たちは良きパートナーとして藤田の活躍を見守り続けてきたのかもしれません。気まぐれだけど甘えたがる猫の様子と柔らかさが、とてもよく表現されています。猫が好きな方は、ぜひ藤田嗣治をチェックしてみてください。

一本の木を思い起こさせる家具【李朝家具】

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

韓流ブームが起こったこともあり、韓国の映画や歴史ドラマなどを見かけることが増えました。韓国の王朝時代を舞台にしたドラマなどでは、書き物をするときの低い机や、「卓子」という書物を乗せる本棚のような台、「文匣」という文房具や紙をしまう棚など、生活家具に書斎道具がよく出てきます。そのような、朝鮮王朝時代の生活家具のことを「李朝家具」と呼びます。文芸に携わる人々に愛された貴重な骨董品で、日本人の目利きたちをも魅了したと言われています。

14~20世紀初めまで支配が続いた李王家の時代で、学問や芸術が発展します。その文化を支えたのが両班(ヤンバン)という高級官僚で、彼らが好んで使用していたのが李朝家具でした。李朝家具は優雅で簡素であることが良しとされ、釘を使わない方法で組み立てる技術を使うなど、見えないところに財がつぎ込まれました。

李朝家具の価値や魅力は、その製造段階から見ることができます。材料を同じ素材で統一する家具が一般的な中、李朝家具は色々な種類の木材を適材適所に取り入れて作られています。例えば、重心がのしかかる家具の下部には、木の根元の部位を使用します。この部分は、重い木を支えるため固く締まっているからです。また、材料の接続部分などには、木目の細かい幹の上の部分を使用します。さらに家具の正面にあたる部分には、日光のよく当たる木の南側部分を使用します。

自然の姿に逆らわない組み立て方で作り上げられる李朝家具は、まるでそこに木が立っているかのような、自然なバランスと温かみが感じらる家具なのです。

金魚は縁起物

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

夏の風物詩といえば金魚すくいですね。

金魚は、長い年月をかけて品種改良される「生きた芸術品」や「動く彫刻」などとも呼ばれます。「金」運をもたらす「魚」として人気で、癒やし系の存在でもあり、昔から庶民にも親しまれてきました。

そんな金魚を心から愛した陶芸家が「宇野仁松」という人物です。20世紀を代表する彫刻家イサム・ノグチに陶芸の手ほどきをしたこともある陶芸家で、焼き物で稼いだお金の大部分を金魚につぎ込み「宇野系らんちゅう」という品種をも生み出しました。

ガラスの鉢が無かった時代では、金魚は陶器の器に入れて上から鑑賞するものでした。そのデザインは様々で、ツボのような大きいものだったり、平べったいフリスビーのような底の浅い丸いものだったり、ユニークな形をした金魚鉢が出回ります。

ガラス製品が普及してくると、「金魚玉」と呼ばれる風鈴やヨーヨーのような、手のひらサイズの透明なガラス玉に金魚を入れて吊るして鑑賞することもありました。金魚を手に入れて移動する際の手頃な入れ物がなかったため、水が漏れないガラス製の玉が重宝されたのです。

江戸時代頃には、日常の様々な生活道具に金魚を描いたものをよく見かけるようになってきます。うちわ、小物、着物の柄、食器だったり、屏風一面に金魚が描かれたものをインテリアとして飾って涼しさを演出しました。このように、金魚が描かれている骨董品はたくさん見つけることができると思います。

骨董も金魚も好きという方であれば、コレクションしやすいひとつのジャンルであると言えます。金魚を描いた骨董品は縁起も良く人気があるので、ぜひチェックしてみてください。

文芸と絵画と本【武者小路実篤 x 岸田劉生】

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフ井戸です。

日本では江戸時代に出版文化が開花します。その背景には、本の装丁の技術や芸術性も深く関わっていたと考えられます。木版画を用い、表紙を一枚一枚刷り上げるため、仕上がり方に微妙に違いが出ることが味わい深く、人々を魅了しました。

このような本の装丁には、画家などの芸術家も関わりがありました。小説家であり画家でもあった武者小路実篤は、自身の著作の表紙装丁も手掛けます。武者小路実篤は、当時の日本では珍しかったゴッホやセザンヌなどの絵画を紹介するなど、文学・美術・思想の面で大きな影響を与えた文芸雑誌「白樺」を創刊したメンバーの一人です。

武者小路実篤ら白樺派との出会いに大きな影響を受けた、岸田劉生という人物がいます。岸田劉生は、大正から昭和初期にかけて活躍した洋画家です。新聞記者であった父の血を引いていて文業でも成果を残している人物ですが、14歳で両親を亡くした頃から独学で絵を描き始め、展覧会で油絵が入選されるなど絵画の才能を開花させます。白樺に出会ってからは印象派ゴッホの影響を受けた画風になり、その後はゴヤなどの影響を受け、写実的な画風へと変化していきます。

岸田劉生は武者小路実篤へ、小説に敬服したことを手紙にするなど親密な関係であったとされています。また、白樺10周年記念号にて、「僕に思想や何かの固まる時代に白樺を友とすることが出来たのは本当に幸福」という言葉を残すほど、個性を重視する白樺という媒体があったからこそ今の自分があると感じていたようです。このような深い交友があり、武者小路実篤の小説『友情』は、岸田劉生が本の装丁を手掛けています。白樺という文芸雑誌が引き合わせた文学と絵画は融合が興味深いです。