強烈な「個性」の創造に至った“最後の文人画家”の回顧展『没後100年 富岡鉄斎』5月26日まで!

今年の春の京都は、山水画・文人画の巨匠に焦点を当てた、ビックな展覧会が続いています。

ひとつは〈京都国立博物館〉で開催中の『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』。先日のブログにて特別展の内容をご紹介しました。

そして、もうひとつが〈京都国立近代美術館〉で開催されている『没後100年 富岡鉄斎』展です。幕末の京都に生まれ、儒学・国学・仏教などの諸学を広く学びながら、同時に南宋画、やまと絵などの多様な流派の絵画も独学した、「最後の文人画家」と呼ばれる富岡鉄斎。大正13年(1924年)に亡くなり、今年で没後100年となります。

そんな鉄斎の画業と生涯を回顧する展覧会を訪ねてきました。

京都国立近代美術館の外観。

『雪舟伝説』の観覧後ならなお驚く⁉ 鉄斎の自由闊達な山水表現

序章にもかかわらず、鉄斎の画業初期~晩期の手前まで一気に辿るという、最初から見応えたっぷりの本展。

最初に強い関心を引かれたのが、初期の大作といわれる屏風《高士隠栖図・松雲僊境図》。右隻と左隻で山水表現が大きく異なり、実験的で、自由闊達で、力強くも優しさが漂っています。

じつは同日の午前中に『雪舟伝説』を観覧してきた筆者。雪舟の作品は日本美術史に大きな影響を与え、多くの画家がその山水描画を手本としていたなかで、鉄斎は全く独自の山水表現を展開。そういった意味でも《高士隠栖図・松雲僊境図》の奔放さに驚くばかりでした。

鉄斎の「印癖」

続く第1章は「鉄斎の日常 多癖と交友」と題し、京都の室町通一条下ルの画室を彩っていたという文房清玩、旧蔵本、筆録などが展示されていました。

「文人多癖」とは鉄斎が好んだ語。陶淵明は「菊」、陸羽は「茶」、米芾は「石」と、中国文人たちはさまざまな癖を楽しんでいたといいます。鉄斎も、文具、絵具、煎茶道具、書物などを蒐集してきたようですが、なかでも癖の代表と呼ばれるものが「印」なのだとか。

本展ではなんと、鉄斎が所有していた120以上の印章がずらり! それらは自身の落款印だったり、江戸時代に活動した文人や大陸からやってきた印だったり。なかには鉄斎が大きな影響を受けたという江戸期の文人画家・池大雅刻のものや、鉄斎が晩年に交流した「清代最後の文人」呉昌碩による刻印もありました。鉄斎の癖だけでなく、幅広い交友関係をもうかがえる内容でした。

老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に……

良い絵を描くには「読万巻書行方里路(万巻の書を読み、万里の路を行く)」という先人の教えを重んじた鉄斎。妻の出身地である伊予、耶馬渓、富士山頂、蝦夷など、鹿児島から北海道まで旅し、各地の景勝を辿ったといいます。第二章は全国各地を巡った鉄斎の画業を振り返る章。

そして最終章は、西洋美術の到来によって「個性」が尊ばれ、多くの画家たちが新動向に右往左往した大正時代に、「画を以て法を説く(絵によって道徳や真理を語る)」という古風を貫き、主題に画風を合わせ、先人の“筆意”に思いを馳せ、己を信じるままに貫いた鉄斎の円熟期(70~80歳)の作品に焦点が当てられていました。

本章に並ぶ作品は、これまで以上に自由度が増し、すさまじい迫力に満ちあふれています。特に本展のパンフレット表紙を飾る《妙義山図・瀞八丁図》の、大地の鼓動やエネルギーといったものを山水図に漲らせる境地。老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に展開していったようです。

西洋美術の到来に右往左往した誰よりも、強烈な「個性」の創造に至った鉄斎。最終章に並ぶ作品群に胸が震えました。

パンフレット表面。下が鉄斎71歳で描いた《妙義山図・瀞八丁図》の右隻。

ところで、東京の〈東京国立博物館〉では、清代最後の文人・呉昌碩の『生誕180年記念 呉昌碩の世界』展(2024年1月2日~3月17日)が、〈出光美術館〉では、江戸期の文人画家・池大雅の大回顧展『生誕300年記念 池大雅―陽光の山水』(2024年2月10日~3月24日)などが行われてきました。2024年は山水画や文人画の魅力を再考するスペシャルイヤーになるのかもしれません。

『没後100年 富岡鉄斎』の会期は5月26日まで。閉幕も間近です。近隣の方、京都を訪れるご予定のある方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

京都国立近代美術館の入口は、平安神宮の大鳥居が目印です。

Information

没後100 富岡鉄斎

会期:2024年4月2日(火)~5月26日(日)

会場:京都国立近代美術(京都市左京区岡崎円勝寺町)

開館時間:10時~18時

※金曜は20時まで開館

※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

観覧料:一般1200円、大学生500円

※高校生以下・18歳未満は無料(入館時に証明できるものを提示)

※心身に障害のある方と付添者1名は無料(入館時に証明できるものを提示)

『雪舟伝説』展だけれど『雪舟展』ではない⁉ 画聖・雪舟が美術史に与えたインパクトを紐解く展覧会

京都府東山区の〈京都国立博物館〉では、2024年5月26日(日)まで『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』という名の特別展が開催されています。

雪舟は、日本美術史上最も有名で重要な画家とされています。確かに、誰もが歴史の教科書でその名を耳にし、一度は作品を目にしたことがあるはず。

室町時代を生きたひとりの画家が、なぜこれほどまでに評価されているのでしょう? そしてパンフレットには大きく「『雪舟展』ではありません!」との注意書きが。『雪舟伝説』展なのに『雪舟展』ではない? 頭に渦巻く「??」を携えて、京都へ遠征してきました。

〈京都国立博物館〉内にある、バロック様式の明治古都館。宮内省内匠寮の技師であった片山東熊による設計です。(※雪舟展は隣に佇む平成知新館で開催されています)

「雪舟筆」と伝わる、国宝6件を含む銘品が一堂に会す第一章

国宝に認定された雪舟の6件すべてが展示されているという本展。ワクワクしながら展覧会場へ足を踏み入れると、その国宝6件すべてが第一章に集結! 入館早々度肝を抜かれました。

展示のファーストを飾るのは、歴史の教科書でも目にする《秋冬山水図》です。「秋景」と「冬景」の2幅対になっており、意外と小さな画面なのだな、というのが第一印象。間近で見ると荒々しい筆致、奥行きのある侘びの世界――。静寂さがありながらも不思議と圧倒されます。

続くは、京都の名勝地・天橋立を上空から眺めたような《天橋立図》、中国・南宋の宮廷画家・夏珪の名画を参考に、さまざまな山水表現を描いた16mもの大作《四季山水図巻》、現存する唯一の花鳥画とされる《四季花鳥図屏風》、達磨に弟子入りを懇願し左肘を切り落とした慧可決意の図《慧可断臂図》など、傑作といわれる名画がずらり。眼福です。

左の作品が雪舟筆とされ、現存する唯一の花鳥画《四季花鳥図屏風》。右は伊藤若冲が雪舟の作品のオマージュとして描いた《竹梅双鶴図》。(展覧会チラシ表)

これらは「雪舟筆」と認定されているものや、無款でありながら「伝雪舟筆」とされているもの、雪舟筆と伝わりながらも現在は認められていないものなど、さまざま。

雪舟の作品は古来から現在まで、真筆か否かの議論が繰り返されているといいます。そんな背景からも「日本美術史上で最も重要な画家」という評価にうなずけるような章でした。

眩暈がするほど豪華! 雪舟を慕う日本画家の作品がずらり

第二章も雪舟筆とされる作品が並びますが、第三章以降は、雪舟の作品に大きな影響を受けた、さまざまな時代の画家の作品が主に展示されています。

長谷川等伯、雲谷等顔、狩野探幽、尾形光琳、曾我蕭白、丸山応挙、伊藤若冲など、日本の美術史における錚々たる巨匠の作品がずらり。豪華すぎて眩暈がするほど……。(「雪舟展ではありません!」という注意書きに納得です)

雪舟の作品の模写をする者、自身の作品に雪舟の描法を取り入れた者、構図は雪舟作品そのままに、模写ではなくオリジナルの作品に仕立てる者――。画家たちの師範であり、手本であり、憧れであり、目指すべき存在であった雪舟。日本美術史を代表する画家への影響力を、まざまざと感じることができました。

「我こそが●代目!」雪舟の後継者を名乗る画家たち

展示のなかで面白く感じたのは、雪舟の後継者を名乗る画家の多さ。桃山時代には、長谷川等伯(長谷川派)と雲谷等顔(雲谷派)が、雪舟画風を規範とする作品を多く手がけ、それぞれに後継者を名乗っていたといいます。

特に、雪舟を画祖として仰ぎ、雪舟の後継者を主張した等伯。今回展示されていた作品にも「自雪舟五代」(雪舟より5代)という款記がありました。

また、雲谷派の画僧・等禅は「9代」、江戸時代を生きた桜井雪館は「12代」、長谷川雪旦は「13代」と、我こそが雪舟の後継者であると名乗っています。こうした名乗りが一種の権威として機能していたそう。雪舟はいつの時代も「画聖(カリスマ)」であった、というのも納得のエピソードでした。

雪舟に影響を受けた画家の紹介だけでなく、逆に雪舟の“神格化”を促した「狩野派」一派の作品展示も。

また、旅の途中に雪舟が見た景色と同じものを見ていると確信し、その感動を《駿州八部富士図》に描いた、洋画の開拓者・司馬江漢。さらには、雪舟作品が一種のステータスシンボルであったことを感じさせる、江戸時代に描かれた春画。さまざまな画家の多様な作品に雪舟崇拝の痕跡が見られます。

雪舟が美術史に与えたインパクト、近世における高い評価、それらが丁寧に紐解かれた、興味深い展覧会でした。あまりにも見応えがあり過ぎて、終盤はへとへとに。

本展は京都のみで開催され、残念ながら巡回はありません。会期は今月26日(日)までです。京都へお出かけ予定がある方は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

Information

特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―

会期:2024年4月13日(土)~5月26日(日)

会場:京都国立博物館(京都市東山区茶屋町527)

開館時間:9時~17時30分 ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

入館料:一般1800円、大学生1200円、高校生700円

※中学生以下、障害者手帳等をご提示の方とその介護者1名は、観覧料が無料(要証明)

音声ガイド:あり(貸出料650円/1台)

リンク:京都国立博物館 公式サイト