【勇ましく、凛々しく、ちょっと滑稽な「サムライ」が集結!『北斎サムライ画伝』】

「侍ジャパン」「SAMURAI BLUE」など、日本を代表するアスリートチームにも愛称づけられるほど、強さ、逞しさ、勇ましさ、尊び、誇りといった、強勇・高潔のイメージを宿す「サムライ」。

ところで、そんなサムライへのイメージは、いつ、どんなタイミングで発生したのでしょうか? 彼らが現存していた時代も同様のイメージで尊ばれていたのでしょうか?

東京都墨田区にある〈すみだ北斎美術館〉では、サムライに焦点を当てた展覧会『北斎サムライ画伝』が2024年2月25日(日)まで開催されています。江戸時代後期に活躍した浮世絵師・葛飾北斎と、その愛弟子たちが描いたサムライの絵が、さまざまなテーマと視点で展示されています。

江戸時代のサムライの日常

泰平の世であった江戸時代。サムライは戦を離れ、幕府や藩の政治を担う存在に。本展では、そんな平穏な時代を生きたサムライ達の姿を、半紙本や錦絵などを通して知ることができます。

町人が行き交う通りを大小二本挿してひとり歩くサムライ。川崎宿にあった奈良茶飯の店「万年屋」に入店し、外食を楽しもうとするサムライ。公務で天体観測をするサムライ。いずれも、穏やかな時代ならではのサムライ達の姿が描かれています。

一方で、気持ちのゆるみや人間臭さが捉えられた絵も。展示されていた『画本狂歌 山満多山』には、着物をはだけ、手桶を肩に担いて鼓のように叩いて歩く2人の酔っぱらったサムライが。それを見て苦笑する女性も描かれています。

また、北斎画『富嶽三十六景 従千住花街眺望ノ不二』の、参勤交代を終えて懐かしい故郷を目指すサムライ達の表情は、張り詰めた任務を終えて解放感に浸っているような和やかさ。

サムライと言えども、ひとりの人間。羽目を外したそんな姿も市井で度々見られたはず。それらを鋭くとらえ、絵に落とし込む北斎もさすがです。

江戸時代の読書ブームも、サムライのイメージ定着に影響した?

歴史・伝記などに登場する英雄をモチーフにした「武者絵」も多く描いた北斎。展示物のなかには、平清盛、牛若丸と弁慶といった「源平」がテーマの絵も多く見られました。平安時代後期から「サブラヒ」として存在していたということは、源平の頃がサムライの黎明期といえるのでしょうか。

また北斎は、「読本」と呼ばれる今でいう小説の挿絵や、『北斎漫画』という絵手本も手がけています。江戸時代には読書ブームが訪れ、多くの庶民が貸本屋から本を借りたりしていたそう。実際に展示されている半紙本の多くには手垢がべったり。あまたの人が手に取っていたことが一目瞭然でした。

そして、そこに描かれているサムライ達は、凛々しく、猛々しく、多くの人の心を惹きつけたであろう勇ましい姿。サムライの強勇・高潔なイメージは、こういった読本などから庶民にイメージづけられていき、今に至るのかもしれません。

サムライと言えば、切腹……?

日本独自の、それもサムライ独自の風習とされている「切腹」。本展でも「サムライたる場面」とテーマを打ち、自害にまつわる絵や解説が展開されていました。

切腹とは「自分の真心を示す手段である」であり、「腹には霊魂と愛情が宿っている」ために腹を切るのだそう。真心を示すために腹を切る……⁉ 今じゃ考えられない観念……。

ちなみに、時代劇などで切腹を命じられるシーンを見かけますよね。これは一部のサムライだけに認められたものだったそうです。死罪が命じられた際は斬罪を基本としつつ、サムライとして認められるべきところがあれば、切腹が許され、本人も失われた面子を回復するために、それを受け入れたといいます。

現代人からすれば、恐ろしすぎて、もはや考えられない行為。でも、それを成せる者こそ「真のサムライ」ということなのでしょうか。サムライとはやはり次元の違う世界の人なのかも……。

勇ましく、凛々しく、ときにユーモアたっぷりにサムライを描いた北斎や弟子達。それらが庶民に広がり、尊ばれ、その名残が今のサムライのイメージとして定着しているような気がしました。彼ら絵師達が世の中にもたらした影響は相当なもののはず。

本展に足を運び、躍動感たっぷりに描かれた北斎や門人たちの絵に触れ、江戸時代の人々と同じ目線でサムライを感じてみてはいかがでしょうか。

Information

北斎サムライ画伝

会期:2023年12月14日(木)~2024年2月25日(日)

会場:すみだ北斎美術館(東京都墨田区亀沢2-7-2)

開館時間:9時30分~17時30分(入館は17時まで)

休館日:月曜

※開館:1月2日(火)、1月3日(水)、1月8日(月・祝)、2月12日(月・振休)

※休館:12月29日(金)~1月1日(月・祝)、1月4日(木)、1月9日(火)、2月13日(火)

観覧料:一般1200円、高校生・大学生900円、65歳以上900円、中学生400円、障害者手帳ご呈示の方400円、小学生以下無料

リンク:北斎サムライ画伝 公式サイト

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【展覧会もいいけれど、たまには“おうち鑑賞”もあり?床の間芸術を考える『日本画の棲み家』展が開催中】

東京・六本木にある〈泉屋博古館〉では、『日本画の棲み家 ―「床の間芸術」を考える』と題した特別企画展が、2023年12月17日(日)まで開催されています。

いつもユニークな問い立ての企画展を行う同館。今回も「日本画の棲み家」「床の間芸術を考える」と興味深いテーマで関心をそそります。さて、そのタイトルの心は……?

“明治時代における西洋文化の到来は、絵画を鑑賞する場に地殻変動をもたらしました。特に西洋に倣った展覧会制度の導入は、床の間や座敷を「棲み家」とした日本絵画を展覧会場へと住み替えさせました。その結果、巨大で濃彩な作品が増えるなど、日本絵画は新しい「家」にふさわしい絵画表現へと大きくシフトしていきます。” (公式サイトより引用)

文明開化は、日本絵画の世界にもさまざまに影響をもたらした、という同館。いったいどういうことなのでしょう? どのような作品が並べられ、どのような解釈で楽しめるのか、同館を訪ねてきました。

“取り合わせ”の粋を感じさせる、住友邸宅の床の間を彩った作品

〈泉屋博古館〉は、住友財閥を創業した住友家のコレクションを中心に展示を行う美術館。桁外れの財力を有する財閥だからこそ、収蔵品も桁外れ。訪れるたびにワクワクさせられる美術館のひとつです。

さて、第一章「邸宅の日本画」では、住友家の床の間や座敷を飾った掛物、屏風、衝立、置物などが展示されています。掛物といっても、一般的な床の間には到底納まりきらない巨大さ! 六曲一双という大迫力の屏風にも驚かされます。

寿老人、富士、雁、鶴、竹、梅など、吉祥的画題をモチーフにした掛物が多く、それらと一緒に飾られる香炉や花籠といった工芸品にも“取り合わせ”の意味を持たせ、床の間を彩り、来客を楽しませていたのだとか。

住友家の財力をこれでもかと目の当たりにできる本章、とにかく見ごたえありです!

美術界に大きな議論を巻き起こした「床の間芸術」とは

続く第二章「床映えする日本画」は、明治以降に庶民にも普及した床の間にどのような作品が映えるのか? をテーマにしています。橋本雅邦、富岡鉄斎、さらには洋画家として知られる岸田劉生の軸(チラシ表紙の作品)も展示されています。

「山水画」は室内を山気で満たし、「四季の花鳥画」は室内外の境界を曖昧にし、寿老人などの「吉祥的画題」はハレの日や家族の行事に欠かせないものとして、普及していったようです。

さらに同章では、大正以降に新聞や美術雑誌などで散見されるようになった「床の間芸術」という言葉にも注目。これは「時代遅れの作品」を揶揄する言葉として用いられたそう。

西洋に倣った展覧会が開かれるようになると、描かれる日本絵画は巨大で濃彩な作品に変化。新しい「家」にふさわしい絵画表現にシフトし、「床の間無用論」という言葉も登場したといいます。

一方で、他国には見られない鑑賞機能を持つ床の間の文化的側面を賞賛する声も上がり、竹内栖鳳や河合玉堂などは、展覧会や芸術一辺倒の美術界に警鐘を鳴らし、床の間芸術へ肯定のまなざしを向けていたといいます。

当時、そのような議論が巻き起こっていたとは……。現在の美術界に関係ないとはいえない事象に、とても興味が湧きました。

本展に展示されている日本画はそのような時代のなかで蒐集され、邸宅を飾るための「床の間芸術」として描かれたもの。“柔和”で“吉祥的”な内容の床の間芸術は、やはり日本家屋こそ棲み家としてふさわしいような気もしてきましたが……はたして。

新時代の床の間芸術を考える

第三章では、今を生きる6名の現代作家による「床の間芸術を考える」をテーマにした作品が展示されています。それぞれの解釈で手がけた作品は、新しい視点の床の間への向き合い方を見せてくれます。

純粋なる日本家屋に住まう人は少なくなり、西洋だけでなく多様な文化が入り交じる現代。それらがミックスされることで、また新しい“美”が醸成されることも多々あります。

かつては、床の間にこそふさわしい絵画があり、どちらかといえば洋間に掛物は不釣り合いと感じる人も多かったかもしれません。ですが時代は大きく変わり、床の間の有用・無用を超えた新しい床の間芸術の楽しみ方があるのかもしれない、と今回の展示を鑑賞しながら感じました。

サムライオークションでも、多くの人が古物を生活のなかに取り入れ、愛で、精神的な豊かさにつなげてほしいという願いがあります。それらの古物にふさわしい棲み家とはどのような場所なのか、ふと考えるきっかけになる企画展かもしれません。

Information

日本画の棲み家 ―「床の間芸術」を考える

会期:2023年11月2日(木)~12月17日(日)

会場:泉屋博古館東京(東京都港区六本木1-5-1)

開館時間:11時~18時(入館は17時30分まで)※金曜は19時まで開館(入館は18時30分まで

休館日:月曜

観覧料:一般1000円、高大生600円、中学生以下無料、障害者手帳ご呈示の方は無料

リンク:泉屋博古館東京 公式サイト

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【翡翠の超絶技巧に眼福!深淵なる中国美術の世界『アメイジング・チャイナ』】

日本文化として広く伝わり、受け継がれているものでも、その源をたどれば中国に行き着くものが多々あります。「中国数千年の歴史」とは中国の歴史の深さを語る代名詞のような言葉ですが、中国美術においても、卓越した画力や技巧、緻密で複雑な造形、素材を最大限に引き出す眼力など、その言葉の意味を目の当たりにすることが多いと感じています。

現在、東京都港区にある〈松岡美術館〉では、『アメイジング・チャイナ 深淵なる中国美術の世界』と題した展覧会が開催中です。約1500年前とされる北斉時代から唐時代の金剛仏、明から清時代の漆器、陶磁器、玉器、絵画作品が展示されています。

なかでも、本展の目玉である翡翠を緻密に彫刻した『翡翠白菜形花瓶』は、パンフレットからもその超絶技巧が伝わり、ぜひ実物を見てみたいと美術館を訪ねました。

美しくも厳かな清玩がずらりと並ぶ展示室内。どのような至極の逸品に出会えるか、期待が膨らみます!

鑑賞順に従って進むと、まず目に入るのは手のひらに収まりそうなほどの金剛仏たち。北斉~唐時代に手がけられたという繊細で華奢な像を前に、このような良好な状態で1500年もの年月を持ちこたえたとは……と感動を覚えます。

同館の創設者である松岡清次郎氏は、美術館開設以前に中国美術と出会い、生涯にわたりそれらの名品を追い求めてきたのだそう。

続いて、明〜清時代に制作された大振りな堆朱が並びます。龍の鱗、荒波の一筋一筋まで丁寧に掘られた『龍波濤文堆朱合子』には、“五本指”を持つ龍が。これは皇帝のみに許されたデザインとされています。彫りの技術も、漆を扱う技術も、一流の工人によって制作されたのでしょう。時代を経ても歪みなどほとんど見られません。清時代の皇帝は、この合子をどこに飾り、どのように使っていたのでしょうか。想像が掻き立てられます!

さらに、明〜清時代に制作された景徳鎮窯の文鉢、瓶、文盤、扁壺も。下の写真の『青花胭脂紅双鳳文扁壺』(左)『紅地粉彩花卉文扁壺』(右)には「大清乾隆年製」銘が。これは皇室専用の官窯で制作されたことの証。さまざまな吉祥紋と鮮やかな色彩がとにかく美しい……。

そして、本展で楽しみにしていた『翡翠白菜形花瓶』。意外と大きい! 高さ26.7cmとのことで、ほぼ実物大といってもいいかもしれません。

淡い緑と橙が織り交ざり、そのグラデーションを最大限に生かした彫刻がなされているように感じました。それにしてもイナゴやキリギリスの彫刻のなんと繊細なこと……!

翡翠彫刻作品は他にも。表面には花鳥風月、裏面には宮廷の様子が緻密に彫られた『翡翠楼閣花鳥図挿屏』も見事です。

清の第6代皇帝である乾隆帝の時代、清の支配がミャンマー近くまで拡大し、良質な翡翠が大量にもたらされ、さまざまな翡翠彫刻品が制作されるようになったのだとか。このような時代的背景によって発展した芸術品なのですね。

また本展では、歴代の中国絵画の形式として重要な役割を果たしたという「画冊・画巻」もさまざまに展示されています。今回展示されている明清絵画は、東京大学の東洋文化研究所教授・板倉聖哲氏の調査・監修のもと、選りすぐられた作品なのだとか。

なかでも美しいと感じたのが、花鳥図を得意とした呂紀(1488~1505年)による《薔薇図巻》。花びらは鮮やかに生き生きと描かれ、葉、棘の細部までとにかくリアルを突き詰めた描写力。まるでバラの芳香が匂い立ってくるようでした。

明時代の絵画を語るうえでは「浙派」と「呉派」が存在していたそうで、それぞれの流派ごとの作品が展示され、詳しい解説が用意されています。

今回の展示のなかで強く感じたのは、同館の中国美術への造詣の深さ。それらの作品が、いつ、なぜ、どのようにしてつくられることになったのか、歴史や背景なども展示品に添えられているキャプションにつづられています。さらに、中国略年表、中国歴代窯址略図なども展示されており、日本のいつの時代にこれらの作品がつくられたのかなど、わかりやすい展示になっていました。

中国美術に関心がある方や、より造詣を深めたいという方には、さまざまな発見がある展覧会となるかもしれません。展示は2024年2月11日(日・祝)まで。

Information

アメイジング・チャイナ ―深淵なる中国美術の世界―

会期:【前期】2023年10月24日(火)~12月10日(日)

   【後期】2023年12月12日(火)~2024年2月11日(日・祝)

会場:松岡美術館(東京都港区白金台5‐12‐6)

開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

     第1金曜 10時~19時(入館は18時30分まで)

休館日:月曜、2023年12月29日(金)~2024年1月4日(木)

観覧料:一般1200円、25歳以下500円

高校生以下、障害者手帳をお持ちの方は無料

リンク:松岡美術館 公式サイト

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【京都・龍安寺の石庭をモチーフにした、固定概念を覆す作品も!『デイヴィッド・ホックニー展』】

86歳となった今も、精力的にアート作品づくりを続ける芸術家、デイヴィッド・ホックニー。現在、東京都江東区にある〈東京都現代美術館〉にて、日本では27年ぶりとなるホックニーの大規模な個展が開催されています。

2012年には〈ロイヤル・アカデミー〉(ロンドン)にて、2017年には〈ポンピドゥー・センター〉(パリ)で行われた個展で、それぞれ約60万人の来場者数を記録するなど、現代で最も革新的な画家として注目を浴びています。

また、2018年にニューヨークで行われたオークションでは、過去に描いた作品が約102億円で落札され、現存作家による最高落札価格を記録。

それほどまでに多くの人々の関心を誘うホックニーの作品とは? 60年以上にわたる画業を目にしたいと『デイヴィッド・ホックニー展』にお邪魔してきました。

「どのように見て、どのように描くのか」ホックニーの真摯なまなざし

平日にもかかわらず、チケット売り場は長蛇の列! 並ぶ人の年齢層は、若い方から高齢の方までさまざまです。

ちなみに、事前にオンラインチケットを購入しておき、入館時にスマホでQRコードを提示すれば、長蛇の列に並ぶ必要はなし。チケットの事前購入、おすすめです。

さて、展示室は「自由を求めて」「移りゆく光」「肖像画」「視野の広がり」「戸外制作」と、年代、テーマ、アートに対する向き合い方などで章が分けられています。

そのテーマごとに、作品のタッチも、テイストも、技法も、使う画材も、大きく異なるホックニーの作品。ですが、そこに通底するのは、その時代、場所、環境などを「どのように見るのか」、それを「どのように描くのか」といった強い“探究”と“真摯な姿勢”にあるように感じました。

ロンドンで過ごした1960年前半に描かれた作品『三番目のラブ・ペインティング』は、当時のイギリスでタブーであった同性愛をテーマにした、自身のセクシャリティの告白でもある作品。明るいとは言い難い色彩、抽象的なモチーフ、ザラザラごつごつとした絵肌。アーティストとして「自分はどう描きたいのか」の模索がヒシヒシと伝わってくるようです。

次章では、移住したアメリカ・ロサンゼルスのカラリと晴れわたった空のような、どこか解放感すら感じる作風に一転。独創的な構図で色鮮やかに描き、人工物に目を向けながら、自然現象をもつぶさに観察するまなざしなど、ロンドン時代とは異なる作風にただただ驚きでした。

また、家族、恋人、友人などの肖像画に取り組んだ時代。それにより行き詰りを感じて絵画制作の原点に立ち返ろうとした時代。カメラやiPadを駆使して新しい表現を開拓した時代と、ホックニーの作品に対する変遷を目の当たりにすることができます。

個人的に印象的だったのは、『龍安寺の石庭を歩く、1983年2月21日、京都』と題したフォト・コラージュ作品。

1983年2月に来日したホックニーは、京都・龍安寺の石庭を訪ねたようです。その際、石庭に向ける視点の角度を上下左右と少しずつ変えて写真におさめ、それらを組み合わせて作品にしました。

一般的な美術教育で学ぶ技法に倣えば、一点透視図法で描きがちですが、遠近法に疑問を持っていたホックニーの表現は、固定観念を覆し、新しい龍安寺石庭の姿を見せてくれます。

80歳を過ぎ、老齢になってこそ、より大がかりな作品に取り組み、新しい境地にチャレンジしているホックニー。現在はフランス・ノルマンディー地方に暮らし、そこで目にする四季折々の風景やものごとをつぶさに観察し、「どう見て、どう描くのか」に果敢に挑戦している様子が展示からも伝わってきました。

コロナ禍に描いたという全長90メートルの大作『ノルマンディーの12か月』も見ごたえたっぷり。その衰えることのない創作意欲に、見ている側も不思議とパワーをもらえる気がします。

会期は11月5日まで。ご興味のある方はお急ぎを!

Information

デイヴィッド・ホックニー展

会期:2023年7月15日(土)~11月5日(日)

会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1(木場公園内))

開館時間:10時~18時(展示室入場は閉館の30分前まで)

休館日:月曜

観覧料:一般2300円、大学生・専門学生・65歳以上1600円、高校生・中学生1000円、小学生以下無料

※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料になります

リンク:東京都現代美術館 公式サイト

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【美術館に居ながら、日本画の舞台や題材を体感する!『日本画聖地巡礼』展】

日本初の日本画専門の美術館として1966年に開館した、東京渋谷区の〈山種美術館〉。現在『日本画聖地巡礼』と題した、ユニークな企画展が開催されています。

「聖地巡礼」とは本来、宗教的に重要とされる聖地・霊地を参詣する行為ですが、近年の日本では、映画・ドラマ・小説・漫画・アニメなどの舞台となった場所を「聖地」と呼び、その地を訪れることを「聖地巡礼」と称するようになりました。

それらの傾向をうけ、日本画の作品の題材となった地や、画家と縁の深い場所に赴くことも「聖地巡礼」であると捉えた〈山種美術館〉。本展では、所蔵する作品の中から場所が特定できるものを調査し、その内の49の作品と実際の写真と合わせて展示。美術館に居ながらにして「聖地巡礼」を体感できる企画展となっています。

奥村土牛の『鳴門』をはじめ、高名画家の名作がずらり!

北海道から沖縄まで、全国津々浦々の風景画49作品が並ぶ本展。そのファーストビューを飾るのは、轟音を響かせるように渦巻く、翡翠色の荒ぶる海。奥村土牛が昭和34年に描いた『鳴門』です。

世界最大級の渦潮に汽船で近づいた奥村氏は、無性にその姿を描きたい衝動に駆られたといいます。妻に帯を掴んでもらいながら、大きく揺れる船で何十枚も写生したのだとか。あらゆるものを深く飲み込んでしまうような大渦の勢いと轟き。その迫力に、いつか私もこの目で見たい! と大渦潮への憧憬が募りました。

本作以外にも『山中湖富士』『吉野』『那智』『城』など、奥村氏のさまざまな風景画が企画展を飾っています。同館の創立者・山崎種二が「絵は人柄である」という信念のなかでその才能を見出し、支援し、交友した画家のひとりが奥村氏。同館の奥村土牛コレクションは135点にも及ぶといいます。

豊臣秀吉に縁のある「椿」を描いた、重要文化財作品も

速水御舟によって描かれた二曲一双屏風『名樹散椿』(重要文化財)も、本展で堂々たる煌めきと静寂を放っています。

京都北区に所在する地蔵院、通称「椿寺」に根を張る「五色八重散椿」。豊臣秀吉から献木されたという名木を描いた作品が『名樹散椿』です。咲き誇る花々は生命力にあふれ、本物の椿と見紛うばかりですが、その幹や根を張る大地の描写はどこか抽象的で西洋画の趣きも感じます。その対比に不思議な錯覚をおぼえる印象的な作品です。

「(実際に地蔵院を訪れて)御舟が椿を凝視し、花と幹の質感を描写していることがみてとれた」と、作品について記した現館長の山崎さん。現地の様子を知ることで、画家のまなざしの追体験や、作品に込めた創意工夫を発見でき、これこそ「日本画聖地巡礼」の醍醐味であると綴っています。

もはや懐かしい、あの街の、あの風景

個人的に印象深かった作品は、米谷清和の『暮れてゆく街』。かつての渋谷・東急百貨店東横店南館の夕暮れ時を描いた作品です。

雨天の中、ロータリーでバスを待つ人の列、西口改札周りを慌ただしく行き交う人、2階の通路でぼんやり外を眺める人、モアイ像前で待ち合わせする人。気温、湿度、匂い、喧噪、バスのエンジン音に至るまで、すべてを包み込んで描ききったようなこの作品を前に、個人的な記憶がさまざまに蘇り、胸が疼くようでした。

1985年に描かれた作品とのことですが、2020年に東急百貨店の営業が終了し、再開発が始まるまで大きく変わることのなかった西口改札付近。変容の激しい渋谷で、35年以上も同じ風景が続いてきたことへの驚きと、確かに雨の日はこんなふうに色彩を失ったようだった……と今になって気づく街の風景がありました。

ほかにも、奥田元宗、石田武、橋本明治、竹内栖鳳、横山大観、川合玉堂など、名だたる画家が描いた奥入瀬、名瀑、姫路城、阿蘇などの作品が並びます。

さらに、東山魁夷が描いた『京洛四季』の4作品も一挙公開。切り取られた風景の構図の潔さ、曖昧さと明暗を併せ持つ色彩……眺めていると、ただただ東山氏の“自然への敬意”がそこに立ち現れているようで、不思議と目が離せなくなります。『緑潤う』は、実際の写真と比べると、その正確な描写にも驚くはずです。

これらの作品にふれ、訪れてみたいと思っていた場所を思い出したり、実際に足を運んでみたい「聖地」に出合えるかもしれません。会期は11月26日まで。ぜひお出かけしてはいかがでしょうか?

Information

日本画聖地巡礼

会期:2023年9月30日(土)~11月26日(日)

会場:山種美術館(東京都渋谷区広尾3-12-36)

開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜

観覧料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料

※障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)一般1200円

※きもの特典:きものでご来館のお客様は、一般200円引きの料金となります

リンク:山種美術館公式サイト

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【元首相・細川護熙さんが京都の寺院に奉納した襖絵を大公開!『京洛の四季』開催中】

第79代内閣総理大臣を務めた細川護熙(ほそかわ もりひろ)さんの展覧会『京洛の四季』が、東京都銀座にある〈ポーラ ミュージアム アネックス〉にて、2023年9月15日(金)~10月15日(日)の期間で開催されています。

政界引退後、陶芸、書画、油絵など、さまざまな創作活動に力を入れてきた細川さん。近年は大型の障壁画や襖絵の制作にも注力しており、奈良・薬師寺慈恩殿の『東と西の融合』や、京都・龍安寺の『雲龍図』などを手掛け、奉納されています。

今回の展覧会では、2014年に京都・建仁寺塔頭寺院正伝永源院へ奉納された『四季山水図襖絵』を大公開! さらに、細川さんご本人によるギャラリートークを交えたプレス向け内覧会が開催され、お邪魔してきました。

意外性のある画材と異文化をミックスさせた、新しい漆絵

会場に入り、まず目に飛び込んでくるのは、荷花(ハス)、ドクダミ、カキツバタ、ツワブキ、ヤマユリといった、古くから愛でられてきた路傍の草花や、カゲロウ、チョウ、トンボ、カタツムリなどが描かれた作品。

油彩用のカンヴァスに描かれているのですが、どうやら油絵の具ではない様子。キャプションを覗くと「漆、金、錫」とあり、既視感のある艶めく黒い画材が、漆の質感であることにようやく気づきました。

カンヴァスに漆。そして中国絵画の伝統的な画題「草虫図」に着想を得て描いたという草花や虫のモチーフ。和洋中さまざまな要素をミックスし、伝統的かつ新しい技法で描き出す細川さんの、とどまることのない創作意欲を目の当たりにしました。

京都各所の四季を描いた『四季山水図襖絵』

続く部屋に足を踏み入れた瞬間、感嘆の溜息が出るかもしれません。ギャラリー内の4面の壁それぞれに大迫力の襖絵が展示され、4作品をぐるりと見渡せるレイアウトになっています。

京都・東山の夜桜が月明りに浮かび上がる「知音(ちいん)」、鳥声だけが響く夏の北山「渓聲(けいせい)」、嵐山周辺の山々が紅葉に色づく「秋氣(しゅうき)」、雪に覆われた大文字山と東山の街並みが連なる「聴雪(ちょうせつ)」。寂然とした京都の四季を眺めているだけで、心が清められる思いです。

これらの『四季山水図襖絵』が描かれることになったのは、当時大型作品を描くアトリエを持っていなかった細川さんが、他寺院から依頼された襖絵の制作場所に困り、建仁寺に相談したことに始まったのだとか。

「当時の建仁寺ご住職に相談したところ、快くお引き受けいただいて。一室を拝借してしばらく襖絵を描いていましたら、ときどきご住職が見に来られて。『ぜひうちにも描いて欲しい』と仰るものですから、『これが終わったら描いてみましょう』と、こう申し上げたんです」(細川護熙さん)

制作の依頼を請けたのが春。南禅寺界隈を歩いているとき、見事な夜桜に遭遇したのだそう。東山に浮かぶ月と夜桜が対話している風景が思い浮かび、「知音」を描くことになったといいます。

「黒い襖は見たことがない」と心配したご住職だったようですが、完成した襖絵を前に「次もひとつ」とさらなる依頼が。そして、紅く色づき始めた嵐山、小倉山、愛宕山などを描いた「秋氣」を制作します。

その後、夏の北山にホトトギスの声がこだまする「渓聲」を描き、雪の降り積もる比叡山や大文字山、静まり返った東山市街や鴨川を描いた「聴雪」と、京洛の4つの季節を描いた24面が完成。

山水画とは、精神性や自然観などを添景した、いわば“創造された景色”であることも多々。細川さんもこれに乗っ取り、写生は行わず、イメージのなかの風景を『四季山水図襖絵』として形にされています。

とはいえ、京都を何度も訪ね、おおかたの地理を把握している細川さんが描いた山水画は、実際の位置関係と比べてもそれほど大きく違いません。

これら襖絵24面すべてを鑑賞できる本展。建仁寺塔頭寺院正伝永源院でも季節ごとに襖絵を入れ替えており、寺院外での展示も10年振りとのこと。

『四季山水図襖絵』を一度に目にする機会はそうありません。お見逃しなく!

Information

細川護熙展『京洛の四季』

会期:2023年9月15日(金)~10月15日(日)

時間:11時~19時(入場は18時30分まで)

入場無料

TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:ポーラ ミュージアム アネックス 公式サイト

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【時代も次元も超えた、真夏の白昼夢!〈目黒雅叙園〉の百段階段で“百鬼夜行”の旅】

「昭和の竜宮城」と称された〈目黒雅叙園〉。1935(昭和10)年に建てられ、今なお残る木造建築は、昔と変わらない絢爛さで来場者に大きな驚きと感動をもたらしてくれます。

現在〈ホテル雅叙園東京〉と名称変更された同ホテルでは、今や夏の風物詩となりつつある企画展『和のあかり × 百段階段』が2023年9月24日(日)まで開催されています。

2023年のテーマは「極彩色の百鬼夜行」。東京都指定有形文化財に指定されている「百段階段」の空間を背景に、現代アーティストの作品や伝統工芸品などをダイナミックかつ繊細に展示。幻想的で美しく、かつ妖しい異世界が、階段廊下でつながる7つの部屋で展開されています。

■美しくて妖しい「あかり」と「物の怪」が待ち受ける7つの間

階段を進んだ最初の間「十畝(じっぽ)の間」を鮮やかに彩るのは、粕谷尚弘家元の一葉式いけ花と、中野形染工場が手掛けた越谷籠染灯籠。

鳥居に絡みつく藤蔓、極彩色の花、和洋さまざまな植物と、ゆかたの藍染に使われていた版型をリメイクした灯籠との、あかりのインスタレーションです。日本画家・荒木十畝による天井画と相まった異世界はインパクト大!

続く「漁樵(ぎょしょう)の間」は、今回の一番の見どころと言っていいかもしれません。

まず目に飛び込むのは巨大な柱水晶のオブジェ。そこから発せられるあかりを浴びた広間の精巧な彫刻。漁師、木こり、今回設置された鬼の陰影が妖しく浮かび上がり、異世界に迷い込んでしまったかのような心持ちに。

ちなみにこの水晶は、「エコ活動の芸術性がテーマ」という本間ますみさんのペットボトル作品。接着剤や塗料を一切使用していないというから驚きです。近くで眺めても、水晶の質感、透明感などが巧妙に表現されています。ペットボトルって、こんなにもクリエイティブな可能性を秘めているんですね!

以降も、さまざまなアーティストが広間ごとに趣向を変えて来場者を楽しませてくれます。

そして、美人画家として知られる鏑木清方が天井や小壁の彩色を手掛けた「清方の間」では、「対岸の現世」と題した展示が行われています。

こちらは照明作家・弦間康仁さんの作品。照明から洩れたアルファベットのあかりが、コズミックに空間を彩ります。

この階下にある「星光の間」にはさまざまな工房のガラス作品が並び、水の中をイメージした展示になっていました。そして「清方の間」は、水の底からあがり、岸から見える懐かしい現世のあかりをイメージ。弦間さんの作品に刻まれている文字は、百鬼夜行から免れるための呪文なのだとか。

贅の尽くされた7つの間それぞれに、現代アートのインスタレーションや、温故知新の伝統工芸品などが並び、見ごたえたっぷりの本展。美しく、妖しく、さまざまに変容する「あかり」と、ちょっぴり怖い「物の怪」の共演。時代も次元も超えた、真夏の白昼夢のような時間が過ぎていきました。

〈ホテル雅叙園東京〉の公式サイトでは、グッズがセットになった“オンライン限定”のチケットも販売されています。筆者が購入したのは「妖怪づくし・人面草紙 手ぬぐい付チケット」。各グッズはミュージアムショップでも販売されていましたが、チケットとセットで購入したほうが断然お得です! 気になった方はサイトをチェックしてみてください。

真夏だけの異世界の旅、ぜひ楽しんでみてはいかがでしょうか?

information

『和のあかり×百段階段2023 ~極彩色の百鬼夜行~』

場所:ホテル雅叙園東京(東京都目黒区下目黒1-8-1「百段階段」)

期間:2023年7月1日(土)~9月24日(日)

開場時間:11時~18時(最終入場 17時30分)

※8月19日(土)は17時まで(最終入場 16時30分)

入場料:大人1500円、学生800円

※グッズ付きのオンライン限定チケットや、レストランのお食事がセットになった特別プランもご用意

サイト:ホテル雅叙園東京 特設サイト

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【ちいさきもの、愛でる、喜び。「虫」と「人」の親密さを再確認する『虫めづる日本の人々』展】

蝉も鳴くのを躊躇うほど残暑厳しい時候ですが、夕刻になると草むらからチラホラと秋虫の声が聴こえるようになりました。

東京・六本木にある〈サントリー美術館〉では、2023年9月18日(月・祝)まで、秋の到来がより楽しみとなる企画展が開催されています。その名も『虫めづる日本の人々』。

古くから日本美術などにおいて重要なモチーフとなった「虫」。擬人化されて絵巻に登場したり、和歌に詠われたり、工芸のモチーフになったり。また、「蛍狩」や「虫聴(むしきき)」が大人の風流な遊びとして楽しまれていたようです。

そんな虫たちに焦点を当てた『虫めづる日本の人々』展にお邪魔してきました。

風雅で、痛快で、侘しくて。虫と人のおもしろい関係

入館し、薄暗い展示室に入ってまず聴こえるのは、虫たちの声。鈴虫でしょうか。リーンリーンと涼やかな声を響かせています。

1~6章で構成されている本展。第1章では、『伊勢物語』や『源氏物語』などの絵巻や屏風が展示され、それらの文芸と深く結びついた日本の虫たちの姿が紹介されています。

平安時代には、京都嵯峨野で鈴虫や松虫を捕まえ、そのうち姿形・鳴き声の優れたものを宮廷に献上する「虫狩(虫撰・むしえらみ)」が行われていたそう。それらの様子を描いた作品もさまざまに展示されていました。

私が興味深く感じたのは、平安期に編された『堤中納言物語』の「虫愛づる姫君」の展示。その展示キャプションによると、主人公の姫は化粧もせず、「人々が花よ蝶よともてはやすのは浅はかだ」と説き、さまざまな虫を観察して可愛がる変わり者。ですが、その姫の行動の本質を説く解説は真に的を得ており、痛快に感じるほどでした。ぜひ会場でチェックしてみてください。

ほかにも、再生・復活の象徴としての神秘的な意味を持ち、吉祥紋とされた「蝶」をモチーフにした大皿、かんざし、香合、香枕、打掛などが並びます。

また「蜘蛛」と「馬」をモチーフにした鞍も展示されているのですが、じつはこの組み合わせ、ちょっと意外な隠喩になっています。こちらもぜひ開場で確かめてみてください!

『論語』の教えがもとに!? 虫にまつわる作品や図譜の奥深さ

第3章には、季節の草花に合わせて虫たちを描いた「草虫図(そうちゅうず)」が並びます。これは中国で成立した画題で、日本にも伝来し、室町時代の絵師たちは「草虫図」を学び、多く描いたようです。本章には中国人や日本人の絵師の作品が並びます。

また、この「草虫図」には『論語』が関係しているのだとか。「詩を学ぶことで鳥、獣、草木の名前を多く知ることが出来る」(『論語』陽貨・第17)と、弟子に詩を学ぶ意義について説いたという孔子。この思想は日本の絵師たちにも大きく影響し、自らの知識を増やすべく草虫図を描きつつ、この画題を愛していたようです。

さらに江戸中期以降は大名や旗本が中心となり、優れた虫の図譜を制作。驚くべき精緻さで描かれた図譜が本展でも展示されています。

特に、第5章に並ぶ増山雪斎の「虫豸帖(ちゅうちじょう)」は、羽やトゲに至るまでの細やかな描写、質感の再現も見事で、つい見入ってしまいました。

伊藤若冲の『菜蟲譜』も見ごたえがあります。虫たちの表情豊かなこと。ひそひそと彼らの話す声が聞こえてくるようです。

また、上村松園、鏑木清方、伊東深水、川端龍子、土田麦僊といった名だたる巨匠の作品も展示されていましたよ!

現在、身近とは言い難く、どちらかといえば厭われる存在の虫たちですが、本展を巡ったあとは虫への見方が少し変わったような気がします。たまたま家に入り込んだ虫がいたとすれば、暫らくじっくり観察してから外に放つつもりです。

しみじみとした日本の美を堪能できる本展、ぜひ足を運んでみてください。

Information

『虫めづる日本の人々』

場所:サントリー美術館(東京都港区赤坂9‐7‐4 東京ミッドタウン ガレリア3階)

会期:2023年7月22日(土)~9月18日(月・祝)

開館時間:10時~18時(金・土曜は10時~20時)

 ※8月10日(木)、9月17日(日)は20時まで開館

 ※いずれも入館は閉館の30分前まで

休館日:火曜

入館料:一般1500円、大学・高校生1000円

 ※中学生以下無料

 ※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料

リンク:サントリー美術館・特設サイト

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【“美”のなかの“醜”も描く、甲斐荘楠音の全貌に迫る回顧展〈東京ステーションギャラリー〉で開催中】

近年、東京都内の各駅構内にはさまざまな美術展のポスターが並んで貼られることが多くなりました。そのポスターのなかで最近ひときわ異彩を放っていた『甲斐荘楠音の全貌ー絵画、演劇、映画を越境する個性』。それを目にするたび、そわそわ・もぞもぞするような奇妙な心持ちに……。

真っ白なおしろいをはたき、ボリュームたっぷりに結い上げた黒髪女性の目線。ゆるりと横になった女性の笑みを湛える口元――。

原画ではなく、もはやポスターからもただならぬ妖艶さを放つこの美術展。これらの作品を描いた甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)とは? 原画やほかの作品も見てみたい! そんな好奇心に駆られ、〈東京ステーションギャラリー〉(東京都丸の内)で開催されている回顧展を訪ねました。

■画家、映画人、演劇に通じた趣味人――さまざまな芸術を“越境”した甲斐荘楠音

大正期から昭和初期に活動した日本画家・甲斐荘楠音(1894~1978)。作品のモチーフは主に女性。それもどこか退廃的で、美醜相半ばといった人間の生々しい一面を捉えた画風で名をはせた画家です。

1940年代からは画業を中断し、風俗考証家として映画界で活躍。時代劇衣裳デザインを担当するなど、日本の時代劇の黄金期を支える存在だったのだとか。

本展では、画壇、映画界、そして晩年には再び日本画の世界で活躍した楠音の“越境性”や“多面性”に光を当て、彼の全貌を明らかにする内容になっています。

膨大な展示数を誇る本展、とにかく見ごたえがありました! その中でも印象的だった作品やことがらをご紹介します。

■西洋の趣きも色濃く表現された、革新的画風

ギャラリー入り口のメインビジュアルにも採用されている『春』。瀟洒な着物をゆるりとまとい、くつろぐように横になる女性の手には極細のストロー。振袖の上には薄い玻璃グラスが置かれています。なにかにジッと視線を注ぐ目と、笑みを湛えるポッテリとした赤い唇がなんともミステリアス。

実際の作品は衝立型。長年個人所有だったために行方不明とされていた本作品、現在はメトロポリタン美術館の収蔵となっています。本展のためにニューヨークから凱旋し、楠音没後、日本では初公開となりました。

ところで、女性の表情にどことなく西洋画を思わせるものがありませんか? じつは楠音は青年期にレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに深く傾倒。その趣きが『春』をはじめ、さまざまな作品にも色濃く表現されています。

こちらのポスターに採用されているのは『横櫛』という作品。歌舞伎演目『処女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)』に登場する、愛する男のためには悪事もいとわない「切られお富」がモデルになっています。

妖しげで、どこか狂気に満ちたその目。意味深な微笑み。近くで見るとゾワゾワッとするような怖さがあります。

本展ではこの『横櫛』が2点並んで展示されています。構図はほぼ同じですが、着物の絵柄、色、そしてダヴィンチの『モナ・リザ』の微笑を引用したというお富の表情が大きく異なります。もう1点の『横櫛』の表情とぜひ見比べてみてください。

■今でいうコスプレイヤー? 美意識を追求する楠音のこだわり

楠音のユニークさを目の当たりにしたもののひとつに、本人の扮装写真があります。写真右は女性に扮した楠音です。

幼少期から歌舞伎や芝居小屋に親しみ、年配の男性が美しい女形に変貌を遂げることに魔性を感じていたという楠音。そんな憧れからか、友人と古典演劇の衣裳をまとい、特に女形になりきって写真を撮ることも多かったといいます。

ほかにも、楠音がさまざまに扮装した写真、作品描写のために自らポーズをとった写真も展示されています。

1940年代からは映画界で活躍し、時代劇『旗本退屈男』『雨月物語』などの衣裳デザインを担当していた楠音。近年、東映京都撮影所でそれらが発見されたことから、俳優陣が実際に袖を通した衣裳の数々も展示されています。

さらに、未完の作品である2点の屏風『畜生塚』『虹のかけ橋(七妍)』、墨や鉛筆、木炭などで描いたスケッチ、あらゆるポーズの参考や研究に用いたスクラップブックなど、圧倒的な作品や資料、その膨大な展示数に、時間を忘れて見入ってしまいました。

楠音独自の美意識、それを表現するための追求心・探求心・執着心など、複雑で多面的な表現者の全貌を堪能できる本展、見逃す手はありません。

Information

甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性

場所:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)

会期:2023年7月1日(土)~8月27日(日)

※会期中、展示替えあり

休館日:月曜(7/17、8/14、8/21は開館)、7/18(火)

開館時間:10時~18時

※金曜は20:00まで開館

※入館は閉館30分前まで

入館料:一般1400円、高校・大学生1200円

※中学生以下無料

※障害者手帳等持参の方は入館料から100円引き(介添者1名は無料)

※学生は入館の際、生徒手帳・学生証を提示

TEL : 03-3212-2485

サイト:東京ステーションギャラリー特設サイト

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【「越後屋」を興した三井家の、創業期の事業や茶道具をたどる展覧会〈三井記念美術館〉にて8月末まで】

江戸時代において「現金掛け値なし」という革新的な商法を打ち出したことで知られる呉服店〈越後屋〉。ご存じの通り、現在の〈三越〉や〈三井財閥〉の源流となった店(たな)です。

三井グループが350周年を迎える2023年、東京都日本橋にある〈三井記念美術館〉では、越後屋開業350年記念特別展『三井高利と越後屋 ー三井家創業期の事業と文化ー』が開催されています。

1673年に〈越後屋〉を開業した三井高利と、その子どもたちによる創業期を、社会経済史資料をもとにわかりやすくたどる本展。店で使われていた帳簿や商売道具に加え、三井家の人々が道楽として蒐集してきた名物茶道具なども展示されています。

それにしても、350年も廃れることなく家業が続くというのは、並大抵のことではありません。やはり創業者である三井高利の考え方にヒントがあるはず! 名品の鑑賞を楽しみつつ、三井家のビジネスに向き合う心構えなどにも注目し、展覧会を楽しんできました。

■越後屋のビジネスの心構えとは? 時代劇で見るような商売道具もずらり

ところで、タイトル画像の分厚い帳簿は「大福帳」と呼ばれるもの。こちらは大坂で両替店を商っていた〈三井両替店〉の総勘定元帳にあたる帳簿です。半年に1冊作成され、現存数は160冊にも及ぶのだとか。この分厚さ、必要な情報に辿り着くにも骨が折れそう……。

金・銀・銭の3貨が流通していた江戸時代。金・銀の重さを量るために使われていた天秤や分銅も展示されていました。

そして、1832年(天保3年)に制作された〈越後屋〉江戸本店の立体模型「江戸本店本普請絵図面」も!

現代も著名な建築家が設計する建造物には模型がつくられることが多々ありますが、江戸時代にもこのようなものがつくられていたんですね。同じ江戸本店の内部を描いた「浮絵駿河町呉服屋図」と併せて見れば、店内の様子がよりリアルに感じられます。

ここまでユニークな展示物を取り上げましたが、ほかにも〈越後屋〉を興した高利や、その子どもたちによるビジネスの心構えなどを記した資料なども多く展示されています。

現在も“三井グループのこころ”として受け継がれる『宗竺遺書(そうちくいしょ)』。これは、高利が事業発展・繁栄保持のために残した言葉を、長男・高平がまとめて製本した三井家の“家憲”。財産相続の考え方、一族の協力体制、「同族の子弟は丁稚奉公の仕事から見習わせ、習熟するように教育しなければならない」などが説かれ、三井家を語るうえで重要な資料として展示されています。

さらに、奉公人が綴った事業に関するメモ書きも。三井家を支える当事者としての自覚と勤勉さが垣間見えるようでした。

そのような有能な奉公人を選ぶ目を持ち、育てた、高利。事業繁栄のヒントは、一族や奉公人などと分け隔てなく、三井家の事業にかかわる者としての意識を強く持つための教育にあったのではないか、と感じました。

そして、これらの資料を見ていて高利に抱いたイメージは、事業を大成功させ、莫大な富を得つつも、つとめて倹約家であり、謙虚であり、人々の声を聞く柔軟さを持ち合わせており、そして限りなくリアリストである姿。もし今の時代に生を受けているとしたら、高利はどんな事業を興すでしょうか。

■あの名物茶道具も! 信仰を寄せた商売繁盛の神様とは?

元文年間の幕府の貨幣改鋳を機に、営業利益が江戸期最大に延びた三井家。そんなタイミングもあって文化面への支出が顕著になり、特に茶道具蒐集が盛んだったといいます。

本展では、重要文化財であり大名物の「唐物肩衝茶入 北野肩衝」、樂家三代道入(通称ノンコウ)作であり、高利が一族の椀飯振舞いの席で濃茶を点てたという「赤楽茶碗(銘再来)」も並びます。

さらには、茶人としても名高い古田織部が所有していた「大井戸茶碗 十文字」も。器をわざと壊して継ぎ合わせ、そこに生じる美を楽しんだという織部が、大井戸茶碗を十文字に割って継ぎ合わせた、大胆でユーモラスな逸品。織部を主人公とした漫画『へうげもの』(山田芳裕作・講談社)の愛読者なら「これが……!」と、ニンマリしてしまうはず。

また、神仏への信仰が厚く、特に商売繁盛の神「大黒天」「恵比寿」を祀っていたという三井家。高利が亡くなった際に一族に分配された御形見箱には、尾形光琳による大黒天が描かれています。また、三井家3代目である高房直筆による大黒天や恵比寿の軸も。

〈越後屋〉の起こりからその繁栄、そこから発展した道楽や信仰まで、三井家創業期のさまざまな面を鑑賞できる本展。古物好きにも、ビジネスパーソンにも楽しめる内容です。そして美術館が入る三井本館は、重要文化財に指定されている重厚な洋風建築。美術館内には、織田有楽斎(織田信長の実弟)が京都・建仁寺境内に1618年頃に建て、現在国宝に指定されている茶室「如庵」も再現されています。建築ファンもぜひ訪れてみては?

Information

越後屋開業350年記念特別展

三井高利と越後屋―三井家創業期の事業と文化―

会場:三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2-1-1三井本館 7階)

会期:2023年6月28日(水)〜8月31日(木)

休館日:月曜(7月17日、8月14日は開館)

入館料:一般1000円/大学・高校生500円/中学生以下無料

問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:三井記念美術館

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