【自由で優しく美しい《良寛の書》】

こんにちは! 初心者大歓迎の《骨董・美術品専門のオークションサイト》サムライオークション、スタッフの利休です。

衆議院が解散し、選挙戦がスタートしました。本来、政治とは人間集団の利害を調整するもの。ですから、例えば経済を軸に考えれば、お金持ちのための代表と貧乏な人の代表が実現を目指す政権公約は、異なっていて当然です。

それなのに、どこの政党も給付金が一番大きな政策として話題になっていて、なんだかなと思います。お金を配ると訴えれば、ほいほい投票すると思っているのでしょうか? 自分が当選するためだけの人気取りをする政党や政治家の本質を見抜く目が欲しいところですが、人間の良し悪しを判断するのは、とても難しいです。

骨董や美術品の良し悪しについても、同様の印象があります。特に書の良し悪しを判断するのは難しい。例えば、今回ご紹介するこちらの書、ご存知の方も多いかもしれませんが率直に初見でどのような印象をお持ちでしょうか? まるで子どもの習字? 市場価値があるの? ヘタウマ的魅力? そんな評価も聞こえてきそうです。

こちらの書は、曹洞宗の僧侶であり歌人、書家としても有名な良寛(1758〜1831年)の書です。子どもたちにせがまれて、凧に書いたものだそうです。どの文字を画数が少なく、子どもたちにもわかりやすい言葉。ただ、文字の大きさや文字間隔がアンバランスな印象もあります。

何の知識も持たず、自分だけでこの書の価値判断をせよと言われたら、思い切り安い値段をつけてしまいそうですが、魯山人はその著作の中で良寛の書を『近世では他にその比を見られないまでのずば抜けた書』と評し、自分ごときが評価できないとまでへりくだっています。その根拠として、唐の書家との比較や書の文化・歴史的な背景、そして技術的には筆の運び方などのポイントを指摘しながら、総合的に良寛の書の卓越性を解説しています。

それを読んでから改めて見てみると、なるほどと思えるようになるのが不思議です。魯山人という権威のお墨付き、そしてその評価の裏付けを知り、ふむふむとわかったような気になってしまいます。その時点でも半信半疑な面がまだあるのも事実なのですが‥‥。

ただ、魯山人の良寛の書への評価で、最初から最後まで繰り返し述べられていることは、良寛の人間性です。良寛の書には真善美が兼ね備えられており、その書の価値とはすなわち良寛の人格の価値であると断じています。何ごとにも囚われずに自由で、誰に対しても分け隔てなく優しい。そのありようが本来の芸術表現に最も求められることであり、美しさを生み出すための秘訣のようです。

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【現代人がアートに求めるもの《11時/エドワード・ホッパー》】

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『ひとつ一人じゃ寂しすぎる、二人じゃ息さえもつまる部屋』♪ という歌い出しで始まる数え歌があります。松本隆作詞、吉田拓郎作曲の『あゝ青春』。タイトルはベタなのですが、作詞家の才能を感じる言い得て妙の表現です。

自粛生活が長引いて、人と会うことが極端に減りました。コロナ禍以前は、友達同士でも家族でも、ちょっと1人になりたいなと、そんな瞬間がそれなりにあったと思います。でも、特に一人暮らしの方、1人の時間がこれだけ続くとそれはそれで堪えます。

孤独について学んだのは、福永武彦の名著『愛の試み』でした。孤独とは人間存在のベースであり、努力なしでも孤独が満たされている状態にあるのは赤ん坊だけ。つまり、赤ちゃんは心から自由に振る舞っても許される、愛される存在であるけれども、自我が目覚めた瞬間から人は自分と向き合い、さまざまな努力をしながら孤独と付き合っていくしかないと、そのように理解しました。

人間は、成長し社会化していくとともに何らかのコミュニティーに所属し、人と出会い、コミュニケーションをとりながら孤独を埋め合わせる、あるいは孤独を豊かな存在にしていく、そんな存在です。時に対立したり、鬱陶しかったりしますが、いざ所属するコミュニティーの存在が無くなってしまえは、目の前には茫漠たる孤独が広がっていくだけです。

現代社会に生きる私たちの、等身大の孤独を描いた画家、エドワード・ホッパー(1882〜1967年)。とても人気のあるアーティストですが、ホッパーの絵の魅力は《誰もが知っている》心象風景にあると思います。友人と一緒にいてもなぜか寂しい、あるいは賑やかで楽し気な場所にいても心の中では全く別のことを考えている、でもその理由にはなかなか自覚的になれない。そんな寂寥感は現代人特有のものであり、孤独との向き合い方にその原因はあると思います。

ホッパーの絵には物語があり、そのどれもが強度をもっています。つまり、話の先が知りたくなるのです。舞台はいい感じのレストランだったり、高級ホテルだったり、大人のための場所。登場人物はミニマムに設定され、経済的に自立した人間に思えます。必要なものは手に入れたけれど、それでもなお満たされない、そこに鑑賞者はある種の共感をもち、自分のストーリーを重ね合わせます。 奥行きのある物語と共感性、現代人がアートに求める本質は、そんなところにあるのではないでしょうか。