大河ドラマ「べらぼう」の題字をはじめ、世界から注目が集まる書家の展覧会『石川九楊大全』

東京都上野にある〈上野の森美術館〉では、書家・石川九楊さんの全軌跡を辿る展覧会『石川九楊大全』が2024年6月8日(土)~7月28日(日)の期間で開催されています。

石川さんといえば、2025年放送予定の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の題字を担当したことで、近年ますます注目が集まっています。

「前衛書」と呼ばれる戦後の水準を超えた、現代に共鳴する“書”の地平を切り拓いてきた石川さん。これまでに制作した約2000点の作品から300点が厳選され、「前期」と「後期」で作品を入れ替えて展示。現在は、後期『【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ』が開催中です。(ちなみに前期は『【古典篇】遠くまで行くんだ』というタイトルでした。)

御年79歳という書家の書業に触れたく、美術館を訪ねました。

大河ドラマの題字に採用された書も展示されています!

書は「文字」ではなく「言葉」を書く表現

「お願いだから『書』と聞いて習字や書道展の作品を思い浮かべるのではなく、筆記具でしきりに文章を綴っている姿を思い浮かべてほしい。本展を鑑てのちは。」

このような石川さんのステートメントからスタートする〈第一室〉。トンネルのような薄暗がりで無彩色の作品を鑑賞するという、ちょっと意表をつかれる演出です。

〈第一室〉に並ぶのは1960~70年代に制作された作品。詩人・谷川雁、鮎川信夫、吉本隆明らの言葉や、「磔刑」「吊」といった穏やかではない言葉の書が並び、それらは升目に整頓された文字ではなく、押し寄せる感情をそのまま筆に乗せて走らせた、生き物のような言葉の羅列。書道展などで観る作品とは全く異なる、どちらかといえば現代アートにも通ずるような書が60年代には生まれていたことに驚きました。

石川さんが、ここに発しここに帰結するとする「書は『文字』ではなく『言葉』を書く表現である」という書業。このあとも、この言葉をまざまざと目の当たりにすることになりました。

“語り部”のような書

〈第一室〉を抜けると、パッとひらけた大空間の〈第二室〉が。そこには灰色の紙に言葉を隙間なく連ねたタペストリーのような作品や、何メートルと横に広がる作品や、言葉がゾワゾワと蠢いているようにも見える衝立などが並んでいます。〈第二室〉に入った瞬間、言葉と、言葉にこもった重みと、書に向き合った時間の集積とが、洪水のように押し寄せ、溺れるような感覚に陥りました。

こちらに展示されている作品は、聖書の言葉を題材にした若き日の代表作「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」が中心。うねるように書きなぐったり、かすれたり、流麗だったりと、書にはさまざまな抑揚が。それはまるで語り部が、声を荒げ、怒り、泣き、平静を取り戻し、笑ったり、小声になったりしながら物語る様子をそのまま書で表現しているよう。生々しさをこんなにも感じる書を見たのは初めてかもしれません。

書の新時代を切り拓く展覧会

その後も、膨大な作品に圧倒されっぱなしの『石川九楊大全』。〈第三室〉以降は、若き日の探求と試行から生まれた新たな書の表現へ。字一つひとつを分解し、象形化していくような試みも見られます。

〈第四室〉には、俳人・河東碧梧桐の句をモチーフに、2020年に制作された115作品が並びます。〈第五室〉では、小説家・思想家のドストエフスキーや、詩人の吉増剛造の作品を、現代に共鳴する新たな書の表現に昇華させた作品が。さらに、福島第一原子力発電所事故の責任と第二次世界大戦の責任の在り方をリンクさせた「二〇一一年三月十一日雪―お台場原発爆発事件」、その原発事故と東京五輪について言及した「東京でオリンピック?まさか!」、コロナ渦をうけて綴った「『全顔社会』の恢復を願って」など、現代の不合理を追撃した自作詩をつくり、それらを書で表現しています。

東アジアで生まれ、さまざまに発展し、戦後以降は、際立った発展がなかったという「書」の世界。ですが、石川さんを中心として今、新しい書の表現が生まれる時代に突入しているのかもしれません。その新時代を切り拓くきっかけにもなりそうな本展、おすすめです!

新潟県の銘酒「八海山」のラベルに採用されている書は石川さんが書かれたものなのだとか!

Information

石川九楊大全

会期:2024年6月8日(土)~7月28日(日)

【前期】2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【後期】2024年7月3日(水)~7月28日(日)

会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園 1-2)

開館時間:10時~17時

※入場は16時30分まで

休館日:会期中無休

観覧料:一般・大学生・高校生2000円

※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方と付添いの方一名は無料

リンク:石川九楊大全公式サイト