経済成長と子どもの成長を見てきた「ブリキのおもちゃ」

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日本の成長とブリキの関係

ブリキとは、鉄鋼にスズのメッキ加工を施したもので、一昔前の缶詰や看板、おもちゃの主要な材料となるものでした。1800年代後半の明治に登場し、輸入が盛んになったことで日本にも広く普及します。第一次大戦まではドイツが生産量世界一でしたが、ドイツが敗戦した後は日本への注文が殺到し、海外へ輸出するようになりました。そして第二次大戦後は、復興の柱として「ブリキのおもちゃ」の輸出が支えになります。資源が乏しい中、材料を集めて加工し外貨を稼ぎます。「ブリキのおもちゃ」には復興への願いが込められていたため、当時の時代背景を知る世代や、その子どもたちにとっても思い入れの深い、共に苦難を乗り越えて成長してきた特別な存在だったと言えるでしょう。

「ブリキのおもちゃ」のその後

ブリキにはデメリットもありました。鉄鋼が材料なので重さがあり価格も高く、表面の加工にスズを使用するため子どもが口にすると健康にも良くないとされていました。そのような理由で、軽くて健康への影響も小さいプラスチック製品のおもちゃが現在の主流となります。ブリキは現在ではほとんど作られないので、希少価値があり人気になりやすく、さらに、箱に入れたままなど製造当時の状態を保っている場合は価値が跳ね上がることもあります。 おもちゃは観賞用の絵画のような骨董に比べると、誰にとっても身近な存在であり、個々人が懐かしさを覚えやすいため、突然コレクターに目覚める方も多いようです。ブリキ製品は骨董品として扱われるものの中では比較的最近のものと言えるので、探すと意外に見つかるかもしれません。たとえそれが保存状態が悪かったとしても、希望を背負いながら日本の成長を牽引してきた背景を知ったうえで手に取れば、その重量以上の重みを感じることができるでしょう。

【偉大な孝行娘!:葛飾応為】

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実は、私には娘がいるのですが、ここ数年はたまに仕事帰りに二人で飲んだりして、聞きたくなかった男の話を聞くことがあったとしても、良いものだなあとしみじみ感じています。

皆さんは、北斎(1760〜1849年)の娘、葛飾応為(かつしか・おうい:生没年不詳)をご存知でしょうか。

改めるまでもなく、画狂人北斎は、LIFE誌の『この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人』に日本人として唯一選ばれているほどの偉大なアーティスト。

《LIFE・この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人》

生涯に製作した作品は3万点以上とも言われています。その創作意欲は晩年になっても衰えることを知らず、死の床にあって、あと5年生かしてくれれば本当の絵描きになれたと言い残すほどでした。他界した年にも傑作を数点描いています。

そこで、応為です。北斎には2人の息子と3人の娘がいたとされていますが、応為は3女。父親譲りの画才があり、嫁いだ亭主の絵を嘲笑したため、離縁されてしまいます。いわゆるシャクレ顔であり、北斎に『あご』と呼ばれていたのだとか。

出戻った応為は、北斎の創作活動のサポートをするようになりますが、例えば女性の指先など、細かいディテールの描写において、その表現力は北斎を上回るほど。光と影を巧みに使った構図など、そのオリジナルの作品も父親に肩を並べるほどの魅力を感じます。

実は、北斎没年(1849年)の作品『雨中の虎』は、作品の筆跡に応為の特徴が出ていると分析する研究もあります。虎は北斎のメタファーと考えられています。

《雨中の虎・太田記念美術館所蔵》

応為については不明な点も多く、はっきりと応為作と認識されている作品の数は少ないようです。

まだ女絵師の存在が社会的に受け入れられにくい時代に、豊かな才能を持った応為がどのような気持ちで北斎をサポートし、自分自身の作品に向き合っていたのか、空想するのも楽しいですね。

常設ではありませんが、応為の作品は太田記念美術館に所蔵されています。ご興味のある方は、開館スケジュールや作品公開のタイミングなど、お問わせの上、ご訪問ください。

《太田記念美術館》

サムライオークションにも、浮世絵作品が出品されています。ぜひ作品ページもご覧になってください!

イギリス陶芸の父「ジョサイア・ウェッジウッド」

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海外のアンティークといえば、ティーカップなどの陶磁器が思い浮かびます。ティーカップで有名なブランドといえば、世界最大の洋食器メーカー「ウェッジウッド」でしょう。海外のアンティーク市でもよく見かける人気の商品です。そのウェッジウッドの創業者「ジョサイア・ウェッジウッド」はどんな人物だったのでしょうか。

見習い時代

ジョサイア・ウェッジウッドは1730年生まれ。ヨーロッパの陶芸史を変えた人物です。17〜18世紀にイングランドのスタッフォードシャーという町の小さな製陶所の見習いとして、地元の粘土を使ったものづくりをしていました。当時の技術は素朴で家庭向けの分厚い陶器が主流でした。

研究熱心

1754年にトマス・ウィールドンという名工とパートナーになったことが転機となり、飛躍的に技術が向上します。当時の陶器産業は衰退しており、立て直すには科学を取り入れた技術革新が必要だと考えたジョサイアは、素地、釉薬、彩色、形にこだわるようになりました。研究者さながらの試行錯誤の末、薄くてキレイなデザインの新種の彩色陶器を次々に生み出します。その探究心が数々の成功へと導きました。

独立と功績

トマス・ウィールドンと5年働いた後に独立し、アイビー・ハウス製陶所を設立します。最初の功績として今までに無い緑の釉薬を発明し、スタッフォードシャーの窯業は有名になります。18世紀半ばの頃、出来上がった作品を馬で運んでいたため破損率がとても高かったのですが、強い反対を押し切り運河の建設へ乗り出し、この運河の完成が陶芸を含む各産業の発展へと繋がることになります。また、彼の工房は労働者への待遇が良く、健康と福祉を重視したものでした。さらに、奴隷廃止運動でも活躍。陶芸にとどまらず、社会を良くするために幅広く活動してきました。

死後も愛されるブランドへ

ジョサイア・ウェッジウッドは1795年1月3日に死去します。その後も工房は150年維持され、後継者の職人が伝統を守り続けながら新しい製品も生み出してきました。1950年になると工房は閉鎖され、現在のバーラストン工場に移されます。伝統技術を残しながら最新の技術も取り入れて共存させ、美術と産業の融合に取り組んだ偉大な人物だったと言えるでしょう。

天才贋作者のモチベーションとは?

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『好きこそものの上手なれ!』とは、よく使われる言葉です。確かに夢中になれることがあれば、知識や技術は自然に身につくはず。そして、その夢中になったことに市場性があれば、なお良しです。

野球やサッカーなどのプロスポーツは、それを見ることが大好きなファンの存在があってこそ、ビジネスとして成立します。観客がゼロになってしまうと、市場が成立せず、今や大きなクラブでも経営危機になっているのだとか。無理矢理開幕をすすめるプレミアリーグで感染爆発が起こらなければ良いのですが…。

さて、今回は《美術館を手玉にとった男》という映画の話です。30年に渡って、米国20州、46の美術館を騙した天才的な贋作専門画家のドキュメンタリー映画です。

2008年に主人公マーク・ランディスの贋作事件はニュースになるのですが、彼は捕まることはありませんでした。

《美術館を手玉にとった男》

なぜかというと、彼はお金もうけのために贋作を描いたのではなく、専門家が本物と見紛う絵画を自ら描き、慈善活動と称して寄贈しただけだったから。なんとも妙な話なのですが、彼の飄々とした語り口やその人となりを見れば、少し納得できる気もします。

ポール・シニャック(1863〜1935年)、スタニスラス・レピーヌ(1835〜1892年)、ルイ・ヴァルタ(1869〜1952年)などなど、中世の時祷書までも、ウォルマートで購入した安い画材を使って、楽しみながら贋作をしている様子をカメラが捉えています。

なぜ自らオリジナルの作品を作らないのか『この世界にオリジナルなものなんてないのさ』と彼は語っていました。そして、なぜ贋作を作るのかという質問に対しては『贋作を作るのが好きだから』と話します。

もちろん、単純にその言葉どおりに受け取ることはできないのですが、その言葉の中には確かに本音があったような気がします。

彼がどのように画を描いているか、その屈折した精神を知ることは、アートファンの皆さまにとって、何かの刺激になるかもしれません。

複雑な現代社会の病理の中にある、決して評価されることの無い才能を知り、皆さん自らの真贋を見極める力につなげていただければ幸いです。

サムライオークションとしては、決して贋作製作者をリスペクトしているわけではありませんので、念のため (*´ω`*)

「かるた」が嫁入り道具?

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映画やアニメでも大人気の、競技かるたが題材の「ちはやふる」というマンガをご存知の方は多いのではないでしょうか。競技かるたとは、かるたの一種である百人一首を用いた競技のことです。小さい活動を含めると競技人口が100万人を超えるスポーツ競技となっており、「畳の上の格闘技」とも言われるそうです。バシバシ叩かれてボロボロになる、そんな誰もが知るかるたですが、昔は惜しみなく財をつぎ込まれる高価なものでもありました。

かるたの歴史

トランプのようなカードのことをポルトガル語で「carta(カルタ)」と言います。そのカルタが、室町時代後期にキリスト教や鉄砲と一緒にポルトガル人によって日本に伝えられました。日本にはそれ以前から「貝覆い」という二枚の貝殻に絵柄を書いて同じものを見つける、という遊びがありました。この貝覆いとカードゲームであるカルタが融合され、日本独自のカード型のゲームとして「かるた」が誕生したと言われています。

惜しみなく財をつぎ込む

かるたが誕生した頃は遊ぶものというよりも、貴族が嫁入り道具として贅を尽くしたり、教養や観賞のためにコレクションするものでした。そのため、一枚の絵や縁に金箔を贅沢に使い、裏一面には銀を使用するなど細部にこだわります。また、かるたを入れる箱は職人が絵を描き、漆を塗った豪華なものに仕立て上げるなど、各分野のプロによってひとつのかるたが作られていました。そこに集約される財や技術からわかるように、当時のかるたは間違いなく美術品としての役割を担っていました。現代ではお正月に遊ぶ子どものゲームというイメージがありますが、昔は大人の嗜好品だったのです。

遊ぶだけではもったいない!

小さい頃よく遊んでいた、家の引き出しにしまってあるその「かるた」。年季の入ったものであれば、もしかするととても価値のあるものかもしれません。遊ぶだけではなく、鑑賞して楽しんでみてはいかがでしょうか。

初心者のための骨董・古美術用語シリーズ!

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美術品、骨董品を楽しむためにご紹介している基本用語集。不規則・不定期に掲載しています。今回は〈掛軸〉にまつわる言葉について、まとめてみました。ご参照ください。

【掛物:かけもの】

床の間にかけるように作られた書画のこと。掛軸は、掛物の一種です。仏画、浮世絵、山水画、花鳥画などのジャンルがあります。連作となる複数の画を同じ表装で仕立てたものを〈対幅(ついふく)〉と呼びます。床の間は本来、掛物や生花などを飾る日本独自の専用スペース。その建築文化が失われてきたことで、掛物を飾る機会が減っているのは、寂しい限りです。

【表具:ひょうぐ】

書画を飾るために、布や紙などによってつくられたベース、額に相当する部分。掛軸、屏風、ふすま、衝立、巻物などのことを指します。それらを仕立てることを表装(ひょうそう)といい、表装を仕事にしている人を表具師(ひょうぐし)と呼びます。

【本紙:ほんし】

掛軸や屏風、巻物などに飾る作品本体。書画の描かれた紙や絹のことを指します。鑑賞の中心となる対象物ですね。本来は、〈本紙〉が鑑賞のメインではあるのですが、掛軸などは〈表具〉も含めた全体を作品としてとらえる場合も多いです。

【上・下:じょう・げ】

掛軸の上の部分と下の部分。それぞれ、天・地とも呼びます。掛軸を床の間に飾った時、本紙が鑑賞の中心となって、違和感がないようにバランスをとるのが上・下の役割です。日本文化に特有の余白ですね。

【中廻し:ちゅうまわし】

掛物の上・下の間の〈本紙〉をとりかこむ部分を指します。〈本紙〉のバックに重なるところで、書画の印象に影響するのでとても重要なため、上等な〈裂(きれ)〉が使われます。

【風帯:ふうたい】

掛物の上部に上部の軸から下に向けて垂らす細い紐状の布のこと。一般的に〈一文字〉と同じ〈裂〉を使うことが多いです。

【一文字:いちもんじ】

〈本紙〉の上と下の部分に貼る幅の狭い〈裂〉のことを指します。面積は小さいのですが、〈表具〉の要といわれる大変に重要なポイントです。通常は〈中廻し〉や〈上・下〉よりも上等な〈裂〉を使います。上の〈一文字〉が、下の倍の幅で作成されます。

【八双:はっそう】

掛軸の一番上に付いている、棒状のものを〈八双〉または、〈半月(はんげつ)〉、〈表木(ひょうもく)〉と呼びます。多くの断面はかまぼこ形ですが、江戸中期以前のものには、三角形のものもあります。

〈本紙〉と同様に奥深い〈表具〉の世界。まずは、〈上・下〉〈風帯〉〈中廻し〉のスペースのバランスを評価すること、そしてそこで使われている〈裂〉を見て、自分なりの価値判断をすること。そんなところから、掛軸コレクションを楽しんでください!

心の中の庭を散歩する

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2007年に亡くなった故・河合隼雄は、日本の臨床心理学の土台を築いた第一人者であり、元文化庁長官でもあった方です。彼がカウンセリングの現場に導入した「箱庭療法」は多くの人々を救ってきました。「箱庭」とは、浅い箱に砂や小さな人形、模型など様々なものを自由に置いて物語を表現する遊びのようなものです。箱庭を通じて行う自己表現によって治癒効果を促すという、世界でも確立されたセラピーです。

ところで、コロナウイルスの影響で不要不急の外出を控える状況が続いています。部屋にこもったままだと閉塞感を感じますよね。もやもやを吐き出したい、でも出歩くのは気が引ける。こんなとき自宅でできる遊びとして「箱庭」を試してみてはいかがでしょうか。箱の上で無心に物語を作る作業は、心が開放される効果があります。頭の中のことは紙に書き出すと良いと言われますが、気持ちを言葉にして書き出すのは意外と億劫に感じるものです。箱庭は言葉が不要なので、気軽に楽しむことができると思います。

さらにここでオススメしたいのが、アートの要素も取り入れた「枯山水」を箱庭にしてみるということです。枯山水とは、禅の教えとともに発達した日本庭園の様式で、水を使わず、石や砂で自然の情景を表現する日本独自の庭です。京都のお寺などで実際に見たことがある方も多いのではないでしょうか。庭が無くても、室内で作ることができるキットがネットショップなどで販売されており、面白い作品がネット上にもたくさんアップロードされています。お出かけは難しくても、家にある小箱の中に河原の砂や石、花びらや木の枝などを拾ってきて作ってみれば、小さなお子さまでも楽しめると思います。

穏やかな水面やうねりのある波を「砂」で、おとなしい面や荒々しく力強い面を「石」の角度で表現し、無心になって作ってはやり直すという作業を繰り返してみると、そのときの気分と作品が似通ってくることに気がつくかもしれません。自宅でも楽しめるアートとして、ゆったりと「箱庭枯山水」を散歩してみてはいかがでしょうか。

社会が不安定な時、変革者は現れる

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歴史が好きだったなどとは、口が裂けても言えない学生だったのですが、年齢を重ねると突然大河ドラマにハマる友人がいたり、なぜか歴史に興味を持つようになる人は多いものです。人生経験が深まると、歴史上の出来事や誰それと自分を比較して、しみじみ共感できることが増えてくるのでしょうか。

最近、現在とルネサンス期を比較する評論やテレビ番組に触れることが何度かありました。ルネサンスという言葉は、辞書的には〈再生〉を意味するフランス語。ただ、その概念を語る切り口は幅広く、定義もさまざまあります。

私は塩野七生さんの『見たい、知りたい、わかりたいという欲望の爆発』(『ルネサンスとは何であったのか・塩野七生ルネサンス著作集1』〈新潮社〉)が、この精神運動の本質であるという解釈が気に入っています。

1348〜1420年頃、キリスト教会が支配してきたヨーロッパでペストが大流行し、イングランドやイタリアでは、人口の8割が死亡したそうです。その時、人々は初めて教会を疑いはじめ、宗教改革やルネサンス運動につながっていきました。

病気による極端な人口減が社会に与えた影響も大きいでしょうが、それまで圧倒的な権力や信用を誇っていた教会の権威が損なわれたことで社会は不安定になり、その後大きく変化していったのだと思います。

世の中が不安定な時に、変革者は現れます。ルネサンス期にキラ星のごとく現れた芸術家たちは、それまでの強力なルールから解き放たれて、自由な表現を生み出していった、というわけですね。

アフターコロナの世界でも、さまざまな分野でゲームチャンジャーが出てくるような予感がします。アートの分野でも、新しい表現者が現れてくるでしょう。古い思考の人間にとっては、楽しみなような、怖いような複雑な心境です。

サムライオークションにも、表現の変革者たちの作品が出品されています。お時間のある時に、ぜひじっくりと作品を探してみてください。

バーチャルツアーならルーヴル美術館へ行ける!?

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新型コロナウィルス対策で各地の美術館や博物館が臨時休館を余儀なくされていましたが、2020年5月5日の政府の発表で、東京都など13の「特定警戒都道府県」にて、密集防止策を条件に開館を容認する決定がされました。日本で美術館から感染者が出たという報道は特に出ていない状況ですが、感染リスクへの不安の声も少なくありません。入場制限やアルコール消毒、検温などの対策を徹底した中での再開になると思われますが、海外の美術館ではどのような対策を行っているのでしょうか。

2020年3月17日(火)に外出禁止令が出されたフランスでは、フランス内務省が発行する特例外出証明書を持ち歩かなければならなくなりました。その後、5月11日(月)からは100キロメートル以下の移動の外出が解禁され、100キロメートル以上、あるいは県をまたぐ場合などは外出証明書が必要となります。

世界最大級の美術館であるフランス・パリのルーヴル美術館は、この外出禁止令が出る前は入場制限を実施しながら営業を続けていました。しかし3月初め、従業員が働くことを拒否するなど感染への恐怖を訴えたこともあり二日間の営業停止がありました。その後営業を再開し、来場者へのソーシャルディスタンスやエチケットなどの呼びかけを行っていましたが、現在は閉館しています。レストランやカフェなどの飲食店なども営業停止していますが、美術館を含むこれらの商業施設以外は5月11日(月)以降に営業が一部再開されます。レストランでの飲食や美術館への入館ができるようになるのは6月2日(火)以降が検討されています。

そんな状況ではありますが、営業が再開されるまで待ちきれないという方の間で「美術館のオンラインビューイング」が注目を集めています。これを機に、館内を歩き回ることができるバーチャルツアーを体験してみてはいかがでしょうか。

▼ ルーヴル美術館

https://www.youvisit.com/tour/louvremuseum

https://www.louvre.fr/en/visites-en-ligne#tabs

【一流が憧れる天才《カラヴァッジオ》】

こんにちは!《美術品・骨董品専門のオークションサイト》サムライオークションです。

熱心なファンというほどではないのですが、野外球場でビールを飲みながらプロ野球観戦するのが好きです。今年は開幕が遅れていますが、ロッテに入団した大型ルーキー佐々木朗希投手に注目しています。スポーツニュースでは、ブルペンで投げる佐々木選手の投球を見て驚く、一軍選手や解説者のコメントを紹介していますが、ダルビッシュ投手以上の逸材のようです。

〈一流は一流を知る〉とよく言われますが、一流の芸術家に目標とされた天才として思い出すのは、カラヴァッジョ(1571〜1610年)です。29歳で『聖マタイの殉教』と『聖マタイの召命』を完成させると一躍ローマ画壇の寵児となり、2週間を絵画制作に、その後の2ヶ月を遊んで暮らすというライフスタイルや素行の悪さも有名ですね。まさに古い時代の天才職人といった印象が、管理社会に生きる現代人には魅力的に映ります。

同じく天才と呼ばれるダビンチ(1452〜1519年)やピカソ(1881〜1973年)と比べて、絵画一本であったこと、そして38歳で早世したことからも、個人的にはよりヒロイックな印象です。何より、その光と闇のコントラスト、劇的照明効果による表現は、ルーベンス(1577〜1640年)、ヴェラスケス(1599〜1660年)、レンブラント(1606〜1669年)、フェルメール(1632〜1675年)などなど、超がつく一流画家たちに影響を与えました。そのスタイルに憧れた画家たちは〈カラヴァジェスキ〉と呼ばれています。

その天才カラヴァッジョの〈キリストの捕縛〉は、200年以上行方不明とされていた作品。しかも、1990年にアイルランドのダブリンで修道院に飾られていた時には、別人〈ホントホルスト(1592〜1656年)〉の、しかも複製画だと認識されていたそうです。1990年、優秀な絵画修復士との幸運な出会いによって、カラヴァッジョの作品と証明されました。

こんなお宝発掘ストーリーを知ると、ついつい骨董市に足が向いてしまいませんか? 

サムライオークションにも、そんなドラマチックな作品との出会いがあるかもしれません! お時間のある時には、ぜひサムライークションのサイトまで遊びにきてください!