仏や神のイメージを木や石に彫り、心の拠り所としてきた「民間仏」文化は、かつて日本全国の村々にあったといいます。
その多くは時代と共に消えてしまいましたが、青森・岩手・秋田の北東北エリアには、古いお堂や祠、煤だらけの神棚に祀られていた民間仏がそのまま残され、現在も信仰の対象とされていることも多いのだとか。
その素朴な姿や愛らしさが人気を博し始めている民間仏。東京駅直結の〈東京ステーションギャラリー〉では、『みちのく いとしい仏たち』という民間仏の展覧会が2024年2月12日(月)まで開催中。
2023年4月に〈岩手県立美術館〉にてスタートし、9月には〈龍谷大学 龍谷ミュージアム〉(京都)を巡回し、いよいよ東京にやってきました。
昨年の春先に巡回展の情報を知り「ぜったい行きたい!」と楽しみにしていた本展。年明けてようやくお邪魔してきました。
メインビジュアルの《山神像》は、現役の林業の神様
今回のメインビジュアルであるこちらは、江戸時代に制作された如来像と男神像の合体という《山神像》。岩手県八幡平市の兄川山神社内に今もなお祀られ、林業にたずさわる人々に信仰されています。
面長の顔、荒いけれどしっかり刻まれた螺髪、緩やかな弧を描く眉と目、丁寧にくりぬかれた耳、やさしく微笑む口元、三等身にデフォルメされたプロポーション。山の神さまと言われればしっくり来るような、いつも見守られているような不思議なやさしさを感じます。
山仕事の当事者か、地元の大工か、木地師か。おそらく仏師ではない人の一削一削に込めた祈りがヒシヒシと伝わってくるようです。山仕事の安全・無事はもちろん、不運にもケガをしたり命を落としてしまった人への鎮魂や祈りなど、さまざまな思いがこの山神像に託されているような気がしました。
「せめて、やさしく叱って…!」
約130点もの個性派ぞろいのホトケやカミが展示されている本展。作品横にあるキャプションには、祀られている(いた)場所の地図も示されています。エリアごとの傾向といったものも見えて興味深い!
エピソードとしてユニークだったのは《十王像》をモチーフとした民間仏。
ちなみに「十王」とは、亡者の罪過を裁く10人の地獄の裁判官たちのこと。江戸時代の人々は「死ねば地獄に落ちるもの」という考え方が主流だったのだとか。そこで、刑罰に手加減を願った像を多く彫ったといいます。
秋田と宮城の県境に近い三途川渓谷の集落には多くの「十王堂」が存在し、十王像も多く彫られ、祀られていたそう。一般的な十王像は厳めしい顔つきが多いようですが、こちらの十王像は、ほんのり笑みをたたえたような、やさしい面持ち。
現世の罪の手加減を願いつつ、「せめて、やさしく叱って…!」といった人々の思いを十王の表情に込めたのでは、という解説にほんわかした気持ちになりました。
みちのくの人々の信仰のかたち、そのもの
ほかにも、長年の煤の蓄積で真っ黒になったホトケやカミ、モアイ像にも似た男神像、怖いような可愛いような不動明王像や毘沙門像、右衛門四良作の仏像・神像、山犬像や厩猿像といった動物をモチーフにしたものも。その多くが穏やかな笑みをたたえています。
気象条件が厳しい東北地方は、大凶作や大飢饉に見舞われたことも多々。地域によっては災害も多く、理不尽な年貢や家族関係で苦しむ人も多かったはずです。自然の厳しさ、命のはかなさを知り尽くし、さまざまな辛さ、切なさ、悔しさに耐えながらも「てえしたこだねのさ(大したことじゃない)」と笑う人々の優しさが、民間仏の表情にも表れているのだろう、という解釈にしみじみ感じ入りました。
みちのくに暮らした人々の心情を映した祈りや尊さに触れつつ、ついつい自分の口元も緩んでしまう『みちのく いとしい仏たち』展、おすすめです。会期は2月12日(月)まで。
Information
みちのく いとしい仏たち
会期:2023年12月2日(土)~2024年2月12日(月・祝)
会場:東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)
開館時間:10時~18時 (最終入場時間 17時30分)※金曜は20時まで(最終入場時間 19時30分)
休館日:月曜 ※ただし2月5日、2月12日は開館
観覧料:一般1400円、高校・大学生1200円(入館時に生徒手帳・学生証を要提示)、中学生以下無料、障害者手帳等持参の方は入館料から100円引き(介添者1名は無料)