【経営学の神様「ピーター・ドラッカー」が恋に落ちた日本古美術】

こんにちは!《骨董品・美術品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフの利休です。

経営学の神様と称されるアメリカの経営学者ピーター・ドラッカー(1909〜2005)は、組織の力を引き出すマネジメントの重要性や企業の社会的責任などを提唱し、高度経済成長期の日本企業にまで影響を与えた人物です。

ピーター・ドラッカーには「日本古美術の収集家」というもう一つの顔がありました。そんな彼と日本美術の出会いは1934年(25歳)の時のロンドンで開催された日本政府主催の日本美術展覧会です。日本絵画を熱心に見ていると、ある日、学芸員から「日本の絵画にのめり込んでいることに気が付きましたか?」といったニュアンスの声を掛けられ、自分の好みを初めて理解したようです。本人も20代の頃に「恋に落ちた」といっています。

この後、日本美術を勉強し、1959年に初来日して日本古美術品を購入したようです。その後も来日する度に購入し、コレクションは約200点にもなりました。色鮮やかな浮世絵などは一切なく、水墨画などの通好みの作品ばかりを収集したのも特徴的でした。

さらにコレクションのほぼ全てが掛け軸だったようです。これらは自身によって「山荘コレクション」と名付けられています。

日本で得た収入は日本で全部使ったといった話があるだけでなく、それ以上に借金してまでも日本古美術を収集していたという噂もあります。 他人から「コレクションを作るために最も大切なことは何か?」と問われると「良い先生を見つけること」だと答えました。ピーター・ドラッカーのように自分の好みを理解し、恋に落ちて、それに合った良い先生を見つけて収集に励むのはとても効率の良いことなのかもしれませんね。

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【運の引き寄せ効果は!?《仏教美術》】

エンゼルス大谷翔平選手の活躍が続いています。本当に漫画みたいですよね。

大谷選手の話題で興味深いのが、高校生の時に書いたという目標達成シート。一部ファンの間では、曼荼羅チャートという言葉が使われているようですが、密教の世界観を伝えるために描かれた曼荼羅というよりも、もっと西欧的で合理的な方法論のように感じます。PDCAとかWOOPとか、そんな類のメソッドですね。

自分の目標を中心に据えて、放射状に設定した8項目の戦略に対して、具体的なアクションプランが書かれているのですが、注目したのはその中に《運》という項目があったことです。合理的で実践的なメソッドの中に、自分ではコントロールできない《運》についての項目があり、運気を上げるためと思われる行動指針が書かれています。私はここに日本的なバックボーンを感じました。

日本社会には仏教をルーツに持った文化が多く、意識していなくてもごく自然に刷り込まれている思考のスタイルがたくさんあります。キリスト教文化圏の祈りが、神のみわざ=ミラクルを願うとすれば、日本では因果応報という考え方によって、日々の善い行いが幸福をもたらしてくれる、そんな風に考えている人が多いのではないでしょうか。

七五三やお正月は神社にお参りに行き、結婚式はキリスト教会で、お葬式は仏教と、笑い話にもなりますが、それぞれの良いとこどりをしてうまく自分のものにしていると考えることもできます。何より自分と違う考えを否定せず、とりあえず受け入れるというそんな気質があったからこそ、新しいものを取り入れて上手にアレンジする、そんな融通無碍(ゆうずうむげ)なところが、とても日本的な魅力のひとつだと思います。

仏教美術は、日本の美術の原点だと思います。飛鳥時代、百済から仏教が紹介されて飛鳥寺や四天王寺が建立され、国家仏教化が一気に推進されました。当時の大陸は時代の最先端。流行りものに飛びついたわけですね。百済の使者によって日本に初めてもたらされた仏像を見て、当時の日本人たちは、その美しさに驚いたという記録が残っています。日本の仏教彫刻の歴史は、ここからスタートしました。

骨董市にもさまざまな仏像が出品されています。仏像を見て、いつ頃の時代のものか、木彫か塑像か、どんな宗派の像かなど、そんな情報も気になると思います。でも、仏像と出会った時、細かい客観情報ではなく、いいなと感じられるかどうかという自分の直感が最も大切なのではないでしょうか。

専門家や特別なコレクターでもなければ、身近において毎日過ごしたいと思えるかどうかだけを拠り所にすれば、それで十分だと思います。本来仏像の鑑賞とは、そういうものだと思います。

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【作為のない純粋な想いのカタチ《縄文土器》】

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200万年前〜紀元前1万年頃までが旧石器時代と呼ばれます。その頃の日本は縄文時代(紀元前1万〜紀元前300年頃)。人々は内陸から海岸部に少しずつ移動していき、同時に食物も変化していったと考えられます。

食生活が変われば調理のための道具も進化します。煮炊きや食料保存のための土器が作られました。縄文土器です。日本の美術史では縄文時代からスタートするのがスタンダードですが、その理由はこの縄文土器に独創性があり、そこに魅力を感じる人が多いからだと思います。

骨董市でも縄文土器は出品されています。土器のカタチや文様はとても多様で、さらにそれらの文様には現代人が考える作為的なものはなく、恐らくはその作り手たちの『おもしろい』、『楽しい』と言ったような純粋な想いから発想されたものである、というところがとても面白いと感じます。新しい表現をとか、もっと売れるものをとか、考える必要がなかったわけですから、当然と言えば当然。プリミティブアートに共通する魅力です。

縄文時代は、焚き火のような野焼きによって土器を焼成していました。この場合、炎の温度はだいたい600℃。弥生時代には焚き火を土や藁で覆って焼く方法が用いられるようになり、古墳時代に窯を用いて土器を焼くようになったと考えられています。窯を使うと焼成温度は約1000℃。低い温度で土器を焼くと表面が素焼きのような茶色味を帯びるのに対して、窯を使って焼くと灰色がかってきます。

土器に意図的に作ったデザインが表現されるようになるのは弥生時代頃。その頃から色つけされたものが見られるようになります。使われている土によっても色は変化しますし、その変化に気づいた弥生人たちは少しずつ土器のカタチやデザインを愛でたり、楽しむようになっていったのだと思います。 市場原理と無関係ではいられない私たちだからこそ、作為のない純粋な想いから生まれた土器のカタチに一層魅力を感じてしまうのかもしれませんね。

【美意識の革命につながる利休の《見立て力》】

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この春先に足を運んだ骨董展でユニークな花器を見つけました。と言っても最初はそれが花器なのかどうか、はっきりはわかりませんでした。約10cm角、高さはだいたい50cmくらい。もともとは家の柱だったようですが、くり抜いて花器として使われだしてからどのくらいの時間が経っているのか、定かではありません。

ただその表情は味わい深く、和室はもちろん、モダンなリビングでも十分におしゃれなインテリアとして成立すると思います。私にとっては、住宅建材としての柱を花器に見立てるのは斬新だったのですが、考えてみれば縦長で柱状のフラワーベースはたくさんあります。言われてみれば確かにそうだけど、提示してもらってはじめてなるほどと気がつく、それが見立てる力、発想力です。

名前をお借りしているのがお恥ずかしい次第ですが、千利休(1522〜1591年)は漁師が腰につけていた魚籠(びく)や瓢箪(ひょうたん)を花入れとして、茶会に持ち込んだという逸話があります。見立てによって、日常に潜んでいる《美》を発見する、発想力が豊かな人だったんですね。その見立て力の高さにも通じますが、私にとって利休の最大の魅力は、自らの美意識を信じて価値観の転換、美意識の革命を行ったこと。つまり、それまでの常識を疑って、自分の美意識によって新しい《侘び茶》という様式を確立させたところです。

書画も茶道具も、当時の先進国である中国(明の時代・1368〜1644年)から輸入され、貴ばれていたのは珍しくて豪華な『唐物(からもの)』でした。道具は青磁や天目茶碗が最も珍重されていたようです。そんな富裕な商人たちの贅沢な遊びの中に、利休は朝鮮半島由来の日用の茶碗や、信楽や備前の陶器など素朴で新しい価値観を取り入れたり、わずか2畳の『草庵茶室』を生み出しました。

歴史上の権力者たちがその住まいとして建てた建造物というのは、その権力が強ければ強いほど、それに比例して大きくなります。絢爛豪華で大きければ大きいほど良いというのが、世界中の専制君主に共通してみられる価値観ではないでしょうか? その価値観に対して、真っ向から異を唱えているのが利休の作った《草庵茶室》です。

誰もが同じように頭を下げて小さな入口から入って、質素で狭い部屋の中でお茶を飲む文化というのは紛れもなく唯一無二。その精神は禅宗の影響を受けているようですが、確かに今・ここ・自分に集中することはできそうです(笑)。諸行無常を体得した先に誕生したスタイルなのかもしれません。 サムライオークションのサイト内には、あなたの発想力を豊かにしてくれる、そんなユニークな出品があるかもしれません。お時間のある時にぜひアクセスしてください!

【価値感の転換が新しいアートを生み出す】

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ポストコロナの世界が話題になることが多くなってきました。予想もしなかったパンデミックは、私たちの社会や意識に大きく影響を与えたのは間違いありません。そんな中、骨董から現代美術まで美術市場は拡大しているようです。若者が多く参加しているアートオークションの様子や、アート作品を共同購入する新しい投資サービスの紹介などが、毎日のように報道されています。

多くの展覧会が中止になり、美術館も休館となる中、なぜ美術市場が拡大しているのでしょうか? さまざまな分析がされていますが、やはりこれまであたりまえだった日常が崩壊し、ある種の価値観に疑いの目が向けられたことが影響しているのでしょう。常識を疑い、疑問符を投げかけ、そしてそれがある種の救いやエネルギーにつながっていく効用がアートにはあります。

1980年代初頭、ニューヨークのゲイ・コミュニティでHIVウィルスによる免疫不全症候群=エイズが流行しました。感染力は強くありませんでしたが、治療薬の無い病としてエイズの恐怖は社会に蔓延していました。そのタイミングで、キース・ヘリング(1958〜1990年)やバスキア(1960〜1988年)といった前衛アーティストが登場してきたことは、ある種の社会不安と無関係ではない気がします。

そのキース・ヘリングにルーツを持ち、バスキアも描いたのがバワリー壁画。現代アートの本場、ニューヨークで認められたアーティストだけが描くことが許されるこの壁に2019年、作品を描いた日本人アーティストが松山智一(まつやま・ともかず:1976年〜)です。

ニューヨーク在住の松山ですが、ここ数年日本のメディアにも多数登場しています。早朝のロードワークから1日をスタートし、アトリエでは経営や人事マネジメントの本を読み、建築施工さながらに作品制作の工数を緻密に管理し、曰く『アーティストとして成功するために才能は全く必要ない』『届けることができなければアートはゴミ』ととても新鮮で刺激的です。 全くの独学でアート制作を学び、ニューヨークでトップアーティストとして認められるようになった彼は、リアルタイムで現代アートの文脈を更新しているのだと思います。その作品は北斎やピカソ、ポロックなど東洋と西洋、具象と抽象、古典と現代をリミックスした表現。コロナ禍でも上海で大規模な展覧会が開催されるなど、今後ますます世界の美術市場で注目される存在だと思います。

【ピカソに想う、アーティストとモチベーション】

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5月13日、パブロ・ピカソ(1881〜1973年)の『窓辺に座る女』がクリスティーズにて、1億340万ドル(約113億円)で落札されました。ピカソ作品で1億ドルを超えたのは6点目で、最高額は1億7940万ドルの『アルジェの女たち』。

以下、2位『夢』(1億5500万ドル・2013年)、3位『パイプを持つ少年』(1億3000万ドル・2004年)、4位『裸体、植物と胸像』(1億1550万ドル・2010年)、5位『ドラ・マールと猫』(1億1180万ドル・2006年)です。[2021年5月ネット調べ]

この2位と4位、そして今回落札された『窓辺に座る女』のモデルになっているのが、マリー・テレーズ・ウォルター(1909〜1977年)です。ピカソは最初の結婚の後に4人の愛人を作りましたが、彼女は最初の愛人でした。マリー・テレーズがモデルとなった作品の多くには、柔らかな印象があります。正妻オルガとの二重生活ではあるものの、ピカソの人生の中で最も安定した穏やかな時期だったのではと想像します。

その後、『ゲルニカ』制作中のピカソのアトリエで、愛人2号のドラ・マールと鉢合わせになり、その時ピカソがどちらに肩入れすることもなく『闘え』と話し、目の前で大喧嘩をする二人を見て喜んでいたという逸話は有名です。確かに、あまり友達にはなりたくない性格のようですね。

1940年にマリー・テレーズはピカソの元を離れますが、ピカソは彼女に経済的な支援を続けたとされます。その点、ピカソと関わった他の女性に比べると大切にされていたようにも感じますが、ピカソの死後に首吊り自殺をした事を思えば、幸福な人生とは言えないのかもしれません。彼女の他にもピカソの愛人や親族には、自殺者が多く出ています。

ピカソを天才と称賛するアーティストは多いですが、その人間性についての評価は親族の発言などから知る限り否定的です。確かにアーティストは、生み出す作品によって評価されるべきだと思います。ただ、作品を通して遠くの誰かに力を与えるけれども、身近な人間を自分のためのモチベーション(道具)としてだけ利用し、不幸にしてしまうアーティストという構図には疑問が残ります。 凡人に比べて何らかの巨大な過剰、あるいは欠落があって、それを満たすための表現が強く素晴らしいものになるとすれば、そんなアーティストの創作活動を自分自身を犠牲にしながら身近で支える人々は、ある種の犠牲者とか生贄とか、そんな存在として必要なのでしょうか。少なくとも現代社会では、表立ってはなかなか許容されにくくなっている気がします。

【骨董イベントで感じた豊かになるための秘訣】

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5月1日土曜日、東京プリンスホテルにて開催された『ザ・美術骨董ショー2021』に行ってきました。

《▼ザ・美術骨董ショー2021》

フジテレビ後援、サントリー・JAL協賛、国内外から約200店の美術・骨董商の方が出店されていて、コロナ禍であるにも関わらず自分が想像していた以上に盛況の印象でした。

このイベントの最大の特長は、その出店ジャンルの多様性にあると思います。西洋、東洋の骨董・古美術、書画、絵画、コインや貴金属、宝飾品から一部エリアでは現代美術作家の出品もありました。馴染みのある陶器から、仏教美術、自在置物、根付、香合、洋食器とじっくり見ようと思ったら時間がいくらあっても足りません。必然的に一番興味のあるところ、仕事に関わりある出品者を中心に回り見ることになりました。

ただ、このような大規模イベントの魅力は、見る気がなくても視界に入ってくる情報が豊富なことです。本屋さんでの立ち読みと感覚的には一緒ですね。例えば、骨董か現代かに関わらず、人形やパワーストーンと呼ばれる紫水晶など鑑賞石の類は、個人的には取り扱いの経験や知識もないので普段は目にする機会がほとんどありません。それが今回の会場では複数店舗の出店があり、中には賑わっているブースもありました。

間近に見れば興味もわきます。日常的に接点がなかっただけで、そこに何かを感じることもあり、それがセレンディピティ(偶然からの幸運)につながることも当然あるでしょう。興味がない、(美しさや良さが)わからない、これはひとえに自らの思い込みや単純に接触機会が無かった、知らなかったというだけの場合が多そうです。自分の知らないものに積極的に出会おうとする、それが大切なのだと気がつきました。

時節柄人との接触、外出を避けるのが望ましい世界になってはいますが、やはり目線は外に向けていかないと新しい情報・刺激はなかなか入って来ませんし、精神の変化も起こりません。意識を拡大させることは、心理的な豊かさにつながっていくこと。内面的な豊かさとは、多様性ということであり、最近流行りの言葉で言うところのレジリエンス(復元力・回復力・強靭性)力にもつながるのだと思います。

人間=生物の生存戦略として、ストレスや環境変化に対応して生き残っていくためにも、多様な《価値感》や《美》を積極的に自分の中に取り入れて意識を拡大していきたい、そんなことを感じた骨董イベントでした。 新しい出会いや意識の拡大は、ネット上でも可能です。サムライオークションのサイト内には、あなたの内面を豊かにしてくれる、そんな可能性のある出品もあるはずです。お時間のある時に、ぜひ遊びにきてください!

【お宝古文書の貴重な情報とは!?】

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徳川家康が『養老の酒』と称賛した日本酒の話をご存知でしょうか? 熱海市や沼津市に隣接する現在の静岡県伊豆の国市で代官を務めた『江川家』が醸造し、織田信長や豊臣秀吉も飲んだとされる『江川酒(えがわしゅ)』が、約320年前の醸造方法で再現されたという話題が報道されていました。

1698年に醸造が途絶えていたこの幻の銘酒の醸造方法は、公益財団に勤務する学芸員の方が、江川邸に残る約10万点の古文書の中から発見したそうです。史料には、『御手製酒之法書』と書かれていたようですが、約3ヶ月をかけて現代語訳され、江戸期の醸造方法として静岡県伊豆市の万大醸造に持ち込まれて、現代に復活しました。どんなお酒ができるか全くわからなかったようですが、蘇ったお酒は果実のような香りと甘みが特長でとてもおいしいとのこと。

焼き物や版画は、見た目の美しさや希少性、そしてその物語性によって価値が評価されますが、古文書はそこに書かれている情報に高い価値があります。高名な作家の未発表原稿や手紙、歴史的な史料などがたまに発見されて話題になりますが、今回の醸造方法のように、当時の人々の生活の一端が再現できる貴重な情報が、骨董市に出品されている古文書の中にも眠っているかもしれませんね。 お宝を見つけるために、まず古文書のくずし字が読めるようになる必要がありそうです。

【クール・ジャパンのルーツ《鳥獣戯画展2021》】

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東京国立博物館で4月13日から開催されている特別展《国宝鳥獣戯画のすべて》が盛況のようです。

《▼国宝鳥獣戯画のすべて・オフィシャルサイト

NHKの老舗美術番組『日曜美術館』でも、初の生放送で紹介する力の入りかたでした。擬人化されたひょうきんな印象の動物たちは、数々の雑貨にモチーフとしても使われてきたためか、著名人にもこの『鳥獣人物戯画』のファンを公言する方は多い印象です。

京都の高山寺(こうざんじ)に伝わる4巻からなる絵巻物。各巻にストーリー的なつながりはなく、筆致や画風も違うため、複数の作者によって、12〜13世紀(平安時代末期〜鎌倉時代初期)の期間に、別個の作品として描かれたとされています。

なぜ、複数の作者によって描かれた作品が世紀を超える長い時間の中で、高山寺に集まってきたのか、その事情ははっきりわかっていないようですが、京都の高山寺に蒐集された絵巻物を、高山寺の誰かが編集・再構成して、『鳥獣人物戯画』として集成したというストーリーにもとても興味を惹かれます。

おそらく、それぞれの絵巻物の価値を見極め、最も自然な鑑賞のための流れを作り、4巻にまとめたということなのでしょうが、これはいわゆる編集者の仕事です。娯楽のための絵巻物は、当時としては大変な贅沢品であり、最先端の媒体。さぞかし力のある人物が編集に携わったのだと思います。

絵巻物が、どういう事情であれ集まってくるお寺というのも、やはり普通のお寺ではないですね。高山寺は『鳥獣人物戯画』をはじめ、絵画や書物、仏像など多くの文化財を伝える名刹であり、中世寺院の役割の大きさも改めて感じます。

一般的によく知られるウサギや猿、カエルなどが描かれているのは『甲巻』、空想上の動物である麒麟(きりん)や霊亀(れいき)といった瑞獣(ずいじゅう)が描かれた『乙巻』、将棋などの勝負事をする人々が描かれた『丙巻』、流鏑馬(やぶさめ)をする武士などが描かれた『丁巻』と、展覧会史上初めて4巻まとめて全てが期間中に公開展示されるのは初めてとのこと。 現在、世界的に人気のクール・ジャパン、マンガの原点とも言われる『鳥獣人物戯画』ですので、お時間がある時に足を運んでみてはいかがでしょうか。

【作品の背景を探る、空想の旅に出よう】

こんにちは! 初心者大歓迎の《骨董・美術品専門オークションサイト》サムライオークションスタッフの利休です。

骨董・美術品の楽しみは、まずその美しさや独特の造形をじっくりと見極めるところからはじまります。そして、古の作家の技に驚嘆し、自分が感じたその美しさとはどのようなものかについて考え、さらにその作品が生まれた時代性や作家のモチベーションを想像するといった心の動きになっている気がします。

実はこの最後の作品の背景を探る旅、つまり作家の精神性や時代性を理解していくことが、骨董・古美術ライフの一番の魅力ではないかと思っています。その時代に生きた人々の暮らしや意識を考えることは、その時代に空想の旅をすること。正しい知識が蓄積されればされるほど、心のタイムマシーンは正確にその作家の心情を理解させてくれます。

その意味で刀剣は美的鑑賞として、作り手の意図や技を探る楽しみがわかりやすく、また使い手の目的、武士の精神性などに興味のポイントが自然と向いていく奥深いジャンルだと思います。日本刀は古来から武器であると同時に、その美しさや存在感から権力者にとって権威の象徴としての役割を担っていました。そのため他の工芸品・美術品に比べて、刀鍛冶には高い地位が与えられ、時の権力者から特別視されていたという事実もあるようです。

サムライオークションにも脇差しや短刀の出品が数点あります。

『刀剣』で検索しますと、現在は以下のような出品作品を確認できます。

《『刀剣』での検索結果・作品はこちらです》

ぜひサムライオークションを入り口に、奥深い骨董・古美術の世界をお楽しみください。