【7つの魂を解き放つ、杜昆さんの個展「七魄」〈ミヅマアートギャラリー〉にて開催中】

日本及びアジア圏における独自の感性を持ったアーティストを発掘・支援・紹介する〈ミヅマアートギャラリー〉。1994年に東京・青山にギャラリーを開いて以降、2008年に北京に、2012年にはシンガポールにも開廊。近年はアートフェアにも積極的に参加し、国際的に活躍する作家を多数輩出しています。

現在、新宿区に置かれた〈ミヅマアートギャラリー〉では、2023年4月8日(土)まで、中国人アーティスト・杜昆(Dù kūn/ドゥ クン)さんの個展「七魄」が開催されています。

4歳の頃から絵を描き始め、北京の中央美術学院油絵学科を卒業。現在は北京を活動拠点とし、独創的で卓越した技法でその名を知られる、国際的なアーティストです。

同ギャラリーのサイトで知った杜昆さんの個展。そこに掲載されている作品画像は、一見すると中国の伝統的な山水画。でも、なにか底知れぬ特異さがモニター越しにも感じられ、どんな作品に出合えるのかワクワクしながら個展を訪ねました。

そして、実際にギャラリーに足を踏み入れた瞬間、なにか時間が止まったような、精神的というのか、信仰的というのか、そこに漂う空気さえも少し緊張しているような雰囲気が、会場を包んでいました。

展示されているのは、数メートルにおよぶ巻物作品や、軸の14点。そして、ギャラリー中央にはバネや金属棒などがさまざまにつけられた奇妙な木箱。

おもに正絹に墨と岩絵具によって描かれた風景画が、それぞれ美しく表具されています。モチーフは、霞む仙境や渓山、港に停泊する船、荒波を縫う帆船、静寂の霊廟や寺院、暗雲と龍など。その幽玄な世界は緻密な筆致で見事に描かれ、作品を眺めるのにも思わず息を潜めてしまうほど。

ギャラリーのスタッフの方から「こちらの映像を見ていただくと、作品の制作について理解が深まります」と案内され、映像が流れる部屋へ。

モニターには杜昆さんと思われる人が、あのギャラリー中央に置かれていた木箱を操って音を奏でています。ということは、あの箱は「楽器」!?

そして、この映像を見て気づいたのが、今回展示されている作品は、古来の山水画の技法を踏襲したものではないということ。むしろ、まったく新しいアイデアと手法で描かれています。

下の写真の「蝉噪」と書された巻物作品を見て、なにかしらの既視感を抱く人がいるでしょうか?

たとえば、心電図のパルス信号。なにかの実験で示された波形。そんなイメージを持つ人も多いはず。

じつは杜昆さんの作品は、彼自身が作曲し、奏でた音楽を“音波”として視覚化し、その音波を風景に当て込み、画を描いているのです。

美術学院在学中にロックミュージシャンとしてプロデビューした杜昆さん。アーティストとして音楽と絵画のふたつの要素をいかに結合できるかを求め続けてきたといいます。その到達点として、音楽を視覚的に作品に落とし込む風景画シリーズが誕生したのだとか。

そして、本展にむけてオリジナルの楽器「Seven Souls」を設計・製作。それがギャラリー中央に配置された木箱です。

縦バネ、伸縮自在のバネ、鋼の棒、カリンバ、小古筝、テルミン、カホンという7種の楽器がこの箱に融合されています。この「Seven Souls」を音源とし、そこから発せられる音楽的要素を音の波に変換し、巻物上に描いています。

本展タイトル「七魄」は、日本語に訳すと「7つのタマシイ」。道教の魂と精神の解釈である「魂魄(Soul/Hún pò)」をコンセプトに、陽のエネルギーに属する3つの「魂」と、陰の側に属する7つの「魄」をこの楽器に宿し、演奏することで、閉じ込められた「魂」が解き放たれる、と杜昆さんは「作家ステートメント」に記しています。

つまり、今回展示されている作品は、この「Seven Souls」という楽器で演奏された14の音楽が変換された作品であり、それぞれが魂の開放の試みであるということ。なんだか深遠な世界……。

杜昆さんは1982年生まれ。その卓越した画力、技法、独創的な視点は、今後も深く掘り下げられ、今後ますます世界的に名を轟かせる存在になるのではないでしょうか。

Information

杜昆「七魄」

場所:ミヅマアートギャラリー(東京都新宿区市谷田町3-13 神楽ビル2F)

会期:2023年3月8日(水)~4月8日(土)

休廊日:日・月曜、祝日

時間:12時~18時

観覧料:無料

TEL:03-3268-2500 リンク:ミヅマアートギャラリー

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【文房清玩の目利き〈百八研齋〉渡邉久雄さんを訪ねて】

2月某日、〈百八研齋〉の渡邉久雄さんを訪ねました。

「文房清玩(注)」の目利きとして知られる渡邉さん。15歳から奉公していた浅草の書道用品専門店〈宝研堂〉で古硯と出合い、見たことのない色、姿形、彫刻などに魅了されたといいます。以降、硯、筆、墨、印材など、文房にまつわる多くの名品・珍品を蒐集。定年までの50年間、公私共に文房清玩と歩んできました。

文房へ向けられた情熱は退職後もなお冷めやらず、むしろ渡邉さんの“人生”ともいうべき大趣味に。膨大なコレクションを自宅の書斎に展示し、屋号を〈百八研齋〉と定め、文房の愛好家へとひらいてきました。さらに、東京都葛飾区立石に店舗を構え、多くの人に文房清玩の魅力を発信しています。

(注:文房清玩とは、筆墨硯紙といった文房四宝に加え、水差し、硯屏、文鎮、印材など、中国の文人が賞玩した品々のこと)

今回、店舗だけでなく、自宅の書斎兼ギャラリーに通していただき、渡邉さんのさまざまなコレクションを拝見。「すばらしいものを、数多く見るということが大切なんです」と、書斎の片隅から、奥の倉庫から、2階から、何度も部屋を出入りしては、数多くの名品を広げてくださいました。

そのうちのひとつがこちら。1970年代に彫られた、端渓石の「雲龍有眼硯」です。

比較的年数の若い、縦横30センチ程の大ぶりな硯ですが、龍の口元、爪、鱗に至るまで妥協など一切ない、ミリ単位の緻密な彫り。触れるのが怖いほどです。

「私もこの硯を見たときは、鳥肌が立ちました」と渡邉さん。

彫りの凄まじさもさることながら、突然表れる石眼(石の紋様)を、なぜこのように自然な形でモチーフに含め活かすことができるのか……手がけた職人の技術力の高さと、圧倒的な感性に驚愕しっぱなしの作品でした。

中国へ何度も足を運び、硯の産地を訪ね、現地の人とさまざまな交友関係を築いてきた渡邉さん。その審美眼と情熱を認められているからこそ入手できた貴重な品も。

こちらは安徽省の歙州硯(きゅうじゅうけん)の産地を訪れた際に譲り受けた「歙州硯石紋三十種」。世界に2点のみ存在する、貴重な資料です。

硯のほかにも、印材、墨、文化大革命前につくられたという入手困難な毛筆、中国の吉祥文様が描かれた蝋箋など、姿の美しい品々がずらり。

できるならば、ひとつひとつを時間をかけてじっくり眺めて過ごしたい……。そんな欲望をふつふつと湧かせる書斎は、もはや美術館にも勝るとも劣らない、唯一無二の場所だと感じました。

渡邉さんの活動は、中国のすばらしき品々の蒐集だけではありません。日本の文房にまつわる作家の偉業を後世に伝えていきたいと、趣向を凝らした資料制作にも力を入れています。

下の写真は、近代日本の篆刻家・中村蘭台、二代目蘭台秋をはじめ、大正・昭和期に活動した約60名の印人の篆刻作品をまとめた『百八研齋蔵印選』。約20年かけて印を100点ほど集め、篆刻印、側款、画をつけ、8巻にもなる資料を制作しました。

また、現在取り組んでいるのは、明治期に紀州の墨づくりを復興させ、多くの銘墨を残した鈴木梅仙の「梅仙墨」の資料制作。数年をかけて20点ほど蒐集し、『百八研齋蔵印選』とは趣向を変えた資料づくりを進めているのだとか。

希少で貴重な品をひとつでも多く後世に残し、文房清玩の文化や魅力を永続的に伝えていきたい、というのが渡邉さんの切なる願い。「どうか譲ってほしい」と申し出る客人もいるようですが、一度手放せば二度と手に入れることは不可能に近いものばかり。だからこそ手放せない、といいます。

そして、若い人にこそ、これらのコレクションを見て、触って欲しいという渡邉さん。

「今は硯も墨も売れなくなっている時代。筆の職人さんなんかは年々少なくなっています。でも、こういった姿形の美しいものがたくさんあるということを、若い人たちにも知ってもらって、たくさん見て、目を肥やして、文房清玩の世界に興味を持ってもらいたい。文化を繋いでいってもらいたい。若い人にこそ、間近で触れられる資料として、どんどん見せていきたいんです」

年内には渡邉さんが所蔵する108点のコレクションを紹介する書籍を上梓する予定。さらに今後、個展の開催も視野に入れているのだとか。

日本の文房界において大きな偉業と名を残すことは間違いない渡邉さん。これからの活動にも注目必至です。

Information

百八研齋

住所:東京都葛飾区東立石3-25-14

TEL:03‐5875‐7590

営業時間:10時~18時(日曜は17時まで)

定休日:月曜、祝日

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