【ちいさきもの、愛でる、喜び。「虫」と「人」の親密さを再確認する『虫めづる日本の人々』展】

蝉も鳴くのを躊躇うほど残暑厳しい時候ですが、夕刻になると草むらからチラホラと秋虫の声が聴こえるようになりました。

東京・六本木にある〈サントリー美術館〉では、2023年9月18日(月・祝)まで、秋の到来がより楽しみとなる企画展が開催されています。その名も『虫めづる日本の人々』。

古くから日本美術などにおいて重要なモチーフとなった「虫」。擬人化されて絵巻に登場したり、和歌に詠われたり、工芸のモチーフになったり。また、「蛍狩」や「虫聴(むしきき)」が大人の風流な遊びとして楽しまれていたようです。

そんな虫たちに焦点を当てた『虫めづる日本の人々』展にお邪魔してきました。

風雅で、痛快で、侘しくて。虫と人のおもしろい関係

入館し、薄暗い展示室に入ってまず聴こえるのは、虫たちの声。鈴虫でしょうか。リーンリーンと涼やかな声を響かせています。

1~6章で構成されている本展。第1章では、『伊勢物語』や『源氏物語』などの絵巻や屏風が展示され、それらの文芸と深く結びついた日本の虫たちの姿が紹介されています。

平安時代には、京都嵯峨野で鈴虫や松虫を捕まえ、そのうち姿形・鳴き声の優れたものを宮廷に献上する「虫狩(虫撰・むしえらみ)」が行われていたそう。それらの様子を描いた作品もさまざまに展示されていました。

私が興味深く感じたのは、平安期に編された『堤中納言物語』の「虫愛づる姫君」の展示。その展示キャプションによると、主人公の姫は化粧もせず、「人々が花よ蝶よともてはやすのは浅はかだ」と説き、さまざまな虫を観察して可愛がる変わり者。ですが、その姫の行動の本質を説く解説は真に的を得ており、痛快に感じるほどでした。ぜひ会場でチェックしてみてください。

ほかにも、再生・復活の象徴としての神秘的な意味を持ち、吉祥紋とされた「蝶」をモチーフにした大皿、かんざし、香合、香枕、打掛などが並びます。

また「蜘蛛」と「馬」をモチーフにした鞍も展示されているのですが、じつはこの組み合わせ、ちょっと意外な隠喩になっています。こちらもぜひ開場で確かめてみてください!

『論語』の教えがもとに!? 虫にまつわる作品や図譜の奥深さ

第3章には、季節の草花に合わせて虫たちを描いた「草虫図(そうちゅうず)」が並びます。これは中国で成立した画題で、日本にも伝来し、室町時代の絵師たちは「草虫図」を学び、多く描いたようです。本章には中国人や日本人の絵師の作品が並びます。

また、この「草虫図」には『論語』が関係しているのだとか。「詩を学ぶことで鳥、獣、草木の名前を多く知ることが出来る」(『論語』陽貨・第17)と、弟子に詩を学ぶ意義について説いたという孔子。この思想は日本の絵師たちにも大きく影響し、自らの知識を増やすべく草虫図を描きつつ、この画題を愛していたようです。

さらに江戸中期以降は大名や旗本が中心となり、優れた虫の図譜を制作。驚くべき精緻さで描かれた図譜が本展でも展示されています。

特に、第5章に並ぶ増山雪斎の「虫豸帖(ちゅうちじょう)」は、羽やトゲに至るまでの細やかな描写、質感の再現も見事で、つい見入ってしまいました。

伊藤若冲の『菜蟲譜』も見ごたえがあります。虫たちの表情豊かなこと。ひそひそと彼らの話す声が聞こえてくるようです。

また、上村松園、鏑木清方、伊東深水、川端龍子、土田麦僊といった名だたる巨匠の作品も展示されていましたよ!

現在、身近とは言い難く、どちらかといえば厭われる存在の虫たちですが、本展を巡ったあとは虫への見方が少し変わったような気がします。たまたま家に入り込んだ虫がいたとすれば、暫らくじっくり観察してから外に放つつもりです。

しみじみとした日本の美を堪能できる本展、ぜひ足を運んでみてください。

Information

『虫めづる日本の人々』

場所:サントリー美術館(東京都港区赤坂9‐7‐4 東京ミッドタウン ガレリア3階)

会期:2023年7月22日(土)~9月18日(月・祝)

開館時間:10時~18時(金・土曜は10時~20時)

 ※8月10日(木)、9月17日(日)は20時まで開館

 ※いずれも入館は閉館の30分前まで

休館日:火曜

入館料:一般1500円、大学・高校生1000円

 ※中学生以下無料

 ※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料

リンク:サントリー美術館・特設サイト

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【“美”のなかの“醜”も描く、甲斐荘楠音の全貌に迫る回顧展〈東京ステーションギャラリー〉で開催中】

近年、東京都内の各駅構内にはさまざまな美術展のポスターが並んで貼られることが多くなりました。そのポスターのなかで最近ひときわ異彩を放っていた『甲斐荘楠音の全貌ー絵画、演劇、映画を越境する個性』。それを目にするたび、そわそわ・もぞもぞするような奇妙な心持ちに……。

真っ白なおしろいをはたき、ボリュームたっぷりに結い上げた黒髪女性の目線。ゆるりと横になった女性の笑みを湛える口元――。

原画ではなく、もはやポスターからもただならぬ妖艶さを放つこの美術展。これらの作品を描いた甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)とは? 原画やほかの作品も見てみたい! そんな好奇心に駆られ、〈東京ステーションギャラリー〉(東京都丸の内)で開催されている回顧展を訪ねました。

■画家、映画人、演劇に通じた趣味人――さまざまな芸術を“越境”した甲斐荘楠音

大正期から昭和初期に活動した日本画家・甲斐荘楠音(1894~1978)。作品のモチーフは主に女性。それもどこか退廃的で、美醜相半ばといった人間の生々しい一面を捉えた画風で名をはせた画家です。

1940年代からは画業を中断し、風俗考証家として映画界で活躍。時代劇衣裳デザインを担当するなど、日本の時代劇の黄金期を支える存在だったのだとか。

本展では、画壇、映画界、そして晩年には再び日本画の世界で活躍した楠音の“越境性”や“多面性”に光を当て、彼の全貌を明らかにする内容になっています。

膨大な展示数を誇る本展、とにかく見ごたえがありました! その中でも印象的だった作品やことがらをご紹介します。

■西洋の趣きも色濃く表現された、革新的画風

ギャラリー入り口のメインビジュアルにも採用されている『春』。瀟洒な着物をゆるりとまとい、くつろぐように横になる女性の手には極細のストロー。振袖の上には薄い玻璃グラスが置かれています。なにかにジッと視線を注ぐ目と、笑みを湛えるポッテリとした赤い唇がなんともミステリアス。

実際の作品は衝立型。長年個人所有だったために行方不明とされていた本作品、現在はメトロポリタン美術館の収蔵となっています。本展のためにニューヨークから凱旋し、楠音没後、日本では初公開となりました。

ところで、女性の表情にどことなく西洋画を思わせるものがありませんか? じつは楠音は青年期にレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに深く傾倒。その趣きが『春』をはじめ、さまざまな作品にも色濃く表現されています。

こちらのポスターに採用されているのは『横櫛』という作品。歌舞伎演目『処女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)』に登場する、愛する男のためには悪事もいとわない「切られお富」がモデルになっています。

妖しげで、どこか狂気に満ちたその目。意味深な微笑み。近くで見るとゾワゾワッとするような怖さがあります。

本展ではこの『横櫛』が2点並んで展示されています。構図はほぼ同じですが、着物の絵柄、色、そしてダヴィンチの『モナ・リザ』の微笑を引用したというお富の表情が大きく異なります。もう1点の『横櫛』の表情とぜひ見比べてみてください。

■今でいうコスプレイヤー? 美意識を追求する楠音のこだわり

楠音のユニークさを目の当たりにしたもののひとつに、本人の扮装写真があります。写真右は女性に扮した楠音です。

幼少期から歌舞伎や芝居小屋に親しみ、年配の男性が美しい女形に変貌を遂げることに魔性を感じていたという楠音。そんな憧れからか、友人と古典演劇の衣裳をまとい、特に女形になりきって写真を撮ることも多かったといいます。

ほかにも、楠音がさまざまに扮装した写真、作品描写のために自らポーズをとった写真も展示されています。

1940年代からは映画界で活躍し、時代劇『旗本退屈男』『雨月物語』などの衣裳デザインを担当していた楠音。近年、東映京都撮影所でそれらが発見されたことから、俳優陣が実際に袖を通した衣裳の数々も展示されています。

さらに、未完の作品である2点の屏風『畜生塚』『虹のかけ橋(七妍)』、墨や鉛筆、木炭などで描いたスケッチ、あらゆるポーズの参考や研究に用いたスクラップブックなど、圧倒的な作品や資料、その膨大な展示数に、時間を忘れて見入ってしまいました。

楠音独自の美意識、それを表現するための追求心・探求心・執着心など、複雑で多面的な表現者の全貌を堪能できる本展、見逃す手はありません。

Information

甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性

場所:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)

会期:2023年7月1日(土)~8月27日(日)

※会期中、展示替えあり

休館日:月曜(7/17、8/14、8/21は開館)、7/18(火)

開館時間:10時~18時

※金曜は20:00まで開館

※入館は閉館30分前まで

入館料:一般1400円、高校・大学生1200円

※中学生以下無料

※障害者手帳等持参の方は入館料から100円引き(介添者1名は無料)

※学生は入館の際、生徒手帳・学生証を提示

TEL : 03-3212-2485

サイト:東京ステーションギャラリー特設サイト

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