中国の名勝と重なる“日本の山水画”も描いた、18世紀の天才画家「池大雅」の回顧展

江戸時代に活躍した文人画家・池大雅(いけのたいが)。現在、生誕300年を記念した『池大雅―陽光の山水』展が、東京都千代田区にある〈出光美術館〉で2024年3月24日(日)まで開催されています。

東京では約13年ぶりという回顧展。一橋徳川家から制作を依頼された《楼閣山水図屏風》(国宝)や、与謝野蕪村と競作した名作であり、川端康成の蒐集品としても知られる《十便十宜図》(国宝)のほか、重要文化財八件を含む山水画が一堂に会す本展。三つ折り仕様のA4サイズパンフレットからも、展覧会にかける思いがヒシヒシと感じられます!

陽光の人―― 池大雅の魅力とは?

開幕直後の平日にもかかわらず、多くの来館者でにぎわう本展。ファッショナブルな服装の若い方も多く、幅広い年代の方が池大雅作品に関心を持っているようです。

展示されている作品は、ゆるりとした筆さばきの軸から、緻密に点描を重ねつつも雄大に描かれた山水の屏風など、スケールもさまざま。

本展の解説によると、大雅作品の特徴は、四季の移ろい、昼夜、風や空気の質感や気象の変化、光のきらめきや木葉のさざめきまでも描ききる巧みさにあるといいます。

確かに、水墨や色数の少ない作品であっても、そこにあったであろう空気感や、絵には捉えがたい自然界の機微といったものまで表現されているように感じます。展覧会のタイトルにある「陽光の山水」という言葉が、まさにしっくり来るようです。

中国文人への憧憬が垣間見える「画」と「書」

中国文化に深い憧れを抱き、中国の名勝に思いを馳せていたという大雅。叶わぬ渡唐を夢みつつ、日本各地を旅し、そこで見た風景を山水画に落とし込み、中国文人画の模倣に終わらない、独自の芸術を確立させたといいます。

本展では、大雅が巡った浅間山、比叡山のほか、松島などの景勝地を描いた《日本十二景図》の作品も。数多くの名勝を目の当たりにした大雅だからこそ、想像だけでは描けない生き生きとした風景が山水画にあふれているのだと感じました。

また、作品に添えられている篆書や隷書も、さすが中国文人画に親しんだ人ならでは……! といった趣き。描くモチーフによって書き分ける書の巧みさにも驚きです。

池大雅の交友

作品を眺めるなかで個人的に関心事だったのは、大雅の交友関係の幅広さ。

体よりも大きな瓢箪でナマズを押さえる人物を、ゆったりとした筆さばきでおおらかに描いた《瓢鯰図》には、江戸時代中期の禅僧であり漢詩人の大典顕常の賛文が添えられています。

また、“煎茶の祖”という見方もある売茶翁(ばいさおう)をゆるりと描いた作品には、売茶翁本人による賛文が記されています。その解説には、晩年の売茶翁から愛用の急須を形見分けされたという大雅の交友エピソードも。中国文人に憧れた大雅ですから、煎茶に親しんだ売茶翁との交流もうなずけます。

そして、大雅の画に大きな影響を与えたという木村蒹葭堂(きむらけんかどう)。大坂の裕福な商家生まれで、古今東西の多彩なコレクションを蔵した「浪速の知の巨人」は、13歳で大雅に師事。彼が持つ中国文人画などのコレクションを大雅も目にし、自身の作品にも取り入れたのだとか。

また、儒学者・篆刻家・画家として知られる高芙蓉や、書家の韓天寿とは終生の友として交友し、富士山、立山、白山などの山々をともに踏破したといいます。

一橋徳川家からの依頼にも筆をふるい、庶民から大名家まで、多くの人に愛される好人物であったのだろうと想像できるエピソードが散りばめられていました。

国宝や重要文化財を含め、楽しめる要素が盛りだくさんの「池大雅―陽光の山水」展。ぜひお出かけしてみては?

Information

生誕300年記念 池大雅―陽光の山水

会期:2024年2月10日(土)~3月24日(日)

会場:出光美術館(東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階)

開館時間:午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日:月曜

入館料:一般1200円、高・大生800円、中学生以下無料(ただし保護者の同伴が必要です)

※障害者手帳をお持ちの方は200円引、その介護者1名は無料です

リンク:出光美術館

唐三彩、白磁、青磁、五彩、黒釉――「色」をテーマにした『中国陶磁の色彩』展

旧熊本藩主・細川家に伝わる美術品や歴史資料などを所蔵する、東京都文京区の〈永青文庫〉。現在、令和5年度早春展として『中国陶磁の色彩』が開催されています。

本展では、所蔵する漢~清時代の中国陶磁100点以上のなかから、唐三彩、白磁、青磁、五彩、黒釉といった「色」をテーマにした美術品を展示。

展示作品の多くは、永青文庫の設立者である16代当主・細川護立(ほそかわ もりたつ)氏によって蒐集されたもの。それらを通じて、約2000年にわたる中国陶磁の歴史をひも解く展覧会となっています。

護立氏が晩年を過ごした〈永青文庫〉の外観。2023年9月のブログで取り上げた、第79代内閣総理大臣であり芸術家で細川家18代当主の細川護熙(ほそかわ もりひろ)さんも、かつてはこちらにお住まいだったそう。

入手エピソードも興味深い! 〈永青文庫〉の唐三彩コレクション 

入館してまず対面するのは、日常用器や明器(副葬品)として用いられていた「灰陶」や「唐三彩」。展示品には「灰陶加彩馬」「三彩馬」といった馬の俑(副葬する人形)もありました。そのリアルな造形や意匠から、6~8世紀の陶工の高尚な技術力がヒシヒシと伝わってきます。

重要美術品 「灰陶加彩馬」 北朝時代(6世紀) 永青文庫蔵

「唐三彩」の展示スペースには、本展のメインビジュアルにもなっている「三彩宝相華文三足盤」(重要文化財)も。唐時代に技法が確立された多色釉陶器で、蝋ぬきの技法により白い点などを表し、褐釉や緑釉で彩っています。度重なる研究や探求の賜物ともいうべきその発色のよさに驚きます。

重要文化財 「三彩宝相華文三足盤」 唐時代(7~8世紀) 永青文庫蔵

解説によると、唐三彩は20世紀初頭、中国の鉄道敷設工事を行うなかで唐三彩を含むさまざまな遺物が発掘されたことをきっかけに、世界中のコレクターに注目され、美術市場を賑わしたのだとか。

欧米に遅れをとりつつ、日本では大正期頃より鑑賞に主眼を置いた「鑑賞陶器」として中国陶磁の人気が高まります。そして、それらの価値をいち早く見出し、蒐集したのが護立氏なのだとか。

本展に展示されている唐三彩の中にも護立氏がコレクションしたものがあり、重要美術品「三彩獅子」はパリの美術商店の下の戸棚に置かれていたものを購入したこと、「三彩花文四葉形四足盤」は少し欠けており、同国で捨てられているも同然だった、という入手に関するエピソードも紹介されています。

また、重要文化財「三彩花弁文盤」について護立氏は「真に唐時代の絢爛たる文化を物語るものとして珍重すべきもの」と述べています。

重要文化財 「三彩花弁文盤」 唐時代(7~8世紀) 永青文庫蔵

日本の茶文化に通じる逸品も

続いて「黒釉」の展示スペースへ。点茶法(喫茶法)の広がりと共に、曜変天目、油滴天目(ゆてきてんもく)、禾目天目(のぎめてんもく)などの黒釉茶碗が盛んにつくられたという宋時代。

天目は日本にも渡り、茶の湯を愛する茶人や大名に珍重されたのは多くの人が知るところ。本展でも12~15世紀の中国で作陶された油滴、禾目を含む4点の天目茶碗が展示されています。

「油滴天目」 金時代(12~13世紀) 永青文庫蔵

ほかにも「白磁」「緑釉」「青磁」「青花」「五彩」などの壺、瓶、鉢、硯屏、合子、筆などが並び、その多彩で緻密で華麗なる中国陶磁の鑑賞は眼福のひとときです。

重要美術品 「琺瑯彩西洋人物図連瓶」 清時代 乾隆年間(1736~95) 永青文庫蔵

もうひとつの“みどころ”とは?

本展で見逃せない展示がもうひとつ。近代洋画家・梅原龍三郎氏や、陶芸家・河井寬次郎氏、宇野宗甕氏が、中国陶磁を研究・題材にした作品も紹介されています。

なかでも、護立氏が所蔵する俑「加彩女子」に一目ぼれした梅原龍三郎氏が、懇願してそれを借り、日本画の画材を用いて描いた《唐美人図》は必見。なんと今回は3月3日まで「加彩女子」と並べて展示されています!

さらに同氏は中国陶磁のなかでも五彩が気に入っていたようで、作品の題材にも多く登場させています。本展にも五彩の壺にバラを生けた《薔薇図》が展示されています。

中国の深遠な陶磁の世界と、護立氏の情熱を感じずにはいられない本展。さまざまなエピソードを含めて楽しめる展覧会です。会期は4月14日まで。

Information

令和5年度早春展「中国陶磁の色彩 ―2000 年のいろどり―」

会期:2024年1月13日(土)~4月14日(日)

会場:永青文庫(東京都文京区目白台1-1-1)

開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)

休館日:月曜(2月12日は開館、2月13日は休館)

入館料:一般1000円、シニア(70歳以上)800円、大学・高校生500円

※中学生以下、障害者手帳をご提示の方及びその介助者(1名)は無料

TEL:03-3941-0850

リンク:永青文庫公式サイト

初となる大規模な“民間仏”展!『みちのく いとしい仏たち』

仏や神のイメージを木や石に彫り、心の拠り所としてきた「民間仏」文化は、かつて日本全国の村々にあったといいます。

その多くは時代と共に消えてしまいましたが、青森・岩手・秋田の北東北エリアには、古いお堂や祠、煤だらけの神棚に祀られていた民間仏がそのまま残され、現在も信仰の対象とされていることも多いのだとか。

その素朴な姿や愛らしさが人気を博し始めている民間仏。東京駅直結の〈東京ステーションギャラリー〉では、『みちのく いとしい仏たち』という民間仏の展覧会が2024年2月12日(月)まで開催中。

2023年4月に〈岩手県立美術館〉にてスタートし、9月には〈龍谷大学 龍谷ミュージアム〉(京都)を巡回し、いよいよ東京にやってきました。

昨年の春先に巡回展の情報を知り「ぜったい行きたい!」と楽しみにしていた本展。年明けてようやくお邪魔してきました。

メインビジュアルの《山神像》は、現役の林業の神様

今回のメインビジュアルであるこちらは、江戸時代に制作された如来像と男神像の合体という《山神像》。岩手県八幡平市の兄川山神社内に今もなお祀られ、林業にたずさわる人々に信仰されています。

面長の顔、荒いけれどしっかり刻まれた螺髪、緩やかな弧を描く眉と目、丁寧にくりぬかれた耳、やさしく微笑む口元、三等身にデフォルメされたプロポーション。山の神さまと言われればしっくり来るような、いつも見守られているような不思議なやさしさを感じます。

山仕事の当事者か、地元の大工か、木地師か。おそらく仏師ではない人の一削一削に込めた祈りがヒシヒシと伝わってくるようです。山仕事の安全・無事はもちろん、不運にもケガをしたり命を落としてしまった人への鎮魂や祈りなど、さまざまな思いがこの山神像に託されているような気がしました。

「せめて、やさしく叱って…!」

約130点もの個性派ぞろいのホトケやカミが展示されている本展。作品横にあるキャプションには、祀られている(いた)場所の地図も示されています。エリアごとの傾向といったものも見えて興味深い!

エピソードとしてユニークだったのは《十王像》をモチーフとした民間仏。

ちなみに「十王」とは、亡者の罪過を裁く10人の地獄の裁判官たちのこと。江戸時代の人々は「死ねば地獄に落ちるもの」という考え方が主流だったのだとか。そこで、刑罰に手加減を願った像を多く彫ったといいます。

秋田と宮城の県境に近い三途川渓谷の集落には多くの「十王堂」が存在し、十王像も多く彫られ、祀られていたそう。一般的な十王像は厳めしい顔つきが多いようですが、こちらの十王像は、ほんのり笑みをたたえたような、やさしい面持ち。

現世の罪の手加減を願いつつ、「せめて、やさしく叱って…!」といった人々の思いを十王の表情に込めたのでは、という解説にほんわかした気持ちになりました。

みちのくの人々の信仰のかたち、そのもの

ほかにも、長年の煤の蓄積で真っ黒になったホトケやカミ、モアイ像にも似た男神像、怖いような可愛いような不動明王像や毘沙門像、右衛門四良作の仏像・神像、山犬像や厩猿像といった動物をモチーフにしたものも。その多くが穏やかな笑みをたたえています。

気象条件が厳しい東北地方は、大凶作や大飢饉に見舞われたことも多々。地域によっては災害も多く、理不尽な年貢や家族関係で苦しむ人も多かったはずです。自然の厳しさ、命のはかなさを知り尽くし、さまざまな辛さ、切なさ、悔しさに耐えながらも「てえしたこだねのさ(大したことじゃない)」と笑う人々の優しさが、民間仏の表情にも表れているのだろう、という解釈にしみじみ感じ入りました。

みちのくに暮らした人々の心情を映した祈りや尊さに触れつつ、ついつい自分の口元も緩んでしまう『みちのく いとしい仏たち』展、おすすめです。会期は2月12日(月)まで。

Information

みちのく いとしい仏たち

会期:2023年12月2日(土)~2024年2月12日(月・祝)

会場:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)

開館時間:10時~18時 (最終入場時間 17時30分)※金曜は20時まで(最終入場時間 19時30分)

休館日:月曜 ※ただし2月5日、2月12日は開館

観覧料:一般1400円、高校・大学生1200円(入館時に生徒手帳・学生証を要提示)、中学生以下無料、障害者手帳等持参の方は入館料から100円引き(介添者1名は無料)

リンク:東京ステーションギャラリー 公式サイト

【勇ましく、凛々しく、ちょっと滑稽な「サムライ」が集結!『北斎サムライ画伝』】

「侍ジャパン」「SAMURAI BLUE」など、日本を代表するアスリートチームにも愛称づけられるほど、強さ、逞しさ、勇ましさ、尊び、誇りといった、強勇・高潔のイメージを宿す「サムライ」。

ところで、そんなサムライへのイメージは、いつ、どんなタイミングで発生したのでしょうか? 彼らが現存していた時代も同様のイメージで尊ばれていたのでしょうか?

東京都墨田区にある〈すみだ北斎美術館〉では、サムライに焦点を当てた展覧会『北斎サムライ画伝』が2024年2月25日(日)まで開催されています。江戸時代後期に活躍した浮世絵師・葛飾北斎と、その愛弟子たちが描いたサムライの絵が、さまざまなテーマと視点で展示されています。

江戸時代のサムライの日常

泰平の世であった江戸時代。サムライは戦を離れ、幕府や藩の政治を担う存在に。本展では、そんな平穏な時代を生きたサムライ達の姿を、半紙本や錦絵などを通して知ることができます。

町人が行き交う通りを大小二本挿してひとり歩くサムライ。川崎宿にあった奈良茶飯の店「万年屋」に入店し、外食を楽しもうとするサムライ。公務で天体観測をするサムライ。いずれも、穏やかな時代ならではのサムライ達の姿が描かれています。

一方で、気持ちのゆるみや人間臭さが捉えられた絵も。展示されていた『画本狂歌 山満多山』には、着物をはだけ、手桶を肩に担いて鼓のように叩いて歩く2人の酔っぱらったサムライが。それを見て苦笑する女性も描かれています。

また、北斎画『富嶽三十六景 従千住花街眺望ノ不二』の、参勤交代を終えて懐かしい故郷を目指すサムライ達の表情は、張り詰めた任務を終えて解放感に浸っているような和やかさ。

サムライと言えども、ひとりの人間。羽目を外したそんな姿も市井で度々見られたはず。それらを鋭くとらえ、絵に落とし込む北斎もさすがです。

江戸時代の読書ブームも、サムライのイメージ定着に影響した?

歴史・伝記などに登場する英雄をモチーフにした「武者絵」も多く描いた北斎。展示物のなかには、平清盛、牛若丸と弁慶といった「源平」がテーマの絵も多く見られました。平安時代後期から「サブラヒ」として存在していたということは、源平の頃がサムライの黎明期といえるのでしょうか。

また北斎は、「読本」と呼ばれる今でいう小説の挿絵や、『北斎漫画』という絵手本も手がけています。江戸時代には読書ブームが訪れ、多くの庶民が貸本屋から本を借りたりしていたそう。実際に展示されている半紙本の多くには手垢がべったり。あまたの人が手に取っていたことが一目瞭然でした。

そして、そこに描かれているサムライ達は、凛々しく、猛々しく、多くの人の心を惹きつけたであろう勇ましい姿。サムライの強勇・高潔なイメージは、こういった読本などから庶民にイメージづけられていき、今に至るのかもしれません。

サムライと言えば、切腹……?

日本独自の、それもサムライ独自の風習とされている「切腹」。本展でも「サムライたる場面」とテーマを打ち、自害にまつわる絵や解説が展開されていました。

切腹とは「自分の真心を示す手段である」であり、「腹には霊魂と愛情が宿っている」ために腹を切るのだそう。真心を示すために腹を切る……⁉ 今じゃ考えられない観念……。

ちなみに、時代劇などで切腹を命じられるシーンを見かけますよね。これは一部のサムライだけに認められたものだったそうです。死罪が命じられた際は斬罪を基本としつつ、サムライとして認められるべきところがあれば、切腹が許され、本人も失われた面子を回復するために、それを受け入れたといいます。

現代人からすれば、恐ろしすぎて、もはや考えられない行為。でも、それを成せる者こそ「真のサムライ」ということなのでしょうか。サムライとはやはり次元の違う世界の人なのかも……。

勇ましく、凛々しく、ときにユーモアたっぷりにサムライを描いた北斎や弟子達。それらが庶民に広がり、尊ばれ、その名残が今のサムライのイメージとして定着しているような気がしました。彼ら絵師達が世の中にもたらした影響は相当なもののはず。

本展に足を運び、躍動感たっぷりに描かれた北斎や門人たちの絵に触れ、江戸時代の人々と同じ目線でサムライを感じてみてはいかがでしょうか。

Information

北斎サムライ画伝

会期:2023年12月14日(木)~2024年2月25日(日)

会場:すみだ北斎美術館(東京都墨田区亀沢2-7-2)

開館時間:9時30分~17時30分(入館は17時まで)

休館日:月曜

※開館:1月2日(火)、1月3日(水)、1月8日(月・祝)、2月12日(月・振休)

※休館:12月29日(金)~1月1日(月・祝)、1月4日(木)、1月9日(火)、2月13日(火)

観覧料:一般1200円、高校生・大学生900円、65歳以上900円、中学生400円、障害者手帳ご呈示の方400円、小学生以下無料

リンク:北斎サムライ画伝 公式サイト

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【展覧会もいいけれど、たまには“おうち鑑賞”もあり?床の間芸術を考える『日本画の棲み家』展が開催中】

東京・六本木にある〈泉屋博古館〉では、『日本画の棲み家 ―「床の間芸術」を考える』と題した特別企画展が、2023年12月17日(日)まで開催されています。

いつもユニークな問い立ての企画展を行う同館。今回も「日本画の棲み家」「床の間芸術を考える」と興味深いテーマで関心をそそります。さて、そのタイトルの心は……?

“明治時代における西洋文化の到来は、絵画を鑑賞する場に地殻変動をもたらしました。特に西洋に倣った展覧会制度の導入は、床の間や座敷を「棲み家」とした日本絵画を展覧会場へと住み替えさせました。その結果、巨大で濃彩な作品が増えるなど、日本絵画は新しい「家」にふさわしい絵画表現へと大きくシフトしていきます。” (公式サイトより引用)

文明開化は、日本絵画の世界にもさまざまに影響をもたらした、という同館。いったいどういうことなのでしょう? どのような作品が並べられ、どのような解釈で楽しめるのか、同館を訪ねてきました。

“取り合わせ”の粋を感じさせる、住友邸宅の床の間を彩った作品

〈泉屋博古館〉は、住友財閥を創業した住友家のコレクションを中心に展示を行う美術館。桁外れの財力を有する財閥だからこそ、収蔵品も桁外れ。訪れるたびにワクワクさせられる美術館のひとつです。

さて、第一章「邸宅の日本画」では、住友家の床の間や座敷を飾った掛物、屏風、衝立、置物などが展示されています。掛物といっても、一般的な床の間には到底納まりきらない巨大さ! 六曲一双という大迫力の屏風にも驚かされます。

寿老人、富士、雁、鶴、竹、梅など、吉祥的画題をモチーフにした掛物が多く、それらと一緒に飾られる香炉や花籠といった工芸品にも“取り合わせ”の意味を持たせ、床の間を彩り、来客を楽しませていたのだとか。

住友家の財力をこれでもかと目の当たりにできる本章、とにかく見ごたえありです!

美術界に大きな議論を巻き起こした「床の間芸術」とは

続く第二章「床映えする日本画」は、明治以降に庶民にも普及した床の間にどのような作品が映えるのか? をテーマにしています。橋本雅邦、富岡鉄斎、さらには洋画家として知られる岸田劉生の軸(チラシ表紙の作品)も展示されています。

「山水画」は室内を山気で満たし、「四季の花鳥画」は室内外の境界を曖昧にし、寿老人などの「吉祥的画題」はハレの日や家族の行事に欠かせないものとして、普及していったようです。

さらに同章では、大正以降に新聞や美術雑誌などで散見されるようになった「床の間芸術」という言葉にも注目。これは「時代遅れの作品」を揶揄する言葉として用いられたそう。

西洋に倣った展覧会が開かれるようになると、描かれる日本絵画は巨大で濃彩な作品に変化。新しい「家」にふさわしい絵画表現にシフトし、「床の間無用論」という言葉も登場したといいます。

一方で、他国には見られない鑑賞機能を持つ床の間の文化的側面を賞賛する声も上がり、竹内栖鳳や河合玉堂などは、展覧会や芸術一辺倒の美術界に警鐘を鳴らし、床の間芸術へ肯定のまなざしを向けていたといいます。

当時、そのような議論が巻き起こっていたとは……。現在の美術界に関係ないとはいえない事象に、とても興味が湧きました。

本展に展示されている日本画はそのような時代のなかで蒐集され、邸宅を飾るための「床の間芸術」として描かれたもの。“柔和”で“吉祥的”な内容の床の間芸術は、やはり日本家屋こそ棲み家としてふさわしいような気もしてきましたが……はたして。

新時代の床の間芸術を考える

第三章では、今を生きる6名の現代作家による「床の間芸術を考える」をテーマにした作品が展示されています。それぞれの解釈で手がけた作品は、新しい視点の床の間への向き合い方を見せてくれます。

純粋なる日本家屋に住まう人は少なくなり、西洋だけでなく多様な文化が入り交じる現代。それらがミックスされることで、また新しい“美”が醸成されることも多々あります。

かつては、床の間にこそふさわしい絵画があり、どちらかといえば洋間に掛物は不釣り合いと感じる人も多かったかもしれません。ですが時代は大きく変わり、床の間の有用・無用を超えた新しい床の間芸術の楽しみ方があるのかもしれない、と今回の展示を鑑賞しながら感じました。

サムライオークションでも、多くの人が古物を生活のなかに取り入れ、愛で、精神的な豊かさにつなげてほしいという願いがあります。それらの古物にふさわしい棲み家とはどのような場所なのか、ふと考えるきっかけになる企画展かもしれません。

Information

日本画の棲み家 ―「床の間芸術」を考える

会期:2023年11月2日(木)~12月17日(日)

会場:泉屋博古館東京(東京都港区六本木1-5-1)

開館時間:11時~18時(入館は17時30分まで)※金曜は19時まで開館(入館は18時30分まで

休館日:月曜

観覧料:一般1000円、高大生600円、中学生以下無料、障害者手帳ご呈示の方は無料

リンク:泉屋博古館東京 公式サイト

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【翡翠の超絶技巧に眼福!深淵なる中国美術の世界『アメイジング・チャイナ』】

日本文化として広く伝わり、受け継がれているものでも、その源をたどれば中国に行き着くものが多々あります。「中国数千年の歴史」とは中国の歴史の深さを語る代名詞のような言葉ですが、中国美術においても、卓越した画力や技巧、緻密で複雑な造形、素材を最大限に引き出す眼力など、その言葉の意味を目の当たりにすることが多いと感じています。

現在、東京都港区にある〈松岡美術館〉では、『アメイジング・チャイナ 深淵なる中国美術の世界』と題した展覧会が開催中です。約1500年前とされる北斉時代から唐時代の金剛仏、明から清時代の漆器、陶磁器、玉器、絵画作品が展示されています。

なかでも、本展の目玉である翡翠を緻密に彫刻した『翡翠白菜形花瓶』は、パンフレットからもその超絶技巧が伝わり、ぜひ実物を見てみたいと美術館を訪ねました。

美しくも厳かな清玩がずらりと並ぶ展示室内。どのような至極の逸品に出会えるか、期待が膨らみます!

鑑賞順に従って進むと、まず目に入るのは手のひらに収まりそうなほどの金剛仏たち。北斉~唐時代に手がけられたという繊細で華奢な像を前に、このような良好な状態で1500年もの年月を持ちこたえたとは……と感動を覚えます。

同館の創設者である松岡清次郎氏は、美術館開設以前に中国美術と出会い、生涯にわたりそれらの名品を追い求めてきたのだそう。

続いて、明〜清時代に制作された大振りな堆朱が並びます。龍の鱗、荒波の一筋一筋まで丁寧に掘られた『龍波濤文堆朱合子』には、“五本指”を持つ龍が。これは皇帝のみに許されたデザインとされています。彫りの技術も、漆を扱う技術も、一流の工人によって制作されたのでしょう。時代を経ても歪みなどほとんど見られません。清時代の皇帝は、この合子をどこに飾り、どのように使っていたのでしょうか。想像が掻き立てられます!

さらに、明〜清時代に制作された景徳鎮窯の文鉢、瓶、文盤、扁壺も。下の写真の『青花胭脂紅双鳳文扁壺』(左)『紅地粉彩花卉文扁壺』(右)には「大清乾隆年製」銘が。これは皇室専用の官窯で制作されたことの証。さまざまな吉祥紋と鮮やかな色彩がとにかく美しい……。

そして、本展で楽しみにしていた『翡翠白菜形花瓶』。意外と大きい! 高さ26.7cmとのことで、ほぼ実物大といってもいいかもしれません。

淡い緑と橙が織り交ざり、そのグラデーションを最大限に生かした彫刻がなされているように感じました。それにしてもイナゴやキリギリスの彫刻のなんと繊細なこと……!

翡翠彫刻作品は他にも。表面には花鳥風月、裏面には宮廷の様子が緻密に彫られた『翡翠楼閣花鳥図挿屏』も見事です。

清の第6代皇帝である乾隆帝の時代、清の支配がミャンマー近くまで拡大し、良質な翡翠が大量にもたらされ、さまざまな翡翠彫刻品が制作されるようになったのだとか。このような時代的背景によって発展した芸術品なのですね。

また本展では、歴代の中国絵画の形式として重要な役割を果たしたという「画冊・画巻」もさまざまに展示されています。今回展示されている明清絵画は、東京大学の東洋文化研究所教授・板倉聖哲氏の調査・監修のもと、選りすぐられた作品なのだとか。

なかでも美しいと感じたのが、花鳥図を得意とした呂紀(1488~1505年)による《薔薇図巻》。花びらは鮮やかに生き生きと描かれ、葉、棘の細部までとにかくリアルを突き詰めた描写力。まるでバラの芳香が匂い立ってくるようでした。

明時代の絵画を語るうえでは「浙派」と「呉派」が存在していたそうで、それぞれの流派ごとの作品が展示され、詳しい解説が用意されています。

今回の展示のなかで強く感じたのは、同館の中国美術への造詣の深さ。それらの作品が、いつ、なぜ、どのようにしてつくられることになったのか、歴史や背景なども展示品に添えられているキャプションにつづられています。さらに、中国略年表、中国歴代窯址略図なども展示されており、日本のいつの時代にこれらの作品がつくられたのかなど、わかりやすい展示になっていました。

中国美術に関心がある方や、より造詣を深めたいという方には、さまざまな発見がある展覧会となるかもしれません。展示は2024年2月11日(日・祝)まで。

Information

アメイジング・チャイナ ―深淵なる中国美術の世界―

会期:【前期】2023年10月24日(火)~12月10日(日)

   【後期】2023年12月12日(火)~2024年2月11日(日・祝)

会場:松岡美術館(東京都港区白金台5‐12‐6)

開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

     第1金曜 10時~19時(入館は18時30分まで)

休館日:月曜、2023年12月29日(金)~2024年1月4日(木)

観覧料:一般1200円、25歳以下500円

高校生以下、障害者手帳をお持ちの方は無料

リンク:松岡美術館 公式サイト

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【京都・龍安寺の石庭をモチーフにした、固定概念を覆す作品も!『デイヴィッド・ホックニー展』】

86歳となった今も、精力的にアート作品づくりを続ける芸術家、デイヴィッド・ホックニー。現在、東京都江東区にある〈東京都現代美術館〉にて、日本では27年ぶりとなるホックニーの大規模な個展が開催されています。

2012年には〈ロイヤル・アカデミー〉(ロンドン)にて、2017年には〈ポンピドゥー・センター〉(パリ)で行われた個展で、それぞれ約60万人の来場者数を記録するなど、現代で最も革新的な画家として注目を浴びています。

また、2018年にニューヨークで行われたオークションでは、過去に描いた作品が約102億円で落札され、現存作家による最高落札価格を記録。

それほどまでに多くの人々の関心を誘うホックニーの作品とは? 60年以上にわたる画業を目にしたいと『デイヴィッド・ホックニー展』にお邪魔してきました。

「どのように見て、どのように描くのか」ホックニーの真摯なまなざし

平日にもかかわらず、チケット売り場は長蛇の列! 並ぶ人の年齢層は、若い方から高齢の方までさまざまです。

ちなみに、事前にオンラインチケットを購入しておき、入館時にスマホでQRコードを提示すれば、長蛇の列に並ぶ必要はなし。チケットの事前購入、おすすめです。

さて、展示室は「自由を求めて」「移りゆく光」「肖像画」「視野の広がり」「戸外制作」と、年代、テーマ、アートに対する向き合い方などで章が分けられています。

そのテーマごとに、作品のタッチも、テイストも、技法も、使う画材も、大きく異なるホックニーの作品。ですが、そこに通底するのは、その時代、場所、環境などを「どのように見るのか」、それを「どのように描くのか」といった強い“探究”と“真摯な姿勢”にあるように感じました。

ロンドンで過ごした1960年前半に描かれた作品『三番目のラブ・ペインティング』は、当時のイギリスでタブーであった同性愛をテーマにした、自身のセクシャリティの告白でもある作品。明るいとは言い難い色彩、抽象的なモチーフ、ザラザラごつごつとした絵肌。アーティストとして「自分はどう描きたいのか」の模索がヒシヒシと伝わってくるようです。

次章では、移住したアメリカ・ロサンゼルスのカラリと晴れわたった空のような、どこか解放感すら感じる作風に一転。独創的な構図で色鮮やかに描き、人工物に目を向けながら、自然現象をもつぶさに観察するまなざしなど、ロンドン時代とは異なる作風にただただ驚きでした。

また、家族、恋人、友人などの肖像画に取り組んだ時代。それにより行き詰りを感じて絵画制作の原点に立ち返ろうとした時代。カメラやiPadを駆使して新しい表現を開拓した時代と、ホックニーの作品に対する変遷を目の当たりにすることができます。

個人的に印象的だったのは、『龍安寺の石庭を歩く、1983年2月21日、京都』と題したフォト・コラージュ作品。

1983年2月に来日したホックニーは、京都・龍安寺の石庭を訪ねたようです。その際、石庭に向ける視点の角度を上下左右と少しずつ変えて写真におさめ、それらを組み合わせて作品にしました。

一般的な美術教育で学ぶ技法に倣えば、一点透視図法で描きがちですが、遠近法に疑問を持っていたホックニーの表現は、固定観念を覆し、新しい龍安寺石庭の姿を見せてくれます。

80歳を過ぎ、老齢になってこそ、より大がかりな作品に取り組み、新しい境地にチャレンジしているホックニー。現在はフランス・ノルマンディー地方に暮らし、そこで目にする四季折々の風景やものごとをつぶさに観察し、「どう見て、どう描くのか」に果敢に挑戦している様子が展示からも伝わってきました。

コロナ禍に描いたという全長90メートルの大作『ノルマンディーの12か月』も見ごたえたっぷり。その衰えることのない創作意欲に、見ている側も不思議とパワーをもらえる気がします。

会期は11月5日まで。ご興味のある方はお急ぎを!

Information

デイヴィッド・ホックニー展

会期:2023年7月15日(土)~11月5日(日)

会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1(木場公園内))

開館時間:10時~18時(展示室入場は閉館の30分前まで)

休館日:月曜

観覧料:一般2300円、大学生・専門学生・65歳以上1600円、高校生・中学生1000円、小学生以下無料

※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料になります

リンク:東京都現代美術館 公式サイト

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【美術館に居ながら、日本画の舞台や題材を体感する!『日本画聖地巡礼』展】

日本初の日本画専門の美術館として1966年に開館した、東京渋谷区の〈山種美術館〉。現在『日本画聖地巡礼』と題した、ユニークな企画展が開催されています。

「聖地巡礼」とは本来、宗教的に重要とされる聖地・霊地を参詣する行為ですが、近年の日本では、映画・ドラマ・小説・漫画・アニメなどの舞台となった場所を「聖地」と呼び、その地を訪れることを「聖地巡礼」と称するようになりました。

それらの傾向をうけ、日本画の作品の題材となった地や、画家と縁の深い場所に赴くことも「聖地巡礼」であると捉えた〈山種美術館〉。本展では、所蔵する作品の中から場所が特定できるものを調査し、その内の49の作品と実際の写真と合わせて展示。美術館に居ながらにして「聖地巡礼」を体感できる企画展となっています。

奥村土牛の『鳴門』をはじめ、高名画家の名作がずらり!

北海道から沖縄まで、全国津々浦々の風景画49作品が並ぶ本展。そのファーストビューを飾るのは、轟音を響かせるように渦巻く、翡翠色の荒ぶる海。奥村土牛が昭和34年に描いた『鳴門』です。

世界最大級の渦潮に汽船で近づいた奥村氏は、無性にその姿を描きたい衝動に駆られたといいます。妻に帯を掴んでもらいながら、大きく揺れる船で何十枚も写生したのだとか。あらゆるものを深く飲み込んでしまうような大渦の勢いと轟き。その迫力に、いつか私もこの目で見たい! と大渦潮への憧憬が募りました。

本作以外にも『山中湖富士』『吉野』『那智』『城』など、奥村氏のさまざまな風景画が企画展を飾っています。同館の創立者・山崎種二が「絵は人柄である」という信念のなかでその才能を見出し、支援し、交友した画家のひとりが奥村氏。同館の奥村土牛コレクションは135点にも及ぶといいます。

豊臣秀吉に縁のある「椿」を描いた、重要文化財作品も

速水御舟によって描かれた二曲一双屏風『名樹散椿』(重要文化財)も、本展で堂々たる煌めきと静寂を放っています。

京都北区に所在する地蔵院、通称「椿寺」に根を張る「五色八重散椿」。豊臣秀吉から献木されたという名木を描いた作品が『名樹散椿』です。咲き誇る花々は生命力にあふれ、本物の椿と見紛うばかりですが、その幹や根を張る大地の描写はどこか抽象的で西洋画の趣きも感じます。その対比に不思議な錯覚をおぼえる印象的な作品です。

「(実際に地蔵院を訪れて)御舟が椿を凝視し、花と幹の質感を描写していることがみてとれた」と、作品について記した現館長の山崎さん。現地の様子を知ることで、画家のまなざしの追体験や、作品に込めた創意工夫を発見でき、これこそ「日本画聖地巡礼」の醍醐味であると綴っています。

もはや懐かしい、あの街の、あの風景

個人的に印象深かった作品は、米谷清和の『暮れてゆく街』。かつての渋谷・東急百貨店東横店南館の夕暮れ時を描いた作品です。

雨天の中、ロータリーでバスを待つ人の列、西口改札周りを慌ただしく行き交う人、2階の通路でぼんやり外を眺める人、モアイ像前で待ち合わせする人。気温、湿度、匂い、喧噪、バスのエンジン音に至るまで、すべてを包み込んで描ききったようなこの作品を前に、個人的な記憶がさまざまに蘇り、胸が疼くようでした。

1985年に描かれた作品とのことですが、2020年に東急百貨店の営業が終了し、再開発が始まるまで大きく変わることのなかった西口改札付近。変容の激しい渋谷で、35年以上も同じ風景が続いてきたことへの驚きと、確かに雨の日はこんなふうに色彩を失ったようだった……と今になって気づく街の風景がありました。

ほかにも、奥田元宗、石田武、橋本明治、竹内栖鳳、横山大観、川合玉堂など、名だたる画家が描いた奥入瀬、名瀑、姫路城、阿蘇などの作品が並びます。

さらに、東山魁夷が描いた『京洛四季』の4作品も一挙公開。切り取られた風景の構図の潔さ、曖昧さと明暗を併せ持つ色彩……眺めていると、ただただ東山氏の“自然への敬意”がそこに立ち現れているようで、不思議と目が離せなくなります。『緑潤う』は、実際の写真と比べると、その正確な描写にも驚くはずです。

これらの作品にふれ、訪れてみたいと思っていた場所を思い出したり、実際に足を運んでみたい「聖地」に出合えるかもしれません。会期は11月26日まで。ぜひお出かけしてはいかがでしょうか?

Information

日本画聖地巡礼

会期:2023年9月30日(土)~11月26日(日)

会場:山種美術館(東京都渋谷区広尾3-12-36)

開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜

観覧料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料

※障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)一般1200円

※きもの特典:きものでご来館のお客様は、一般200円引きの料金となります

リンク:山種美術館公式サイト

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【元首相・細川護熙さんが京都の寺院に奉納した襖絵を大公開!『京洛の四季』開催中】

第79代内閣総理大臣を務めた細川護熙(ほそかわ もりひろ)さんの展覧会『京洛の四季』が、東京都銀座にある〈ポーラ ミュージアム アネックス〉にて、2023年9月15日(金)~10月15日(日)の期間で開催されています。

政界引退後、陶芸、書画、油絵など、さまざまな創作活動に力を入れてきた細川さん。近年は大型の障壁画や襖絵の制作にも注力しており、奈良・薬師寺慈恩殿の『東と西の融合』や、京都・龍安寺の『雲龍図』などを手掛け、奉納されています。

今回の展覧会では、2014年に京都・建仁寺塔頭寺院正伝永源院へ奉納された『四季山水図襖絵』を大公開! さらに、細川さんご本人によるギャラリートークを交えたプレス向け内覧会が開催され、お邪魔してきました。

意外性のある画材と異文化をミックスさせた、新しい漆絵

会場に入り、まず目に飛び込んでくるのは、荷花(ハス)、ドクダミ、カキツバタ、ツワブキ、ヤマユリといった、古くから愛でられてきた路傍の草花や、カゲロウ、チョウ、トンボ、カタツムリなどが描かれた作品。

油彩用のカンヴァスに描かれているのですが、どうやら油絵の具ではない様子。キャプションを覗くと「漆、金、錫」とあり、既視感のある艶めく黒い画材が、漆の質感であることにようやく気づきました。

カンヴァスに漆。そして中国絵画の伝統的な画題「草虫図」に着想を得て描いたという草花や虫のモチーフ。和洋中さまざまな要素をミックスし、伝統的かつ新しい技法で描き出す細川さんの、とどまることのない創作意欲を目の当たりにしました。

京都各所の四季を描いた『四季山水図襖絵』

続く部屋に足を踏み入れた瞬間、感嘆の溜息が出るかもしれません。ギャラリー内の4面の壁それぞれに大迫力の襖絵が展示され、4作品をぐるりと見渡せるレイアウトになっています。

京都・東山の夜桜が月明りに浮かび上がる「知音(ちいん)」、鳥声だけが響く夏の北山「渓聲(けいせい)」、嵐山周辺の山々が紅葉に色づく「秋氣(しゅうき)」、雪に覆われた大文字山と東山の街並みが連なる「聴雪(ちょうせつ)」。寂然とした京都の四季を眺めているだけで、心が清められる思いです。

これらの『四季山水図襖絵』が描かれることになったのは、当時大型作品を描くアトリエを持っていなかった細川さんが、他寺院から依頼された襖絵の制作場所に困り、建仁寺に相談したことに始まったのだとか。

「当時の建仁寺ご住職に相談したところ、快くお引き受けいただいて。一室を拝借してしばらく襖絵を描いていましたら、ときどきご住職が見に来られて。『ぜひうちにも描いて欲しい』と仰るものですから、『これが終わったら描いてみましょう』と、こう申し上げたんです」(細川護熙さん)

制作の依頼を請けたのが春。南禅寺界隈を歩いているとき、見事な夜桜に遭遇したのだそう。東山に浮かぶ月と夜桜が対話している風景が思い浮かび、「知音」を描くことになったといいます。

「黒い襖は見たことがない」と心配したご住職だったようですが、完成した襖絵を前に「次もひとつ」とさらなる依頼が。そして、紅く色づき始めた嵐山、小倉山、愛宕山などを描いた「秋氣」を制作します。

その後、夏の北山にホトトギスの声がこだまする「渓聲」を描き、雪の降り積もる比叡山や大文字山、静まり返った東山市街や鴨川を描いた「聴雪」と、京洛の4つの季節を描いた24面が完成。

山水画とは、精神性や自然観などを添景した、いわば“創造された景色”であることも多々。細川さんもこれに乗っ取り、写生は行わず、イメージのなかの風景を『四季山水図襖絵』として形にされています。

とはいえ、京都を何度も訪ね、おおかたの地理を把握している細川さんが描いた山水画は、実際の位置関係と比べてもそれほど大きく違いません。

これら襖絵24面すべてを鑑賞できる本展。建仁寺塔頭寺院正伝永源院でも季節ごとに襖絵を入れ替えており、寺院外での展示も10年振りとのこと。

『四季山水図襖絵』を一度に目にする機会はそうありません。お見逃しなく!

Information

細川護熙展『京洛の四季』

会期:2023年9月15日(金)~10月15日(日)

時間:11時~19時(入場は18時30分まで)

入場無料

TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:ポーラ ミュージアム アネックス 公式サイト

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【時代も次元も超えた、真夏の白昼夢!〈目黒雅叙園〉の百段階段で“百鬼夜行”の旅】

「昭和の竜宮城」と称された〈目黒雅叙園〉。1935(昭和10)年に建てられ、今なお残る木造建築は、昔と変わらない絢爛さで来場者に大きな驚きと感動をもたらしてくれます。

現在〈ホテル雅叙園東京〉と名称変更された同ホテルでは、今や夏の風物詩となりつつある企画展『和のあかり × 百段階段』が2023年9月24日(日)まで開催されています。

2023年のテーマは「極彩色の百鬼夜行」。東京都指定有形文化財に指定されている「百段階段」の空間を背景に、現代アーティストの作品や伝統工芸品などをダイナミックかつ繊細に展示。幻想的で美しく、かつ妖しい異世界が、階段廊下でつながる7つの部屋で展開されています。

■美しくて妖しい「あかり」と「物の怪」が待ち受ける7つの間

階段を進んだ最初の間「十畝(じっぽ)の間」を鮮やかに彩るのは、粕谷尚弘家元の一葉式いけ花と、中野形染工場が手掛けた越谷籠染灯籠。

鳥居に絡みつく藤蔓、極彩色の花、和洋さまざまな植物と、ゆかたの藍染に使われていた版型をリメイクした灯籠との、あかりのインスタレーションです。日本画家・荒木十畝による天井画と相まった異世界はインパクト大!

続く「漁樵(ぎょしょう)の間」は、今回の一番の見どころと言っていいかもしれません。

まず目に飛び込むのは巨大な柱水晶のオブジェ。そこから発せられるあかりを浴びた広間の精巧な彫刻。漁師、木こり、今回設置された鬼の陰影が妖しく浮かび上がり、異世界に迷い込んでしまったかのような心持ちに。

ちなみにこの水晶は、「エコ活動の芸術性がテーマ」という本間ますみさんのペットボトル作品。接着剤や塗料を一切使用していないというから驚きです。近くで眺めても、水晶の質感、透明感などが巧妙に表現されています。ペットボトルって、こんなにもクリエイティブな可能性を秘めているんですね!

以降も、さまざまなアーティストが広間ごとに趣向を変えて来場者を楽しませてくれます。

そして、美人画家として知られる鏑木清方が天井や小壁の彩色を手掛けた「清方の間」では、「対岸の現世」と題した展示が行われています。

こちらは照明作家・弦間康仁さんの作品。照明から洩れたアルファベットのあかりが、コズミックに空間を彩ります。

この階下にある「星光の間」にはさまざまな工房のガラス作品が並び、水の中をイメージした展示になっていました。そして「清方の間」は、水の底からあがり、岸から見える懐かしい現世のあかりをイメージ。弦間さんの作品に刻まれている文字は、百鬼夜行から免れるための呪文なのだとか。

贅の尽くされた7つの間それぞれに、現代アートのインスタレーションや、温故知新の伝統工芸品などが並び、見ごたえたっぷりの本展。美しく、妖しく、さまざまに変容する「あかり」と、ちょっぴり怖い「物の怪」の共演。時代も次元も超えた、真夏の白昼夢のような時間が過ぎていきました。

〈ホテル雅叙園東京〉の公式サイトでは、グッズがセットになった“オンライン限定”のチケットも販売されています。筆者が購入したのは「妖怪づくし・人面草紙 手ぬぐい付チケット」。各グッズはミュージアムショップでも販売されていましたが、チケットとセットで購入したほうが断然お得です! 気になった方はサイトをチェックしてみてください。

真夏だけの異世界の旅、ぜひ楽しんでみてはいかがでしょうか?

information

『和のあかり×百段階段2023 ~極彩色の百鬼夜行~』

場所:ホテル雅叙園東京(東京都目黒区下目黒1-8-1「百段階段」)

期間:2023年7月1日(土)~9月24日(日)

開場時間:11時~18時(最終入場 17時30分)

※8月19日(土)は17時まで(最終入場 16時30分)

入場料:大人1500円、学生800円

※グッズ付きのオンライン限定チケットや、レストランのお食事がセットになった特別プランもご用意

サイト:ホテル雅叙園東京 特設サイト

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