大河ドラマ「べらぼう」の題字をはじめ、世界から注目が集まる書家の展覧会『石川九楊大全』

東京都上野にある〈上野の森美術館〉では、書家・石川九楊さんの全軌跡を辿る展覧会『石川九楊大全』が2024年6月8日(土)~7月28日(日)の期間で開催されています。

石川さんといえば、2025年放送予定の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の題字を担当したことで、近年ますます注目が集まっています。

「前衛書」と呼ばれる戦後の水準を超えた、現代に共鳴する“書”の地平を切り拓いてきた石川さん。これまでに制作した約2000点の作品から300点が厳選され、「前期」と「後期」で作品を入れ替えて展示。現在は、後期『【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ』が開催中です。(ちなみに前期は『【古典篇】遠くまで行くんだ』というタイトルでした。)

御年79歳という書家の書業に触れたく、美術館を訪ねました。

大河ドラマの題字に採用された書も展示されています!

書は「文字」ではなく「言葉」を書く表現

「お願いだから『書』と聞いて習字や書道展の作品を思い浮かべるのではなく、筆記具でしきりに文章を綴っている姿を思い浮かべてほしい。本展を鑑てのちは。」

このような石川さんのステートメントからスタートする〈第一室〉。トンネルのような薄暗がりで無彩色の作品を鑑賞するという、ちょっと意表をつかれる演出です。

〈第一室〉に並ぶのは1960~70年代に制作された作品。詩人・谷川雁、鮎川信夫、吉本隆明らの言葉や、「磔刑」「吊」といった穏やかではない言葉の書が並び、それらは升目に整頓された文字ではなく、押し寄せる感情をそのまま筆に乗せて走らせた、生き物のような言葉の羅列。書道展などで観る作品とは全く異なる、どちらかといえば現代アートにも通ずるような書が60年代には生まれていたことに驚きました。

石川さんが、ここに発しここに帰結するとする「書は『文字』ではなく『言葉』を書く表現である」という書業。このあとも、この言葉をまざまざと目の当たりにすることになりました。

“語り部”のような書

〈第一室〉を抜けると、パッとひらけた大空間の〈第二室〉が。そこには灰色の紙に言葉を隙間なく連ねたタペストリーのような作品や、何メートルと横に広がる作品や、言葉がゾワゾワと蠢いているようにも見える衝立などが並んでいます。〈第二室〉に入った瞬間、言葉と、言葉にこもった重みと、書に向き合った時間の集積とが、洪水のように押し寄せ、溺れるような感覚に陥りました。

こちらに展示されている作品は、聖書の言葉を題材にした若き日の代表作「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」が中心。うねるように書きなぐったり、かすれたり、流麗だったりと、書にはさまざまな抑揚が。それはまるで語り部が、声を荒げ、怒り、泣き、平静を取り戻し、笑ったり、小声になったりしながら物語る様子をそのまま書で表現しているよう。生々しさをこんなにも感じる書を見たのは初めてかもしれません。

書の新時代を切り拓く展覧会

その後も、膨大な作品に圧倒されっぱなしの『石川九楊大全』。〈第三室〉以降は、若き日の探求と試行から生まれた新たな書の表現へ。字一つひとつを分解し、象形化していくような試みも見られます。

〈第四室〉には、俳人・河東碧梧桐の句をモチーフに、2020年に制作された115作品が並びます。〈第五室〉では、小説家・思想家のドストエフスキーや、詩人の吉増剛造の作品を、現代に共鳴する新たな書の表現に昇華させた作品が。さらに、福島第一原子力発電所事故の責任と第二次世界大戦の責任の在り方をリンクさせた「二〇一一年三月十一日雪―お台場原発爆発事件」、その原発事故と東京五輪について言及した「東京でオリンピック?まさか!」、コロナ渦をうけて綴った「『全顔社会』の恢復を願って」など、現代の不合理を追撃した自作詩をつくり、それらを書で表現しています。

東アジアで生まれ、さまざまに発展し、戦後以降は、際立った発展がなかったという「書」の世界。ですが、石川さんを中心として今、新しい書の表現が生まれる時代に突入しているのかもしれません。その新時代を切り拓くきっかけにもなりそうな本展、おすすめです!

新潟県の銘酒「八海山」のラベルに採用されている書は石川さんが書かれたものなのだとか!

Information

石川九楊大全

会期:2024年6月8日(土)~7月28日(日)

【前期】2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【後期】2024年7月3日(水)~7月28日(日)

会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園 1-2)

開館時間:10時~17時

※入場は16時30分まで

休館日:会期中無休

観覧料:一般・大学生・高校生2000円

※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方と付添いの方一名は無料

リンク:石川九楊大全公式サイト 

高名な画家によるワンちゃん・ネコちゃんの名画が一堂に会す『犬派?猫派?』展

散歩中に主人の顔を振り返り、振り返り、うれしさを隠せないワンちゃん。名前を呼んでも顔すら上げないのに、あるときはベッタリと甘えてくるネコちゃん。ひとたび家族となれば、人間と同じように愛しく、いなければ寂しさを覚える動物たち。そんな動物への感情は遠い昔から変わらないもののようです。

東京都広尾にある〈山種美術館〉で開催中の『犬派?猫派? -俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで-』は、17世紀〜現代の画家による、犬もしくは猫(一部鳥も)を題材にした56作品の展覧会。

副題の通り、高名な画家の作品も並びますが、各章には「ワンダフルな犬」「にゃんともかわいい猫」「トリ(最後)は花鳥画」と、洒落を効かせたラフなタイトルが。肩の力を抜いて、顔をほころばせながら楽しめる内容になっています!

「ワンダフルな犬」

展覧会場のトップを飾る作品は、“琳派の祖”と呼ばれる俵屋宗達の《犬図》。ブチ模様の小柄な犬が「早くおいでよ!」といわんばかりに後ろを振り返り、楽しさのあまり飛び跳ねているよう。全身で喜びを表すワンコの姿が愛おしく、宗達はこの絵を描いたのかもしれません。

続く作品は、円山応挙の《雪中狗子図》。観た瞬間「かわいい〜」と目尻が下がること間違いなし。5匹の仔犬のころころまるまるとした体、邪のないつぶらな目、トロンと眠そうな顔。仔犬の愛らしさがそのまま画中に! 犬好きとして知られる応挙。17世紀頃は犬が作品の題材になることは少なかったようですが、応挙は好んでよく仔犬を描き、その絵の愛らしさに当時から人気を博していたのだそう。

そして、応挙に師事した長沢芦雪も仔犬図をたくさん描いたひとり。本展にも3作品が展示されています。そのうちのひとつ《菊花子犬図》がこちら。

かわいさ、爆発。戯れる9匹の子犬の表情も、しぐさも、なんともユーモラスです。きっと芦雪も「かわいや〜、かわいや〜」と目をトロントロンにしながら描いたのではないでしょうか。師である応挙の作品と比べながら楽しむのもおすすめです。

ほかにも、伊藤若冲の作品や、当時珍しかった洋犬(ダックスフントらしき犬)が描かれている《洋犬・遊女図屏風》(作者不詳)、愛犬家であり飼い犬をモデルに多くの絵を描いた川端龍子の作品など、さまざまな画家たちの、さまざまな犬の表現が楽しめます。

「にゃんともかわいい猫」

続く章は猫編。本展の見どころとして上がっているのは、竹内栖鳳の《班猫》です。作品のモデルとなった猫は、旅先の沼津で見かけ、飼い主との交渉の末に自宅に連れて帰ったというエピソードが。栖鳳はこの猫に出会った瞬間、徽宗皇帝の猫の絵を想起し、表現意欲が湧いたのだとか。

ふんわりと描かれた下毛に、写実性を高めていく一本一本の毛描。猫の体温まで感じられるようなリアルさがあります。緑青の瞳もミステリアス。

絢爛さと、ちょっとした異様さを放っていたのは、黒猫、白兎、いくつかの木立(躑躅、枇杷、青桐、紫陽花など)を描いた速水御舟の四曲一双《翠苔緑芝》。琳派作品を意識した大胆な色面と構図にソワソワしてしまうのは私だけ……? なんとも不思議な作品です。御舟はこの絵に対し「もし、無名の作家が残ったとして、この絵だけは面白い絵だと後世いってくれるだろう」と語ったのだそう。

また、「猫に猛獣の面影があるところがよい」と語った藤田嗣治の《Y夫人の肖像》には、ゴージャスなドレスに身を包む女性のそばでゆるりとくつろぐ4匹の猫。そして、即興で描いたという山口晃の《捕鶴圖》には、作戦を立てて鶴を捕獲しようとする擬人化された猫たちの姿が。なにやら楽しげです。

個人的には「猫派」の私ですが、長沢芦雪のガジガジモフモフな仔犬たちにやられ、「犬もいいな……」と気持ちが揺らいでしまった本展。案外、推しを覆す罪深い展覧会かもしれません。会期は7月7日(日)まで!

Information

犬派?猫派?-俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで-

会期:2024年5月12日(日)~7月7日(日)

会場:山種美術館(東京都渋谷区広尾3-12-36)

開館時間:10時~17時

※入館は16時30分まで

休館日:月曜

観覧料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)

※障害者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)一般1200円

※きもの特典:きものでご来館のお客様は、一般200円引きの料金となります

リンク:

山種美術館「犬派?猫派?」特設サイト

強烈な「個性」の創造に至った“最後の文人画家”の回顧展『没後100年 富岡鉄斎』5月26日まで!

今年の春の京都は、山水画・文人画の巨匠に焦点を当てた、ビックな展覧会が続いています。

ひとつは〈京都国立博物館〉で開催中の『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』。先日のブログにて特別展の内容をご紹介しました。

そして、もうひとつが〈京都国立近代美術館〉で開催されている『没後100年 富岡鉄斎』展です。幕末の京都に生まれ、儒学・国学・仏教などの諸学を広く学びながら、同時に南宋画、やまと絵などの多様な流派の絵画も独学した、「最後の文人画家」と呼ばれる富岡鉄斎。大正13年(1924年)に亡くなり、今年で没後100年となります。

そんな鉄斎の画業と生涯を回顧する展覧会を訪ねてきました。

京都国立近代美術館の外観。

『雪舟伝説』の観覧後ならなお驚く⁉ 鉄斎の自由闊達な山水表現

序章にもかかわらず、鉄斎の画業初期~晩期の手前まで一気に辿るという、最初から見応えたっぷりの本展。

最初に強い関心を引かれたのが、初期の大作といわれる屏風《高士隠栖図・松雲僊境図》。右隻と左隻で山水表現が大きく異なり、実験的で、自由闊達で、力強くも優しさが漂っています。

じつは同日の午前中に『雪舟伝説』を観覧してきた筆者。雪舟の作品は日本美術史に大きな影響を与え、多くの画家がその山水描画を手本としていたなかで、鉄斎は全く独自の山水表現を展開。そういった意味でも《高士隠栖図・松雲僊境図》の奔放さに驚くばかりでした。

鉄斎の「印癖」

続く第1章は「鉄斎の日常 多癖と交友」と題し、京都の室町通一条下ルの画室を彩っていたという文房清玩、旧蔵本、筆録などが展示されていました。

「文人多癖」とは鉄斎が好んだ語。陶淵明は「菊」、陸羽は「茶」、米芾は「石」と、中国文人たちはさまざまな癖を楽しんでいたといいます。鉄斎も、文具、絵具、煎茶道具、書物などを蒐集してきたようですが、なかでも癖の代表と呼ばれるものが「印」なのだとか。

本展ではなんと、鉄斎が所有していた120以上の印章がずらり! それらは自身の落款印だったり、江戸時代に活動した文人や大陸からやってきた印だったり。なかには鉄斎が大きな影響を受けたという江戸期の文人画家・池大雅刻のものや、鉄斎が晩年に交流した「清代最後の文人」呉昌碩による刻印もありました。鉄斎の癖だけでなく、幅広い交友関係をもうかがえる内容でした。

老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に……

良い絵を描くには「読万巻書行方里路(万巻の書を読み、万里の路を行く)」という先人の教えを重んじた鉄斎。妻の出身地である伊予、耶馬渓、富士山頂、蝦夷など、鹿児島から北海道まで旅し、各地の景勝を辿ったといいます。第二章は全国各地を巡った鉄斎の画業を振り返る章。

そして最終章は、西洋美術の到来によって「個性」が尊ばれ、多くの画家たちが新動向に右往左往した大正時代に、「画を以て法を説く(絵によって道徳や真理を語る)」という古風を貫き、主題に画風を合わせ、先人の“筆意”に思いを馳せ、己を信じるままに貫いた鉄斎の円熟期(70~80歳)の作品に焦点が当てられていました。

本章に並ぶ作品は、これまで以上に自由度が増し、すさまじい迫力に満ちあふれています。特に本展のパンフレット表紙を飾る《妙義山図・瀞八丁図》の、大地の鼓動やエネルギーといったものを山水図に漲らせる境地。老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に展開していったようです。

西洋美術の到来に右往左往した誰よりも、強烈な「個性」の創造に至った鉄斎。最終章に並ぶ作品群に胸が震えました。

パンフレット表面。下が鉄斎71歳で描いた《妙義山図・瀞八丁図》の右隻。

ところで、東京の〈東京国立博物館〉では、清代最後の文人・呉昌碩の『生誕180年記念 呉昌碩の世界』展(2024年1月2日~3月17日)が、〈出光美術館〉では、江戸期の文人画家・池大雅の大回顧展『生誕300年記念 池大雅―陽光の山水』(2024年2月10日~3月24日)などが行われてきました。2024年は山水画や文人画の魅力を再考するスペシャルイヤーになるのかもしれません。

『没後100年 富岡鉄斎』の会期は5月26日まで。閉幕も間近です。近隣の方、京都を訪れるご予定のある方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

京都国立近代美術館の入口は、平安神宮の大鳥居が目印です。

Information

没後100 富岡鉄斎

会期:2024年4月2日(火)~5月26日(日)

会場:京都国立近代美術(京都市左京区岡崎円勝寺町)

開館時間:10時~18時

※金曜は20時まで開館

※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

観覧料:一般1200円、大学生500円

※高校生以下・18歳未満は無料(入館時に証明できるものを提示)

※心身に障害のある方と付添者1名は無料(入館時に証明できるものを提示)

『雪舟伝説』展だけれど『雪舟展』ではない⁉ 画聖・雪舟が美術史に与えたインパクトを紐解く展覧会

京都府東山区の〈京都国立博物館〉では、2024年5月26日(日)まで『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』という名の特別展が開催されています。

雪舟は、日本美術史上最も有名で重要な画家とされています。確かに、誰もが歴史の教科書でその名を耳にし、一度は作品を目にしたことがあるはず。

室町時代を生きたひとりの画家が、なぜこれほどまでに評価されているのでしょう? そしてパンフレットには大きく「『雪舟展』ではありません!」との注意書きが。『雪舟伝説』展なのに『雪舟展』ではない? 頭に渦巻く「??」を携えて、京都へ遠征してきました。

〈京都国立博物館〉内にある、バロック様式の明治古都館。宮内省内匠寮の技師であった片山東熊による設計です。(※雪舟展は隣に佇む平成知新館で開催されています)

「雪舟筆」と伝わる、国宝6件を含む銘品が一堂に会す第一章

国宝に認定された雪舟の6件すべてが展示されているという本展。ワクワクしながら展覧会場へ足を踏み入れると、その国宝6件すべてが第一章に集結! 入館早々度肝を抜かれました。

展示のファーストを飾るのは、歴史の教科書でも目にする《秋冬山水図》です。「秋景」と「冬景」の2幅対になっており、意外と小さな画面なのだな、というのが第一印象。間近で見ると荒々しい筆致、奥行きのある侘びの世界――。静寂さがありながらも不思議と圧倒されます。

続くは、京都の名勝地・天橋立を上空から眺めたような《天橋立図》、中国・南宋の宮廷画家・夏珪の名画を参考に、さまざまな山水表現を描いた16mもの大作《四季山水図巻》、現存する唯一の花鳥画とされる《四季花鳥図屏風》、達磨に弟子入りを懇願し左肘を切り落とした慧可決意の図《慧可断臂図》など、傑作といわれる名画がずらり。眼福です。

左の作品が雪舟筆とされ、現存する唯一の花鳥画《四季花鳥図屏風》。右は伊藤若冲が雪舟の作品のオマージュとして描いた《竹梅双鶴図》。(展覧会チラシ表)

これらは「雪舟筆」と認定されているものや、無款でありながら「伝雪舟筆」とされているもの、雪舟筆と伝わりながらも現在は認められていないものなど、さまざま。

雪舟の作品は古来から現在まで、真筆か否かの議論が繰り返されているといいます。そんな背景からも「日本美術史上で最も重要な画家」という評価にうなずけるような章でした。

眩暈がするほど豪華! 雪舟を慕う日本画家の作品がずらり

第二章も雪舟筆とされる作品が並びますが、第三章以降は、雪舟の作品に大きな影響を受けた、さまざまな時代の画家の作品が主に展示されています。

長谷川等伯、雲谷等顔、狩野探幽、尾形光琳、曾我蕭白、丸山応挙、伊藤若冲など、日本の美術史における錚々たる巨匠の作品がずらり。豪華すぎて眩暈がするほど……。(「雪舟展ではありません!」という注意書きに納得です)

雪舟の作品の模写をする者、自身の作品に雪舟の描法を取り入れた者、構図は雪舟作品そのままに、模写ではなくオリジナルの作品に仕立てる者――。画家たちの師範であり、手本であり、憧れであり、目指すべき存在であった雪舟。日本美術史を代表する画家への影響力を、まざまざと感じることができました。

「我こそが●代目!」雪舟の後継者を名乗る画家たち

展示のなかで面白く感じたのは、雪舟の後継者を名乗る画家の多さ。桃山時代には、長谷川等伯(長谷川派)と雲谷等顔(雲谷派)が、雪舟画風を規範とする作品を多く手がけ、それぞれに後継者を名乗っていたといいます。

特に、雪舟を画祖として仰ぎ、雪舟の後継者を主張した等伯。今回展示されていた作品にも「自雪舟五代」(雪舟より5代)という款記がありました。

また、雲谷派の画僧・等禅は「9代」、江戸時代を生きた桜井雪館は「12代」、長谷川雪旦は「13代」と、我こそが雪舟の後継者であると名乗っています。こうした名乗りが一種の権威として機能していたそう。雪舟はいつの時代も「画聖(カリスマ)」であった、というのも納得のエピソードでした。

雪舟に影響を受けた画家の紹介だけでなく、逆に雪舟の“神格化”を促した「狩野派」一派の作品展示も。

また、旅の途中に雪舟が見た景色と同じものを見ていると確信し、その感動を《駿州八部富士図》に描いた、洋画の開拓者・司馬江漢。さらには、雪舟作品が一種のステータスシンボルであったことを感じさせる、江戸時代に描かれた春画。さまざまな画家の多様な作品に雪舟崇拝の痕跡が見られます。

雪舟が美術史に与えたインパクト、近世における高い評価、それらが丁寧に紐解かれた、興味深い展覧会でした。あまりにも見応えがあり過ぎて、終盤はへとへとに。

本展は京都のみで開催され、残念ながら巡回はありません。会期は今月26日(日)までです。京都へお出かけ予定がある方は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

Information

特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―

会期:2024年4月13日(土)~5月26日(日)

会場:京都国立博物館(京都市東山区茶屋町527)

開館時間:9時~17時30分 ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

入館料:一般1800円、大学生1200円、高校生700円

※中学生以下、障害者手帳等をご提示の方とその介護者1名は、観覧料が無料(要証明)

音声ガイド:あり(貸出料650円/1台)

リンク:京都国立博物館 公式サイト

千利休・古田織部・小堀遠州の銘品がずらり! 展覧会『茶の湯の美学』開催中

東京・日本橋にある〈三井記念美術館〉では、江戸時代初期に茶の湯界をリードした「千利休」「古田織部」「小堀遠州」に焦点を当てた展覧会『茶の湯の美学―利休・織部・遠州の茶道具―』が2024年6月16日(日)まで開催されています。

「茶の湯」といえば必ず名前のあがるこの3人。彼らが生きた1500年代、ほかにも茶道に精通した武将や茶人は多くいました。それでもこの3人が著名なのは、自身の美意識を茶の湯に投じ、独自の世界を切り拓き、確立させた存在であるからです。

本展では、利休を「わび・さびの美」、織部を「破格の美」、遠州を「綺麗さび」と、各人の美意識にテーマを打って茶道具を展示。それぞれが愛した世界観や、3人の真実の姿に触れられる展覧会となっています。

パンフレットの3つの銘品が一堂に!

展示室1には、本展のパンフレットを飾る、3人の美意識の象徴や代表格ともいうべき茶碗が展示されています。これらが一堂に会され、それを比較しながら眺める楽しさたるや……!

千利休「わび・さびの美」 黒楽茶碗 銘:俊寛(重要文化財)

利休といえば「黒楽茶碗」。展示されていたのは、16世紀に長次郎によって作陶された、銘を「俊寛」とする重要文化財です。

きめ細かい黒肌に、鈍い艶。まるで溶けた溶岩が冷え固まったような“静”を感じる一方で、その内側には赤いマグマが潜んでいるような、なにか“野心”とでもいうような強烈なエネルギーを放っています。「利休好み」といわれるものは静寂のイメージが強い印象ですが、個人的には煮えたぎる熱量を感じずにはいられません。

展示室4には、利休好みの「黒楽平茶碗」(長次郎 作)も展示されています。

古田織部「破格の美」 大井戸茶碗 銘:須弥 別名:十文字

続いて、織部を主人公とする漫画『へうげもの』(山田芳裕 作)にも登場する「大井戸茶碗」が、織部を象徴する銘品として展示されています。

もともとは形が大きく、歪んでいたというこの茶碗。それを割って小さくし、十文字に継いだというエピソードは有名です。まさに「ひょうげ」と称される織部の、既成概念から脱出しようとする試みに、目元口元が緩みます。

小堀遠州「綺麗さび」 高取面取茶碗

そして、利休の茶の湯を継承しつつ、15歳から織部に茶を学んだ遠州。徳川家康・秀忠・家光の三代の将軍に仕え、茶の湯を指南した人物です。

その遠州を象徴する銘品が「高取面取茶碗」。やや薄めにつくられた端正な半筒形に、黄茶の艶めく釉薬が厚く掛かっています。その色味や釉薬の表情。率直に“美しい”です。利休や織部に比べれば、強烈すぎるほどの個性は一見感じられませんが、眺めれば眺めるほど味わい深く、端正なその姿にしばし見とれてしまいました。

自由でクリエイティブな、3人の茶の湯の世界

展示室7まで、3人の美意識を見出せる茶道具が展示されている本展。なかには、利休のわび茶の師である村田珠光・武野紹鷗・北向道陳が所持していた茶道具や、3人の消息(手紙)なども展示されています。

消息にはそれぞれの時代的背景が垣間見られ、本展の目的でもある「3人の真実の姿」を知る手がかりになり、なかなか興味深いです。

そして、さまざまな展示品を介して知る、三者三様の美学と世界観。そこには、自由でクリエイティブな茶の湯の世界が広がっていました。

一般的な茶道のイメージは、格式ばった作法や所作が求められ、少し堅苦しいイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。一方で、茶の湯の本家・3人に倣い、自分の世界観や好みを組み合わせ、もっと自由に楽しんでいい世界なのかもしれません。

16世紀に描かれた「聚楽第図屏風」も展示。聚楽第は1587年に豊臣秀吉の屋敷を兼ねた居城。秀吉が催した大規模な茶会「北野大茶湯」の会場となったことでも有名です。

伝説ともいえる銘品に出会える本展、おすすめです。ぜひGWのお出かけ候補に加えてみてはいかがでしょうか。

Information

茶の湯の美学―利休・織部・遠州の茶道具―

会期:2024年4月18日(木)〜6月16日(日)

会場:三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2‐1‐1)

開館時間:10時〜17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜(但し4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)

入館料:一般1200円、大学・高校生700円、中学生以下無料

※70歳以上の方は1000円(要証明)

※リピーター割引:会期中、一般券・学生券の半券のご提示で、2回目以降は割引あり

※障害者手帳をご呈示いただいた方、およびその介護者1名は無料

音声ガイド:あり(貸出料650円/1台)

リンク:三井記念美術館 公式サイト

「源氏物語」屏風や、国宝「更級日記」など、近世の御所を飾った絢爛の品々に眼福!『皇室のみやび―受け継ぐ美―』展

東京都千代田区の皇居東御苑内に1993年に開館した博物館〈三の丸尚蔵館〉。2019年から建て替え工事が進められてきましたが、2023年11月に〈皇居三の丸尚蔵館〉として開館しました。

現在、開館記念展として「皇室のみやび―受け継ぐ美―」を開催中。2023年11月3日(金・祝)から2024年6月23日(日)の約8か月間、4期に分けてテーマを変え、皇室に受け継がれてきた多種多彩な収蔵品を公開しています。

5月12日(日)までは「第3期:近世の御所を飾った品々」をテーマに、京都御所に伝えられた御在来や、宮家を飾った絵画や書、工芸などを展示。宮家に捧げられた品々とあらば、一級のなかの一級品であることは確実。目を肥やすべく本展を訪ねました。

金や銀に彩られた、絢爛の調度品がずらり

〈皇居三の丸尚蔵館〉へは、地下鉄の大手町駅で下車し、皇居正門の大手門へ。堂々たる門をくぐり、美しい石垣の通路を抜けていくと、博物館がお目見え。ちなみに、入館するにはオンラインでの事前予約が必要です。

展示品が並ぶ館内に入った瞬間、目に映るのは黄金色に輝く品々ばかり!

まず正面に飾られていたのは、金の梨子地に、金や銀の蒔絵で菊花紋様をたっぷりと施した厨子棚。京都御所の伝来品だそうで、その絢爛さに「さすが宮家……」と唸ってしまいます。

《蔦細道蒔絵文台・硯箱》

さらに、金銀煌めく華麗な蒔絵硯箱に、流水・岩・咲き乱れる菊花などの緻密な蒔絵が施された歌書箪笥――。これら金銀の調度品を普段使いにしていたかどうかはわかりませんが、“天子”を中心とする宮家の権威とその雅やかさに度肝を抜かれました。

《箏 銘 團乱旋(とらでん)》

《笙 銘 錦楓丸(きんぷうまる)》

また、貝で獅子を彫って象嵌した「箏」、雅楽で使う「龍笛」や「笙」などの展示も。歴代の天皇や皇族は、学問だけでなく文化芸術にも造詣が深かったとのこと。これらの楽器に触れ、雅楽にも熱心に取り組み、親しんでいたのでしょう。

個人的に素敵だと思ったのが、こちら。《菊花散蒔絵十種香箱》です。

《菊花散蒔絵十種香箱》

組香で使用する道具をひとつの箱にコンパクトにまとめたもので、婚礼調度品のひとつだったといいます。入内した女性達は、このような雅びな遊びを楽しんでいたんですね。

御所を飾った屏風にちょっと意外なモチーフが

続く展示室には、御所を飾った衝立や屏風が展示されています。今、某ドラマでも話題の「源氏物語」を取材した、旧桂宮家伝来の《源氏物語図屏風》も見事です!

桃山時代に狩野永徳によって描かれたとされ、かつての宮廷内の様子、過ごし方、美しい御召物など、さまざまに目を奪われます。なかには光源氏の姿も。ぜひ探してみてください。

《源氏物語図屏風》伝 狩野永徳

個人的にじっくり眺め入ったのは、1747年に渡辺始興によって描かれた《四季図屏風》。団扇型、菱形、丸形、六角形など6つの絵のなかに四季の移ろいが表されています。

《四季図屏風》渡辺始興

第115代・桜町天皇が1747年に退位したあとに住まう仙洞御所のために制作された作品とのこと。松竹梅や雁といった縁起のよいモチーフに加え、田植え期の素朴な農民たちを描いた画も加わっています。

絢爛な世界に暮らしつつも、それらの生活が成り立つのは、米や野菜を育て、漁をし、機を織り、普請する、農民や庶民の存在があってこそ。そんな理を常に忘れまいという思いが、この画に託されているのかもしれません。

また、本展の目玉のひとつである、藤原定家が書写した《更級日記》(国宝)も展示されています。この定家直筆の古写本にまつわるエピソードがちょっとおもしろいんです! 外部サイトになりますが、「美術展ナビ」に詳しく紹介されているので、チェックしてみてください。

国宝《更級日記》藤原定家

展覧会を堪能したあとは、一般公開されている皇居東御苑を散策するのもおすすめです。本丸、天守跡、富士見櫓、番所など、江戸城の面影を探すのも一興。また、上皇上皇后両陛下がご提案し、ご植樹された果樹や樹木なども目にすることができます。

春風も心地いいこれからの季節、ぜひ展覧会とあわせて訪ねてみてはいかがでしょうか。

Information

開館記念展「皇室のみやびー受け継ぐ美ー」

第3期:近世の御所を飾った品々

会期:2024年3月12日(火)~5月12日(日)

(前期:3月12日(火)~4月7日(日)、後期:4月9日(火)~5月12日(日))

会場:皇居三の丸尚蔵館(東京都千代田区千代田1‐8 皇居東御苑内)

開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜

入館料:一般1,000円、大学生500円

※入館にはオンランでの事前予約が必要です

※障害者手帳をお持ちの方とその介護者各1名は無料

リンク:皇居三の丸尚蔵館 公式サイト


東郷青児や岡本太郎の作品も!日本画家による「シュルレアリスム」作品やその変遷に触れる展覧会

「シュルレアリスム」と聞いて頭に思い浮かぶのはどんな画家でしょうか。例えば、サルバドール・ダリ、ルネ・マグリット、デ・キリコなどを思い出す方も多いはず。

フランスに起源を持つこの文学・芸術運動は、1920年代後半に海を越えて日本にもたらされ、日本人のシュルレアリストを多く生み出しました。

シュルレアリスムの父と呼ばれるアンドレ・ブルトンが、1924年に『シュルレアリズム宣言』という書物を刊行して100年目となる今年。東京都〈板橋区立美術館〉では、「シュルレアリスムと日本」と題した展覧会が開催されています。

館内を飾る絵画は、日本の画家が描いた作品のみ。1929年に国内で初めて発表されたシュルレアリズム作品から、戦前・戦後と、さまざまな変遷をたどった芸術運動を追って展示。社会的な背景も垣間見える内容となっています。

日本で初めてシュルレアリズム作品を発表したのは、あの画家⁉

1929年の二科展に出品された、国内初とされるシュルレアリスム作品3点が本展で展示されています。作者は、東郷青児、阿部金剛、古賀春江。

東郷青児といえば、多くの人が知る美人画家。ですが、展示作品《超現実派の散歩》は、男性とも女性ともつかない人物が月に手を伸ばすような、いわばシュールな構図で描かれています。フランスから帰国直後の、美人画家と評される以前の東郷の知られざる一面をのぞいた気分。

ちなみに作品タイトルには「超現実派」とありつつも、自身はシュルレアリストと呼ばれることを否定。そこにはどんな思惑があったのでしょうか。興味深いエピソードです。

キャプション:板橋区立美術館の外観

時代に翻弄された、戦前・戦中のシュルレアリストたち

その二科展を機に、シュルレアリズムという芸術運動に注目が集まるようになった日本。1920年代にパリに遊学し、最先端の美術潮流だったシュルレアリズムにも触れた画家・福沢一郎によって本格的に導入されていきます。

ところが、戦争の風潮が色濃くなると、シュルレアリスムの表現は共産主義との関係を疑われる事態に。1941年には、福沢と、詩人でありブルトンの『超現実主義と絵画』の翻訳者でもある瀧口修造が拘束・尋問されたという事件もあったそう。

そんななか、作品を排除してでも、福沢などが立ち上げた会の存続に奔走したという芸術家たち。追い込まれ、揺れながら、自分たちの自由な表現に向き合う画家たちの思いを、彼らの手記などを通して知ることができます。

戦争を経験した、シュルレアリストたちの表現

戦時中は多くの画家も召集され、戦地へ赴くことに。なかには命を落とし、二度と筆を握れなかった人もいたそうです。

一方で、命からがら帰還できた画家たちは、戦地の経験、目にした光景などを作品に反映。捕虜、復員、娼婦といったものをモチーフにしたシュルレアリズム作品も本展で目にすることができます。

そのなかのひとり・山下菊二は、中国戦線から帰還後、自らの加害者意識や、社会の暗部と向き合い続けるための過酷な創作活動を続けたといいます。本展に展示されている《新ニッポン物語》では、アメリカの支配下にある日本への強烈な風刺、倒錯した明るさなどを表現。獣、有刺鉄線、いくつものストリートプレートなどが組み合わさり、混沌・欲望・おぞましさといったものがあふれています。決して心地いい雰囲気ではありませんが、戦争を経験したことで向き合わざるを得なかった表現なのかもしれません。

ほかにも、岡本太郎、浜田知明、三岸好太郎、植田正治(写真作品)などの作品のほか、JAN、アニマ、表現、動向、貌(ぼう)、デ・ザミなど、シュルレアリスム隆盛期に誕生したさまざまな美術グループやその会報の展示も。日本におけるシュルレアリスムの変遷をたどる本展、興味深く感じるものがきっとあるはずです。

2024年4月27日(土)からは〈東京都美術館〉で「デ・キリコ展」もスタートします。さまざまな角度からシュルレアリスムに触れられる1年になりそうです。

Information

『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本

会期:2024年3月2日(土)〜4月14日(日)

開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜

観覧料:一般650円、高校・大学生450円、小・中学生200円

※土曜は小中高校生は無料

※65歳以上・障がい者割引あり(要証明書)

※当館でのお支払いは全て現金のみ

リンク:板橋区立美術館 公式サイト

中国の名勝と重なる“日本の山水画”も描いた、18世紀の天才画家「池大雅」の回顧展

江戸時代に活躍した文人画家・池大雅(いけのたいが)。現在、生誕300年を記念した『池大雅―陽光の山水』展が、東京都千代田区にある〈出光美術館〉で2024年3月24日(日)まで開催されています。

東京では約13年ぶりという回顧展。一橋徳川家から制作を依頼された《楼閣山水図屏風》(国宝)や、与謝野蕪村と競作した名作であり、川端康成の蒐集品としても知られる《十便十宜図》(国宝)のほか、重要文化財八件を含む山水画が一堂に会す本展。三つ折り仕様のA4サイズパンフレットからも、展覧会にかける思いがヒシヒシと感じられます!

陽光の人―― 池大雅の魅力とは?

開幕直後の平日にもかかわらず、多くの来館者でにぎわう本展。ファッショナブルな服装の若い方も多く、幅広い年代の方が池大雅作品に関心を持っているようです。

展示されている作品は、ゆるりとした筆さばきの軸から、緻密に点描を重ねつつも雄大に描かれた山水の屏風など、スケールもさまざま。

本展の解説によると、大雅作品の特徴は、四季の移ろい、昼夜、風や空気の質感や気象の変化、光のきらめきや木葉のさざめきまでも描ききる巧みさにあるといいます。

確かに、水墨や色数の少ない作品であっても、そこにあったであろう空気感や、絵には捉えがたい自然界の機微といったものまで表現されているように感じます。展覧会のタイトルにある「陽光の山水」という言葉が、まさにしっくり来るようです。

中国文人への憧憬が垣間見える「画」と「書」

中国文化に深い憧れを抱き、中国の名勝に思いを馳せていたという大雅。叶わぬ渡唐を夢みつつ、日本各地を旅し、そこで見た風景を山水画に落とし込み、中国文人画の模倣に終わらない、独自の芸術を確立させたといいます。

本展では、大雅が巡った浅間山、比叡山のほか、松島などの景勝地を描いた《日本十二景図》の作品も。数多くの名勝を目の当たりにした大雅だからこそ、想像だけでは描けない生き生きとした風景が山水画にあふれているのだと感じました。

また、作品に添えられている篆書や隷書も、さすが中国文人画に親しんだ人ならでは……! といった趣き。描くモチーフによって書き分ける書の巧みさにも驚きです。

池大雅の交友

作品を眺めるなかで個人的に関心事だったのは、大雅の交友関係の幅広さ。

体よりも大きな瓢箪でナマズを押さえる人物を、ゆったりとした筆さばきでおおらかに描いた《瓢鯰図》には、江戸時代中期の禅僧であり漢詩人の大典顕常の賛文が添えられています。

また、“煎茶の祖”という見方もある売茶翁(ばいさおう)をゆるりと描いた作品には、売茶翁本人による賛文が記されています。その解説には、晩年の売茶翁から愛用の急須を形見分けされたという大雅の交友エピソードも。中国文人に憧れた大雅ですから、煎茶に親しんだ売茶翁との交流もうなずけます。

そして、大雅の画に大きな影響を与えたという木村蒹葭堂(きむらけんかどう)。大坂の裕福な商家生まれで、古今東西の多彩なコレクションを蔵した「浪速の知の巨人」は、13歳で大雅に師事。彼が持つ中国文人画などのコレクションを大雅も目にし、自身の作品にも取り入れたのだとか。

また、儒学者・篆刻家・画家として知られる高芙蓉や、書家の韓天寿とは終生の友として交友し、富士山、立山、白山などの山々をともに踏破したといいます。

一橋徳川家からの依頼にも筆をふるい、庶民から大名家まで、多くの人に愛される好人物であったのだろうと想像できるエピソードが散りばめられていました。

国宝や重要文化財を含め、楽しめる要素が盛りだくさんの「池大雅―陽光の山水」展。ぜひお出かけしてみては?

Information

生誕300年記念 池大雅―陽光の山水

会期:2024年2月10日(土)~3月24日(日)

会場:出光美術館(東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階)

開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日:月曜

入館料:一般1200円、高・大生800円、中学生以下無料(ただし保護者の同伴が必要です)

※障害者手帳をお持ちの方は200円引、その介護者1名は無料です

リンク:出光美術館

唐三彩、白磁、青磁、五彩、黒釉――「色」をテーマにした『中国陶磁の色彩』展

旧熊本藩主・細川家に伝わる美術品や歴史資料などを所蔵する、東京都文京区の〈永青文庫〉。現在、令和5年度早春展として『中国陶磁の色彩』が開催されています。

本展では、所蔵する漢~清時代の中国陶磁100点以上のなかから、唐三彩、白磁、青磁、五彩、黒釉といった「色」をテーマにした美術品を展示。

展示作品の多くは、永青文庫の設立者である16代当主・細川護立(ほそかわ もりたつ)氏によって蒐集されたもの。それらを通じて、約2000年にわたる中国陶磁の歴史をひも解く展覧会となっています。

護立氏が晩年を過ごした〈永青文庫〉の外観。2023年9月のブログで取り上げた、第79代内閣総理大臣であり芸術家で細川家18代当主の細川護熙(ほそかわ もりひろ)さんも、かつてはこちらにお住まいだったそう。

入手エピソードも興味深い! 〈永青文庫〉の唐三彩コレクション 

入館してまず対面するのは、日常用器や明器(副葬品)として用いられていた「灰陶」や「唐三彩」。展示品には「灰陶加彩馬」「三彩馬」といった馬の俑(副葬する人形)もありました。そのリアルな造形や意匠から、6~8世紀の陶工の高尚な技術力がヒシヒシと伝わってきます。

重要美術品 「灰陶加彩馬」 北朝時代(6世紀) 永青文庫蔵

「唐三彩」の展示スペースには、本展のメインビジュアルにもなっている「三彩宝相華文三足盤」(重要文化財)も。唐時代に技法が確立された多色釉陶器で、蝋ぬきの技法により白い点などを表し、褐釉や緑釉で彩っています。度重なる研究や探求の賜物ともいうべきその発色のよさに驚きます。

重要文化財 「三彩宝相華文三足盤」 唐時代(7~8世紀) 永青文庫蔵

解説によると、唐三彩は20世紀初頭、中国の鉄道敷設工事を行うなかで唐三彩を含むさまざまな遺物が発掘されたことをきっかけに、世界中のコレクターに注目され、美術市場を賑わしたのだとか。

欧米に遅れをとりつつ、日本では大正期頃より鑑賞に主眼を置いた「鑑賞陶器」として中国陶磁の人気が高まります。そして、それらの価値をいち早く見出し、蒐集したのが護立氏なのだとか。

本展に展示されている唐三彩の中にも護立氏がコレクションしたものがあり、重要美術品「三彩獅子」はパリの美術商店の下の戸棚に置かれていたものを購入したこと、「三彩花文四葉形四足盤」は少し欠けており、同国で捨てられているも同然だった、という入手に関するエピソードも紹介されています。

また、重要文化財「三彩花弁文盤」について護立氏は「真に唐時代の絢爛たる文化を物語るものとして珍重すべきもの」と述べています。

重要文化財 「三彩花弁文盤」 唐時代(7~8世紀) 永青文庫蔵

日本の茶文化に通じる逸品も

続いて「黒釉」の展示スペースへ。点茶法(喫茶法)の広がりと共に、曜変天目、油滴天目(ゆてきてんもく)、禾目天目(のぎめてんもく)などの黒釉茶碗が盛んにつくられたという宋時代。

天目は日本にも渡り、茶の湯を愛する茶人や大名に珍重されたのは多くの人が知るところ。本展でも12~15世紀の中国で作陶された油滴、禾目を含む4点の天目茶碗が展示されています。

「油滴天目」 金時代(12~13世紀) 永青文庫蔵

ほかにも「白磁」「緑釉」「青磁」「青花」「五彩」などの壺、瓶、鉢、硯屏、合子、筆などが並び、その多彩で緻密で華麗なる中国陶磁の鑑賞は眼福のひとときです。

重要美術品 「琺瑯彩西洋人物図連瓶」 清時代 乾隆年間(1736~95) 永青文庫蔵

もうひとつの“みどころ”とは?

本展で見逃せない展示がもうひとつ。近代洋画家・梅原龍三郎氏や、陶芸家・河井寬次郎氏、宇野宗甕氏が、中国陶磁を研究・題材にした作品も紹介されています。

なかでも、護立氏が所蔵する俑「加彩女子」に一目ぼれした梅原龍三郎氏が、懇願してそれを借り、日本画の画材を用いて描いた《唐美人図》は必見。なんと今回は3月3日まで「加彩女子」と並べて展示されています!

さらに同氏は中国陶磁のなかでも五彩が気に入っていたようで、作品の題材にも多く登場させています。本展にも五彩の壺にバラを生けた《薔薇図》が展示されています。

中国の深遠な陶磁の世界と、護立氏の情熱を感じずにはいられない本展。さまざまなエピソードを含めて楽しめる展覧会です。会期は4月14日まで。

Information

令和5年度早春展「中国陶磁の色彩 ―2000 年のいろどり―」

会期:2024年1月13日(土)~4月14日(日)

会場:永青文庫(東京都文京区目白台1-1-1)

開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)

休館日:月曜(2月12日は開館、2月13日は休館)

入館料:一般1000円、シニア(70歳以上)800円、大学・高校生500円

※中学生以下、障害者手帳をご提示の方及びその介助者(1名)は無料

TEL:03-3941-0850

リンク:永青文庫公式サイト

初となる大規模な“民間仏”展!『みちのく いとしい仏たち』

仏や神のイメージを木や石に彫り、心の拠り所としてきた「民間仏」文化は、かつて日本全国の村々にあったといいます。

その多くは時代と共に消えてしまいましたが、青森・岩手・秋田の北東北エリアには、古いお堂や祠、煤だらけの神棚に祀られていた民間仏がそのまま残され、現在も信仰の対象とされていることも多いのだとか。

その素朴な姿や愛らしさが人気を博し始めている民間仏。東京駅直結の〈東京ステーションギャラリー〉では、『みちのく いとしい仏たち』という民間仏の展覧会が2024年2月12日(月)まで開催中。

2023年4月に〈岩手県立美術館〉にてスタートし、9月には〈龍谷大学 龍谷ミュージアム〉(京都)を巡回し、いよいよ東京にやってきました。

昨年の春先に巡回展の情報を知り「ぜったい行きたい!」と楽しみにしていた本展。年明けてようやくお邪魔してきました。

メインビジュアルの《山神像》は、現役の林業の神様

今回のメインビジュアルであるこちらは、江戸時代に制作された如来像と男神像の合体という《山神像》。岩手県八幡平市の兄川山神社内に今もなお祀られ、林業にたずさわる人々に信仰されています。

面長の顔、荒いけれどしっかり刻まれた螺髪、緩やかな弧を描く眉と目、丁寧にくりぬかれた耳、やさしく微笑む口元、三等身にデフォルメされたプロポーション。山の神さまと言われればしっくり来るような、いつも見守られているような不思議なやさしさを感じます。

山仕事の当事者か、地元の大工か、木地師か。おそらく仏師ではない人の一削一削に込めた祈りがヒシヒシと伝わってくるようです。山仕事の安全・無事はもちろん、不運にもケガをしたり命を落としてしまった人への鎮魂や祈りなど、さまざまな思いがこの山神像に託されているような気がしました。

「せめて、やさしく叱って…!」

約130点もの個性派ぞろいのホトケやカミが展示されている本展。作品横にあるキャプションには、祀られている(いた)場所の地図も示されています。エリアごとの傾向といったものも見えて興味深い!

エピソードとしてユニークだったのは《十王像》をモチーフとした民間仏。

ちなみに「十王」とは、亡者の罪過を裁く10人の地獄の裁判官たちのこと。江戸時代の人々は「死ねば地獄に落ちるもの」という考え方が主流だったのだとか。そこで、刑罰に手加減を願った像を多く彫ったといいます。

秋田と宮城の県境に近い三途川渓谷の集落には多くの「十王堂」が存在し、十王像も多く彫られ、祀られていたそう。一般的な十王像は厳めしい顔つきが多いようですが、こちらの十王像は、ほんのり笑みをたたえたような、やさしい面持ち。

現世の罪の手加減を願いつつ、「せめて、やさしく叱って…!」といった人々の思いを十王の表情に込めたのでは、という解説にほんわかした気持ちになりました。

みちのくの人々の信仰のかたち、そのもの

ほかにも、長年の煤の蓄積で真っ黒になったホトケやカミ、モアイ像にも似た男神像、怖いような可愛いような不動明王像や毘沙門像、右衛門四良作の仏像・神像、山犬像や厩猿像といった動物をモチーフにしたものも。その多くが穏やかな笑みをたたえています。

気象条件が厳しい東北地方は、大凶作や大飢饉に見舞われたことも多々。地域によっては災害も多く、理不尽な年貢や家族関係で苦しむ人も多かったはずです。自然の厳しさ、命のはかなさを知り尽くし、さまざまな辛さ、切なさ、悔しさに耐えながらも「てえしたこだねのさ(大したことじゃない)」と笑う人々の優しさが、民間仏の表情にも表れているのだろう、という解釈にしみじみ感じ入りました。

みちのくに暮らした人々の心情を映した祈りや尊さに触れつつ、ついつい自分の口元も緩んでしまう『みちのく いとしい仏たち』展、おすすめです。会期は2月12日(月)まで。

Information

みちのく いとしい仏たち

会期:2023年12月2日(土)~2024年2月12日(月・祝)

会場:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)

開館時間:10時~18時 (最終入場時間 17時30分)※金曜は20時まで(最終入場時間 19時30分)

休館日:月曜 ※ただし2月5日、2月12日は開館

観覧料:一般1400円、高校・大学生1200円(入館時に生徒手帳・学生証を要提示)、中学生以下無料、障害者手帳等持参の方は入館料から100円引き(介添者1名は無料)

リンク:東京ステーションギャラリー 公式サイト