煌めく1400年前の王朝“長安”の文化に触れる!『長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―』

東京都・飯田橋にある〈日中友好会館美術館〉では、唐王朝(618~907年)の衣食住に触れる展覧会『長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―』が開催されています。

7~10世紀初頭までの約300年にわたって栄えた中国の統一王朝「唐」。漢詩、山水画、書、陶芸、茶など、多様な文化・芸術が隆盛したのもこの時代。漢詩で名高い李白や杜甫もこの時代を生きました。国際都市として賑わいを見せた当時の暮らしはどんなものだったのか、興味をお持ちの方も多いはず。ちなみに、観覧は無料です!

奈良の平城京、京都の平安京のモデルとされる「長安の街」

敵の侵入を防ぐべく高い城壁に囲まれた唐長安城。外周は約36キロメートルと広大で、約100万人の人々が暮らしていた、と紹介されています。碁盤の目のような正方形の区画は「坊」と呼ばれ、各坊には平均して1万人が暮らしていたとのこと。

この唐長安城内には、坊門が閉まったあとの大通りの通行を禁止する「夜間外出禁止令」が布かれていたといいます。これは夜遊びを禁止するものではなく、住民の移動を制限し、治安を維持するための禁止令。もちろん、各坊では小さな商店が軒を連ね、音楽を奏でたり、宴会をしたりと、夜も賑わっていたのだそう。さまざまな文化が生まれ、隆盛したというこの時代の夜のさざめきを想像するだけで、ワクワクしてしまいます。

また、この都市モデルは遣唐使によって日本に伝わり、平城京や平安京のモデルになったとも。先日、紫式部が主人公の大河ドラマを見ていたとき、CGの平安京の街並みが登場したのですが、まるで本展の「唐長安城地図」そのもの。

ちなみに、この左右対照的な建築形式は、後の北京の街づくりにも影響を与えたのだとか。唐長安城、すごい!

女性の活躍も著しかった唐時代

他王朝に比べると、高い社会的地位と権力を得ていたという唐の女性たち。まず、特筆すべきは中国史上唯一の女帝・武則天が誕生したのもこの時代。現在でも女性が国を統一するとなれば、歴史的な大ニュースになることがほとんどです。それが600年代に既に実現されていたとは……! 柔軟な視野を持つ時代だったことがうかがい知れます。

また、女性であっても配偶者を自由に選んで結婚・離婚をしたり、宮廷の役人として働いたり、馬に乗って矢を射ることもできたのだとか。

一方で、それまで女性の装束は体を覆いつくすものが主流でしたが、唐時代では透き通った絹織物を羽織るなど、肌を露出するファッションが流行。女性ならではの艶やかさの表現にも意識が向けられたようです。

さまざまな美を追求した当時の女性たちは、髪型、メイク、アクセサリーにもこだわりが。「高髻(こうけい)」と呼ばれる、髪を高く結い上げるスタイルが流行し、金に輝石をあしらった簪などをさしていた様子。

初唐・中唐・晩唐それぞれに流行した高髻やメイクなどがイラストを用いて紹介されており、各時代の美に対する嗜好がうかがい知れ、とても興味深く感じました。

唐時代に制作された美術品の特別展示も

さらには、唐時代の食卓や食文化、愛飲したお酒、お茶をはじめ、シルクロードを通じて他国との交易のなかで生まれた文化などにも触れられています。日本という国が、いかに唐に多くの影響を受けたか、文化受容の経緯も感じられる展示内容でした。

本展に展示されている美術品の多くは複製品ですが、「白磁盤口壺」「三彩杯」「青磁椀」「黄釉加彩婦女騎馬俑」と、7~8世紀の唐の時代に制作された美術品も展示されています。

また会期中は、映画上映、中国琵琶の演奏会なども実施されています。ご興味のある方は、狙ってお出かけください!

左の俑は、7世紀頃に埋葬の副葬物として作陶された「黄釉加彩婦女騎馬俑」

Information

長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―

会期:2024年10月11日(金)~12月1日(日)

会場:日中友好会館美術館(東京都文京区後楽1丁目5番3号)

開館時間:10時~17時(11/15、11/29は20時まで開館)

休館日:月曜

観覧料:無料

お問い合わせ:03-3815-5085

リンク:日中友好会館美術館

好古と考古、神話と戦争……「ハニワ」や「土偶」の社会的側面を知る展覧会『ハニワと土偶の近代』12月22日まで

「ハニワ」や「土偶」と聞いて、まず思い浮かべるのはどんなものでしょうか。子どもの頃に教科書で見た人や馬型の人形でしょうか。はたまた、美術専門誌の一面、観光で訪れた遺跡、もしくは子どもと一緒に見たNHKの教育番組、という方もいるかもしれません。

3世紀後半頃から制作されていたというハニワや土偶は、近代の日本の節目においてさまざまな受容体となり、象徴となり、キャラクターにされてきました。その変遷に触れる展覧会が〈東京国立近代美術館〉にて開催されています。その名も『ハニワと土偶の近代』。

ちなみに、古代に制作されたハニワ等は基本的に展示されていません。でも、“昭和生まれの人”には懐かしく感じられる展示品ばかりかも……⁉

日常に深く浸透している「ハニワ」という存在

序章「好古と考古 ―愛好か、学問か?」、1章「日本を掘りおこす ―神話と戦争と」、2章「伝統を掘りおこす ―“縄文”か“弥生”か」、3章「ほりだしにもどる ―となりの遺物」と4つの章で展開する本展。それぞれで印象深かった作品やエピソードをご紹介します。

序章では、1870年代~1900年初頭という“近代への入口付近”でのハニワへのまなざしにフォーカス。古物を愛する「好古」と、明治初頭に海外からもたらされた「考古」という2つの「こうこ」の比較を取り上げています。

展示のなかで目を引いたのは、放浪の画人として知られる蓑虫山人の《埴輪群像図》や《陸奥全国古陶之図》。遺物蒐集家であり、遺跡の発掘調査も手がけるなど学術的(考古)な視点を持っていた蓑虫。一方で描いた絵は、どちらかといえば「好古」のまなざしです。

蓑虫山人《陸奥全国古陶之図》。自ら集めた土器や土偶と中国風の調度品を文人画風にレイアウトした軸絵。

蓑虫山人《陸奥全国古陶之図》。自ら集めた土器や土偶と中国風の調度品を文人画風にレイアウトした軸絵。

さらに、五姓田義松によるハニワのスケッチは素焼きの質感や細部の陰影までも克明に表現され、「考古」といった印象。「好古」か「考古」か。同じものを異なる視点でとらえることで、どのようなものが見えてくるでしょうか。

続く1章では、ハニワ等の遺物が「万世一系」を示す特別な存在として認められ、戦争時には「子を背負った母のハニワは、あたかも涙を流さず悲しみをこらえる表情のよう」と、“理想的な日本人”の象徴として戦意高揚や軍国教育にも使役されてきた歴史にフォーカスしていきます。

神武天皇即位2600年を迎えた1940年には、建国神話を人々の生活に浸透させるため、ハニワ特集が組まれたり、さまざまな特別グッズが発行されたそう。左の後藤清一による乾漆の像《玉》は、「国風の精華を讃するもの、戦意高揚に資するもの」という課題のなかで制作され、戦時特別文展(1944年)に出品された作品。

神武天皇即位2600年を迎えた1940年には、建国神話を人々の生活に浸透させるため、ハニワ特集が組まれたり、さまざまな特別グッズが発行されたそう。左の後藤清一による乾漆の像《玉》は、「国風の精華を讃するもの、戦意高揚に資するもの」という課題のなかで制作され、戦時特別文展(1944年)に出品された作品。

戦中、国粋主義の象徴となっていたハニワですが、じつは自由を求める前衛主義のモダニストたちにも愛されていたという驚くべき事実も。社会情勢に圧され、自由な表現が許されなかった戦時中の画家たちは、国家自体が率先して使っていたハニワを前衛アートのモチーフとすることで、厳しい統制をすり抜けることができたのだとか。

対局にある観念のなかで、同じモチーフに依存する。なかなか皮肉な話で、とても印象深いエピソードでした。

岡本太郎の《顔》。前衛いけばなの花器として構想された作品。実際に岡本が花を活けた写真なども会場に展示されています。

岡本太郎の《顔》。前衛いけばなの花器として構想された作品。実際に岡本が花を活けた写真なども会場に展示されています。

2章では、戦後の日本で起こった、ハニワを巡るムーヴメント的事象をさまざまに取り上げています。

「万世一系」という皇国史観の脱却を喫緊の課題とした戦後の日本。インターナショナリズムへと梯子を架け替えるなかで、ハニワを巡る新たな論争も次々と勃発していったようです。そのひとつが岡本太郎による「縄文か、弥生か?」という伝統論争。ほかにも出土遺物の美的な価値を発見したイサム・ノグチのエピソードなど、多角的な視点の展示が展開されています。

最後となる3章では、オカルト、SF、特撮、マンガなど、新たな形で大衆へと浸透していく1960年代以降のハニワが紹介されています。NHKの教育番組で人気を博した「おーい!はに丸」に関する情報も。それらを眺めて「懐かしいなあ」と思いつつ、古代の日本文化が現在の暮らしに深々と溶け込んでいること、それらを違和感なく受け入れている自身の無自覚を実感するかもしれません。

その素朴で静かなる姿からは想像できないほど、歴史の大きな動きのなかで翻弄され続けてきたハニワ。この遺物を取り巻く歴史的背景に終始驚くばかりの展覧会でした。ぜひ会場を訪れてみてはいかがでしょうか。

また、上野の〈東京国立博物館〉では、ハニワや土偶がズラリと並ぶ特別展『挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」』も開催されています。『ハニワと土偶の近代』を観たあとなら、また違った視点でハニワと向き合えるかもしれません。

Information

ハニワと土偶の近代

会期:2024年10月1日(火)~12月22日(日)

会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(東京都千代田区北の丸公園3‐1)

開館時間:10時~17時 (金・土曜は10時~20時、入館は閉館の30分前まで)

休館日:月曜 (ただし11月4日は開館)、11月5日(火)

観覧料:一般1800円、大学生1200円、高校生700園、中学生以下と障害者手帳をご提示の方と、その付添者(1名)は無料

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:東京国立近代美術館サイト

“怖い浮世絵”で納涼! 太田記念美術館にて「浮世絵お化け屋敷」開催中

お盆が過ぎ、朝夕は涼しさを感じるものの、まだまだ日中の残暑が厳しい9月。そんな今こそ、日本古来の方法で涼んでみるのはいかがでしょう?

世界有数の浮世絵コレクションで知られる〈太田記念美術館〉(東京都渋谷区)では、2024年9月29日(日)まで「浮世絵お化け屋敷」と題した展覧会が開催されています。

さまざまな事象が「物の怪の仕業」と強く信じられていた近代以前の日本。恐怖の物語や、震え上がるような出来事が浮世絵で描かれ、恐々ながらも市井の人々に親しまれてきました。

そんな、古人の背筋を凍らせてきた浮世絵を集めた企画展。夏の〆としておもしろそう! と思い、お邪魔してきました。

足がない!

残念ながら館内は写真撮影NG。ぜひ〈太田記念美術館〉の公式サイトを眺めながら雰囲気を感じていただけると嬉しいです。

本展に展示されている作品の多くは、国芳、国貞、広重といった歌川派の面々や、陰惨なモチーフやシーンをよく描いたことから“血まみれ芳年”と呼ばれた月岡芳年など、江戸~明治期に活躍した絵師の作品が中心。

「怒れる亡霊たち」「哀しむ幽霊たち」「祟る怨霊たち」「不気味な屋敷」といったテーマのほか、鬼・天狗・河童といった怪物や妖怪、狐・狸・鵺・土蜘蛛・蛸などの動物を取り上げた作品もありました。

亡霊や怨霊などの作品を眺めていておもしろいなあと思ったのは、足の描き方。その多くが足先が描かれていないんです。

徐々に霞ませ消えていく足もあれば、伸びた餅のようにヒョロ〜ッと描かれたものも。なかにはつま先までしっかり描かれた亡霊もいましたが、多くは足がない。

調べてみると、足のない幽霊を初めて描いたのは円山応挙で、それ以降、日本の幽霊には足が無い場合が多いのだそう。これは日本独自の表現方法のようです。

西郷隆盛の不気味すぎる霊

本展において作品数がずば抜けて多い月岡芳年。躍動感と凄みにあふれた武者絵が有名ですが、惨たらしいものや、おどろおどろしいモチーフも好んで描いています。

本展(後期)に展示されている芳年の作品の中で、最も背筋がひんやりしたのは《西郷隆盛霊幽冥奉書》。霊となった西郷隆盛が真っ黒な軍服に身を包み、「建白」と書かれた奉書を手にしています。その目は焦点が合わず、唇も真っ青で、暗黒からヌッ……と現れたような不気味さ。

この幽冥奉書は大久保利通に宛てたものだとする説が有名なようです(その理由は、ぜひ展覧会場のキャプションでご確認を)。大久保利通が暗殺された直後にこの錦絵を描いた芳年。その意図とは……? なにか底知れない思惑が含まれていそうです。

可笑しみいっぱいの作品も

怖いだけでなく、口の端が緩んでしまうような浮世絵もたくさん展示されています。

月岡芳年による《芳年存画 邪鬼窮鬼》には、邪鬼と窮鬼(いわゆる貧乏神)に恐れおののき、大きな福袋の下に逃げ隠れる恵比寿天と大黒天が描かれています。彼らの表情がとってもユニークで、可笑しみたっぷり。

また、深川木場に現れた河童をオナラで退治するという《東京開化狂画名所 深川木場 川童臭気に辟易》や、神田明神にて7人の影武者といろんな表情で撮影に臨む平将門を描いた《東京開化狂画名所 神田明神 写真師の勉強》など、その斬新な発想力と謎すぎるテーマにニヤリとしてしまうこと間違いなし。

目に見えぬ力を信じ、信仰を大切にしていた江戸時代の人々。こういった浮世絵を前に想像力を働かせ、「おお、こはひ……」と夏をやり過ごしていたのでしょう。そんな当時の人々の畏怖にも思いを馳せながら、ぜひ〈太田記念美術館〉で涼しいひと時を過ごしてみてはいかがでしょうか。

Information

浮世絵お化け屋敷

会期:2024年8月3日(土)~9月29日(日)

会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)

開館時間:10時30分~17時30分(入館は17時まで)

休館日:9月9日、17日、24日は休館

観覧料:一般1200円、大高生800円、中学生(15歳)以下無料

※中学生以上の学生は学生証をご提示下さい。

※障害者手帳提示でご本人とお付き添い1名さま100円引き。

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:太田記念美術館公式サイト

さまざまな“いきもの”をモチーフとした逸品に眼福!〈皇居三の丸尚蔵館〉の「いきもの賞玩」展

皇室に受け継がれた品々を保存・調査・研究するための施設としてひらかれている、東京・大手町の〈皇居三の丸尚蔵館〉。現在、「いきもの賞玩」と題した展覧会が2024年9月1日(日)まで開催されています。

私たちの身の回りに存在する小さないきものたち。天皇家もそれらの存在を身近に感じ、心を配り、生き物をモチーフとした美術品も身近に置いてきたようです。

上の写真は明治時代後期~大正時代に制作され、宮内省に収蔵されている牙彫作品「羽箒に仔犬」。羽箒のヒモをくわえて遊ぶ、まるまるとした仔犬の愛らしさ……! 象牙の丸彫りでつくられています。

このようないきものがモチーフとなった逸品が、入れ替えを含めて52品展示されている本展。あの有名な“国宝”も拝観できるとあって、お邪魔してきました。

伊藤若冲筆の国宝「池辺群虫図」も!

書跡、軸などが中心の「詠む・描く」の章には、昆虫や鳥を詠んだ漢詩や和歌、動物が描かれている場面の絵巻などが展示されていました。

流麗な筆致で書かれたこちらは、江戸時代中期の公家・近衛家煕が、花と鳥を題にとった和歌を十二カ月撰んで書写した「十二月花鳥和歌」です。

藤原定家の自撰歌集『拾遺愚草』から引用した和歌とのことで、十月は鶴、十一月は千鳥が題となっています。鳥をテーマに寂寥感を醸す歌もステキですが、あまりにも気品漂う麗しい書と、月によって変わる文字の構成に、しばし見とれてしまいました。

こちらは、円山応挙に師事した山口素絢の「朝顔狗子図」。犬好きとして知られる応挙にならって、素絢も可愛らしい仔犬を描いたそう。

コロコロとした仔犬のあどけない表情と、繊細に描かれた朝顔が清々しい。隣に佇んでいたインバウンドで来たらしい外国人の少女が、この絵を見て「Cute……!」と小さく呟いているのが印象的でした。

そして、本章の最たる見どころは、伊藤若冲の「動植綵絵 池辺群虫図」。

全部で30幅あるという「動植綵絵」。そのうちのひとつ「池辺群虫図」は、初めて目にした瞬間、なんとも鮮やかな色彩に驚きました。

瓢箪がたわわに実る池のまわりに棲むいきものたち。どれも生き生きと繊細な描写で描かれ、いきものたちの会話が聞こえてくるような不思議な感覚があり、飽かず眺められます……!

江戸時代中期に描かれたものにしては保存状態が非常によく、皇室にとっても特別な美術品であることが伝わってきました。眼福です。

虫の大名行列⁉

かつての明治宮殿を飾るためにつくられた大きな花瓶や壁掛けなどが展示されている「かたどる・あしらう」の章。「羽箒に仔犬」も本章に展示されています。

見応えのあるさまざまな美術品のなかでも、特にインパクトのあった「竹籠に葡萄虫行列図花瓶」。高さ1メートル程の白磁の花瓶に、竹編みの籠やブドウの蔦・葉などを装飾し、その奥にさまざまないきものがあしらわれています。

コオロギ大名を駕籠に乗せ、隊列を成すバッタの従者。これは大名行列を描いているのだそう! その行列を眺めるアマガエルもいます。

この発想自体がとてもユニークかつ、竹籠も、ブドウの蔦も、すべて陶磁でできているという驚愕の逸品。こちらも飽かず眺めて楽しめます。手がけたのは初代・宮川香山です。

続く「いろいろな国から」の章は、公務においてさまざまな国と交流するなかで、各国から贈られた美術品が展示されています。美しいガラスの花瓶にあしらわれた魚、宝石の鳥、古代の壺に描かれた生き物など、日本で生まれた芸術品とは大きく異なる、それぞれの美しさがありました。

目の肥えること間違いなしの本展は、9月1日まで。展覧会を楽しんだあとは、開放されている皇居内の散策も楽しいです。ぜひ訪れてみてください!

Information

いきもの賞玩

会期:2024年7月9日(火)~9月1日(日)

会場:皇居三の丸尚蔵館(東京都千代田区千代田1‐8 皇居東御苑内)

開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)

※毎週金曜・土曜は夜間開館、20時まで開館(最終入館は19時30分まで)

※ただし8月30日(金)を除く

休館日:月曜

観覧料:一般1000円、大学生500円

※高校生以下及び満18歳未満、満70歳以上の方は無料。入館の際に年齢のわかるもの(生徒手帳、運転免許証、マイナンバーカードなど)をご提示ください。

※障害者手帳をお持ちの方とその介護者各1名は無料(日時指定不要)。

※事前に日時指定をお願いします(一般・大学生・高校生以下および満18歳未満、満70歳以上の方が対象)

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:

皇居三の丸尚蔵館

入館チケット予約

大河ドラマ「べらぼう」の題字をはじめ、世界から注目が集まる書家の展覧会『石川九楊大全』

東京都上野にある〈上野の森美術館〉では、書家・石川九楊さんの全軌跡を辿る展覧会『石川九楊大全』が2024年6月8日(土)~7月28日(日)の期間で開催されています。

石川さんといえば、2025年放送予定の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の題字を担当したことで、近年ますます注目が集まっています。

「前衛書」と呼ばれる戦後の水準を超えた、現代に共鳴する“書”の地平を切り拓いてきた石川さん。これまでに制作した約2000点の作品から300点が厳選され、「前期」と「後期」で作品を入れ替えて展示。現在は、後期『【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ』が開催中です。(ちなみに前期は『【古典篇】遠くまで行くんだ』というタイトルでした。)

御年79歳という書家の書業に触れたく、美術館を訪ねました。

大河ドラマの題字に採用された書も展示されています!

書は「文字」ではなく「言葉」を書く表現

「お願いだから『書』と聞いて習字や書道展の作品を思い浮かべるのではなく、筆記具でしきりに文章を綴っている姿を思い浮かべてほしい。本展を鑑てのちは。」

このような石川さんのステートメントからスタートする〈第一室〉。トンネルのような薄暗がりで無彩色の作品を鑑賞するという、ちょっと意表をつかれる演出です。

〈第一室〉に並ぶのは1960~70年代に制作された作品。詩人・谷川雁、鮎川信夫、吉本隆明らの言葉や、「磔刑」「吊」といった穏やかではない言葉の書が並び、それらは升目に整頓された文字ではなく、押し寄せる感情をそのまま筆に乗せて走らせた、生き物のような言葉の羅列。書道展などで観る作品とは全く異なる、どちらかといえば現代アートにも通ずるような書が60年代には生まれていたことに驚きました。

石川さんが、ここに発しここに帰結するとする「書は『文字』ではなく『言葉』を書く表現である」という書業。このあとも、この言葉をまざまざと目の当たりにすることになりました。

“語り部”のような書

〈第一室〉を抜けると、パッとひらけた大空間の〈第二室〉が。そこには灰色の紙に言葉を隙間なく連ねたタペストリーのような作品や、何メートルと横に広がる作品や、言葉がゾワゾワと蠢いているようにも見える衝立などが並んでいます。〈第二室〉に入った瞬間、言葉と、言葉にこもった重みと、書に向き合った時間の集積とが、洪水のように押し寄せ、溺れるような感覚に陥りました。

こちらに展示されている作品は、聖書の言葉を題材にした若き日の代表作「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」が中心。うねるように書きなぐったり、かすれたり、流麗だったりと、書にはさまざまな抑揚が。それはまるで語り部が、声を荒げ、怒り、泣き、平静を取り戻し、笑ったり、小声になったりしながら物語る様子をそのまま書で表現しているよう。生々しさをこんなにも感じる書を見たのは初めてかもしれません。

書の新時代を切り拓く展覧会

その後も、膨大な作品に圧倒されっぱなしの『石川九楊大全』。〈第三室〉以降は、若き日の探求と試行から生まれた新たな書の表現へ。字一つひとつを分解し、象形化していくような試みも見られます。

〈第四室〉には、俳人・河東碧梧桐の句をモチーフに、2020年に制作された115作品が並びます。〈第五室〉では、小説家・思想家のドストエフスキーや、詩人の吉増剛造の作品を、現代に共鳴する新たな書の表現に昇華させた作品が。さらに、福島第一原子力発電所事故の責任と第二次世界大戦の責任の在り方をリンクさせた「二〇一一年三月十一日雪―お台場原発爆発事件」、その原発事故と東京五輪について言及した「東京でオリンピック?まさか!」、コロナ渦をうけて綴った「『全顔社会』の恢復を願って」など、現代の不合理を追撃した自作詩をつくり、それらを書で表現しています。

東アジアで生まれ、さまざまに発展し、戦後以降は、際立った発展がなかったという「書」の世界。ですが、石川さんを中心として今、新しい書の表現が生まれる時代に突入しているのかもしれません。その新時代を切り拓くきっかけにもなりそうな本展、おすすめです!

新潟県の銘酒「八海山」のラベルに採用されている書は石川さんが書かれたものなのだとか!

Information

石川九楊大全

会期:2024年6月8日(土)~7月28日(日)

【前期】2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【後期】2024年7月3日(水)~7月28日(日)

会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園 1-2)

開館時間:10時~17時

※入場は16時30分まで

休館日:会期中無休

観覧料:一般・大学生・高校生2000円

※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方と付添いの方一名は無料

リンク:石川九楊大全公式サイト 

高名な画家によるワンちゃん・ネコちゃんの名画が一堂に会す『犬派?猫派?』展

散歩中に主人の顔を振り返り、振り返り、うれしさを隠せないワンちゃん。名前を呼んでも顔すら上げないのに、あるときはベッタリと甘えてくるネコちゃん。ひとたび家族となれば、人間と同じように愛しく、いなければ寂しさを覚える動物たち。そんな動物への感情は遠い昔から変わらないもののようです。

東京都広尾にある〈山種美術館〉で開催中の『犬派?猫派? -俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで-』は、17世紀〜現代の画家による、犬もしくは猫(一部鳥も)を題材にした56作品の展覧会。

副題の通り、高名な画家の作品も並びますが、各章には「ワンダフルな犬」「にゃんともかわいい猫」「トリ(最後)は花鳥画」と、洒落を効かせたラフなタイトルが。肩の力を抜いて、顔をほころばせながら楽しめる内容になっています!

「ワンダフルな犬」

展覧会場のトップを飾る作品は、“琳派の祖”と呼ばれる俵屋宗達の《犬図》。ブチ模様の小柄な犬が「早くおいでよ!」といわんばかりに後ろを振り返り、楽しさのあまり飛び跳ねているよう。全身で喜びを表すワンコの姿が愛おしく、宗達はこの絵を描いたのかもしれません。

続く作品は、円山応挙の《雪中狗子図》。観た瞬間「かわいい〜」と目尻が下がること間違いなし。5匹の仔犬のころころまるまるとした体、邪のないつぶらな目、トロンと眠そうな顔。仔犬の愛らしさがそのまま画中に! 犬好きとして知られる応挙。17世紀頃は犬が作品の題材になることは少なかったようですが、応挙は好んでよく仔犬を描き、その絵の愛らしさに当時から人気を博していたのだそう。

そして、応挙に師事した長沢芦雪も仔犬図をたくさん描いたひとり。本展にも3作品が展示されています。そのうちのひとつ《菊花子犬図》がこちら。

かわいさ、爆発。戯れる9匹の子犬の表情も、しぐさも、なんともユーモラスです。きっと芦雪も「かわいや〜、かわいや〜」と目をトロントロンにしながら描いたのではないでしょうか。師である応挙の作品と比べながら楽しむのもおすすめです。

ほかにも、伊藤若冲の作品や、当時珍しかった洋犬(ダックスフントらしき犬)が描かれている《洋犬・遊女図屏風》(作者不詳)、愛犬家であり飼い犬をモデルに多くの絵を描いた川端龍子の作品など、さまざまな画家たちの、さまざまな犬の表現が楽しめます。

「にゃんともかわいい猫」

続く章は猫編。本展の見どころとして上がっているのは、竹内栖鳳の《班猫》です。作品のモデルとなった猫は、旅先の沼津で見かけ、飼い主との交渉の末に自宅に連れて帰ったというエピソードが。栖鳳はこの猫に出会った瞬間、徽宗皇帝の猫の絵を想起し、表現意欲が湧いたのだとか。

ふんわりと描かれた下毛に、写実性を高めていく一本一本の毛描。猫の体温まで感じられるようなリアルさがあります。緑青の瞳もミステリアス。

絢爛さと、ちょっとした異様さを放っていたのは、黒猫、白兎、いくつかの木立(躑躅、枇杷、青桐、紫陽花など)を描いた速水御舟の四曲一双《翠苔緑芝》。琳派作品を意識した大胆な色面と構図にソワソワしてしまうのは私だけ……? なんとも不思議な作品です。御舟はこの絵に対し「もし、無名の作家が残ったとして、この絵だけは面白い絵だと後世いってくれるだろう」と語ったのだそう。

また、「猫に猛獣の面影があるところがよい」と語った藤田嗣治の《Y夫人の肖像》には、ゴージャスなドレスに身を包む女性のそばでゆるりとくつろぐ4匹の猫。そして、即興で描いたという山口晃の《捕鶴圖》には、作戦を立てて鶴を捕獲しようとする擬人化された猫たちの姿が。なにやら楽しげです。

個人的には「猫派」の私ですが、長沢芦雪のガジガジモフモフな仔犬たちにやられ、「犬もいいな……」と気持ちが揺らいでしまった本展。案外、推しを覆す罪深い展覧会かもしれません。会期は7月7日(日)まで!

Information

犬派?猫派?-俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで-

会期:2024年5月12日(日)~7月7日(日)

会場:山種美術館(東京都渋谷区広尾3-12-36)

開館時間:10時~17時

※入館は16時30分まで

休館日:月曜

観覧料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)

※障害者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)一般1200円

※きもの特典:きものでご来館のお客様は、一般200円引きの料金となります

リンク:

山種美術館「犬派?猫派?」特設サイト

強烈な「個性」の創造に至った“最後の文人画家”の回顧展『没後100年 富岡鉄斎』5月26日まで!

今年の春の京都は、山水画・文人画の巨匠に焦点を当てた、ビックな展覧会が続いています。

ひとつは〈京都国立博物館〉で開催中の『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』。先日のブログにて特別展の内容をご紹介しました。

そして、もうひとつが〈京都国立近代美術館〉で開催されている『没後100年 富岡鉄斎』展です。幕末の京都に生まれ、儒学・国学・仏教などの諸学を広く学びながら、同時に南宋画、やまと絵などの多様な流派の絵画も独学した、「最後の文人画家」と呼ばれる富岡鉄斎。大正13年(1924年)に亡くなり、今年で没後100年となります。

そんな鉄斎の画業と生涯を回顧する展覧会を訪ねてきました。

京都国立近代美術館の外観。

『雪舟伝説』の観覧後ならなお驚く⁉ 鉄斎の自由闊達な山水表現

序章にもかかわらず、鉄斎の画業初期~晩期の手前まで一気に辿るという、最初から見応えたっぷりの本展。

最初に強い関心を引かれたのが、初期の大作といわれる屏風《高士隠栖図・松雲僊境図》。右隻と左隻で山水表現が大きく異なり、実験的で、自由闊達で、力強くも優しさが漂っています。

じつは同日の午前中に『雪舟伝説』を観覧してきた筆者。雪舟の作品は日本美術史に大きな影響を与え、多くの画家がその山水描画を手本としていたなかで、鉄斎は全く独自の山水表現を展開。そういった意味でも《高士隠栖図・松雲僊境図》の奔放さに驚くばかりでした。

鉄斎の「印癖」

続く第1章は「鉄斎の日常 多癖と交友」と題し、京都の室町通一条下ルの画室を彩っていたという文房清玩、旧蔵本、筆録などが展示されていました。

「文人多癖」とは鉄斎が好んだ語。陶淵明は「菊」、陸羽は「茶」、米芾は「石」と、中国文人たちはさまざまな癖を楽しんでいたといいます。鉄斎も、文具、絵具、煎茶道具、書物などを蒐集してきたようですが、なかでも癖の代表と呼ばれるものが「印」なのだとか。

本展ではなんと、鉄斎が所有していた120以上の印章がずらり! それらは自身の落款印だったり、江戸時代に活動した文人や大陸からやってきた印だったり。なかには鉄斎が大きな影響を受けたという江戸期の文人画家・池大雅刻のものや、鉄斎が晩年に交流した「清代最後の文人」呉昌碩による刻印もありました。鉄斎の癖だけでなく、幅広い交友関係をもうかがえる内容でした。

老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に……

良い絵を描くには「読万巻書行方里路(万巻の書を読み、万里の路を行く)」という先人の教えを重んじた鉄斎。妻の出身地である伊予、耶馬渓、富士山頂、蝦夷など、鹿児島から北海道まで旅し、各地の景勝を辿ったといいます。第二章は全国各地を巡った鉄斎の画業を振り返る章。

そして最終章は、西洋美術の到来によって「個性」が尊ばれ、多くの画家たちが新動向に右往左往した大正時代に、「画を以て法を説く(絵によって道徳や真理を語る)」という古風を貫き、主題に画風を合わせ、先人の“筆意”に思いを馳せ、己を信じるままに貫いた鉄斎の円熟期(70~80歳)の作品に焦点が当てられていました。

本章に並ぶ作品は、これまで以上に自由度が増し、すさまじい迫力に満ちあふれています。特に本展のパンフレット表紙を飾る《妙義山図・瀞八丁図》の、大地の鼓動やエネルギーといったものを山水図に漲らせる境地。老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に展開していったようです。

西洋美術の到来に右往左往した誰よりも、強烈な「個性」の創造に至った鉄斎。最終章に並ぶ作品群に胸が震えました。

パンフレット表面。下が鉄斎71歳で描いた《妙義山図・瀞八丁図》の右隻。

ところで、東京の〈東京国立博物館〉では、清代最後の文人・呉昌碩の『生誕180年記念 呉昌碩の世界』展(2024年1月2日~3月17日)が、〈出光美術館〉では、江戸期の文人画家・池大雅の大回顧展『生誕300年記念 池大雅―陽光の山水』(2024年2月10日~3月24日)などが行われてきました。2024年は山水画や文人画の魅力を再考するスペシャルイヤーになるのかもしれません。

『没後100年 富岡鉄斎』の会期は5月26日まで。閉幕も間近です。近隣の方、京都を訪れるご予定のある方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

京都国立近代美術館の入口は、平安神宮の大鳥居が目印です。

Information

没後100 富岡鉄斎

会期:2024年4月2日(火)~5月26日(日)

会場:京都国立近代美術(京都市左京区岡崎円勝寺町)

開館時間:10時~18時

※金曜は20時まで開館

※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

観覧料:一般1200円、大学生500円

※高校生以下・18歳未満は無料(入館時に証明できるものを提示)

※心身に障害のある方と付添者1名は無料(入館時に証明できるものを提示)

『雪舟伝説』展だけれど『雪舟展』ではない⁉ 画聖・雪舟が美術史に与えたインパクトを紐解く展覧会

京都府東山区の〈京都国立博物館〉では、2024年5月26日(日)まで『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』という名の特別展が開催されています。

雪舟は、日本美術史上最も有名で重要な画家とされています。確かに、誰もが歴史の教科書でその名を耳にし、一度は作品を目にしたことがあるはず。

室町時代を生きたひとりの画家が、なぜこれほどまでに評価されているのでしょう? そしてパンフレットには大きく「『雪舟展』ではありません!」との注意書きが。『雪舟伝説』展なのに『雪舟展』ではない? 頭に渦巻く「??」を携えて、京都へ遠征してきました。

〈京都国立博物館〉内にある、バロック様式の明治古都館。宮内省内匠寮の技師であった片山東熊による設計です。(※雪舟展は隣に佇む平成知新館で開催されています)

「雪舟筆」と伝わる、国宝6件を含む銘品が一堂に会す第一章

国宝に認定された雪舟の6件すべてが展示されているという本展。ワクワクしながら展覧会場へ足を踏み入れると、その国宝6件すべてが第一章に集結! 入館早々度肝を抜かれました。

展示のファーストを飾るのは、歴史の教科書でも目にする《秋冬山水図》です。「秋景」と「冬景」の2幅対になっており、意外と小さな画面なのだな、というのが第一印象。間近で見ると荒々しい筆致、奥行きのある侘びの世界――。静寂さがありながらも不思議と圧倒されます。

続くは、京都の名勝地・天橋立を上空から眺めたような《天橋立図》、中国・南宋の宮廷画家・夏珪の名画を参考に、さまざまな山水表現を描いた16mもの大作《四季山水図巻》、現存する唯一の花鳥画とされる《四季花鳥図屏風》、達磨に弟子入りを懇願し左肘を切り落とした慧可決意の図《慧可断臂図》など、傑作といわれる名画がずらり。眼福です。

左の作品が雪舟筆とされ、現存する唯一の花鳥画《四季花鳥図屏風》。右は伊藤若冲が雪舟の作品のオマージュとして描いた《竹梅双鶴図》。(展覧会チラシ表)

これらは「雪舟筆」と認定されているものや、無款でありながら「伝雪舟筆」とされているもの、雪舟筆と伝わりながらも現在は認められていないものなど、さまざま。

雪舟の作品は古来から現在まで、真筆か否かの議論が繰り返されているといいます。そんな背景からも「日本美術史上で最も重要な画家」という評価にうなずけるような章でした。

眩暈がするほど豪華! 雪舟を慕う日本画家の作品がずらり

第二章も雪舟筆とされる作品が並びますが、第三章以降は、雪舟の作品に大きな影響を受けた、さまざまな時代の画家の作品が主に展示されています。

長谷川等伯、雲谷等顔、狩野探幽、尾形光琳、曾我蕭白、丸山応挙、伊藤若冲など、日本の美術史における錚々たる巨匠の作品がずらり。豪華すぎて眩暈がするほど……。(「雪舟展ではありません!」という注意書きに納得です)

雪舟の作品の模写をする者、自身の作品に雪舟の描法を取り入れた者、構図は雪舟作品そのままに、模写ではなくオリジナルの作品に仕立てる者――。画家たちの師範であり、手本であり、憧れであり、目指すべき存在であった雪舟。日本美術史を代表する画家への影響力を、まざまざと感じることができました。

「我こそが●代目!」雪舟の後継者を名乗る画家たち

展示のなかで面白く感じたのは、雪舟の後継者を名乗る画家の多さ。桃山時代には、長谷川等伯(長谷川派)と雲谷等顔(雲谷派)が、雪舟画風を規範とする作品を多く手がけ、それぞれに後継者を名乗っていたといいます。

特に、雪舟を画祖として仰ぎ、雪舟の後継者を主張した等伯。今回展示されていた作品にも「自雪舟五代」(雪舟より5代)という款記がありました。

また、雲谷派の画僧・等禅は「9代」、江戸時代を生きた桜井雪館は「12代」、長谷川雪旦は「13代」と、我こそが雪舟の後継者であると名乗っています。こうした名乗りが一種の権威として機能していたそう。雪舟はいつの時代も「画聖(カリスマ)」であった、というのも納得のエピソードでした。

雪舟に影響を受けた画家の紹介だけでなく、逆に雪舟の“神格化”を促した「狩野派」一派の作品展示も。

また、旅の途中に雪舟が見た景色と同じものを見ていると確信し、その感動を《駿州八部富士図》に描いた、洋画の開拓者・司馬江漢。さらには、雪舟作品が一種のステータスシンボルであったことを感じさせる、江戸時代に描かれた春画。さまざまな画家の多様な作品に雪舟崇拝の痕跡が見られます。

雪舟が美術史に与えたインパクト、近世における高い評価、それらが丁寧に紐解かれた、興味深い展覧会でした。あまりにも見応えがあり過ぎて、終盤はへとへとに。

本展は京都のみで開催され、残念ながら巡回はありません。会期は今月26日(日)までです。京都へお出かけ予定がある方は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

Information

特別展 雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―

会期:2024年4月13日(土)~5月26日(日)

会場:京都国立博物館(京都市東山区茶屋町527)

開館時間:9時~17時30分 ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

入館料:一般1800円、大学生1200円、高校生700円

※中学生以下、障害者手帳等をご提示の方とその介護者1名は、観覧料が無料(要証明)

音声ガイド:あり(貸出料650円/1台)

リンク:京都国立博物館 公式サイト

千利休・古田織部・小堀遠州の銘品がずらり! 展覧会『茶の湯の美学』開催中

東京・日本橋にある〈三井記念美術館〉では、江戸時代初期に茶の湯界をリードした「千利休」「古田織部」「小堀遠州」に焦点を当てた展覧会『茶の湯の美学―利休・織部・遠州の茶道具―』が2024年6月16日(日)まで開催されています。

「茶の湯」といえば必ず名前のあがるこの3人。彼らが生きた1500年代、ほかにも茶道に精通した武将や茶人は多くいました。それでもこの3人が著名なのは、自身の美意識を茶の湯に投じ、独自の世界を切り拓き、確立させた存在であるからです。

本展では、利休を「わび・さびの美」、織部を「破格の美」、遠州を「綺麗さび」と、各人の美意識にテーマを打って茶道具を展示。それぞれが愛した世界観や、3人の真実の姿に触れられる展覧会となっています。

パンフレットの3つの銘品が一堂に!

展示室1には、本展のパンフレットを飾る、3人の美意識の象徴や代表格ともいうべき茶碗が展示されています。これらが一堂に会され、それを比較しながら眺める楽しさたるや……!

千利休「わび・さびの美」 黒楽茶碗 銘:俊寛(重要文化財)

利休といえば「黒楽茶碗」。展示されていたのは、16世紀に長次郎によって作陶された、銘を「俊寛」とする重要文化財です。

きめ細かい黒肌に、鈍い艶。まるで溶けた溶岩が冷え固まったような“静”を感じる一方で、その内側には赤いマグマが潜んでいるような、なにか“野心”とでもいうような強烈なエネルギーを放っています。「利休好み」といわれるものは静寂のイメージが強い印象ですが、個人的には煮えたぎる熱量を感じずにはいられません。

展示室4には、利休好みの「黒楽平茶碗」(長次郎 作)も展示されています。

古田織部「破格の美」 大井戸茶碗 銘:須弥 別名:十文字

続いて、織部を主人公とする漫画『へうげもの』(山田芳裕 作)にも登場する「大井戸茶碗」が、織部を象徴する銘品として展示されています。

もともとは形が大きく、歪んでいたというこの茶碗。それを割って小さくし、十文字に継いだというエピソードは有名です。まさに「ひょうげ」と称される織部の、既成概念から脱出しようとする試みに、目元口元が緩みます。

小堀遠州「綺麗さび」 高取面取茶碗

そして、利休の茶の湯を継承しつつ、15歳から織部に茶を学んだ遠州。徳川家康・秀忠・家光の三代の将軍に仕え、茶の湯を指南した人物です。

その遠州を象徴する銘品が「高取面取茶碗」。やや薄めにつくられた端正な半筒形に、黄茶の艶めく釉薬が厚く掛かっています。その色味や釉薬の表情。率直に“美しい”です。利休や織部に比べれば、強烈すぎるほどの個性は一見感じられませんが、眺めれば眺めるほど味わい深く、端正なその姿にしばし見とれてしまいました。

自由でクリエイティブな、3人の茶の湯の世界

展示室7まで、3人の美意識を見出せる茶道具が展示されている本展。なかには、利休のわび茶の師である村田珠光・武野紹鷗・北向道陳が所持していた茶道具や、3人の消息(手紙)なども展示されています。

消息にはそれぞれの時代的背景が垣間見られ、本展の目的でもある「3人の真実の姿」を知る手がかりになり、なかなか興味深いです。

そして、さまざまな展示品を介して知る、三者三様の美学と世界観。そこには、自由でクリエイティブな茶の湯の世界が広がっていました。

一般的な茶道のイメージは、格式ばった作法や所作が求められ、少し堅苦しいイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。一方で、茶の湯の本家・3人に倣い、自分の世界観や好みを組み合わせ、もっと自由に楽しんでいい世界なのかもしれません。

16世紀に描かれた「聚楽第図屏風」も展示。聚楽第は1587年に豊臣秀吉の屋敷を兼ねた居城。秀吉が催した大規模な茶会「北野大茶湯」の会場となったことでも有名です。

伝説ともいえる銘品に出会える本展、おすすめです。ぜひGWのお出かけ候補に加えてみてはいかがでしょうか。

Information

茶の湯の美学―利休・織部・遠州の茶道具―

会期:2024年4月18日(木)〜6月16日(日)

会場:三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2‐1‐1)

開館時間:10時〜17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜(但し4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)

入館料:一般1200円、大学・高校生700円、中学生以下無料

※70歳以上の方は1000円(要証明)

※リピーター割引:会期中、一般券・学生券の半券のご提示で、2回目以降は割引あり

※障害者手帳をご呈示いただいた方、およびその介護者1名は無料

音声ガイド:あり(貸出料650円/1台)

リンク:三井記念美術館 公式サイト

「源氏物語」屏風や、国宝「更級日記」など、近世の御所を飾った絢爛の品々に眼福!『皇室のみやび―受け継ぐ美―』展

東京都千代田区の皇居東御苑内に1993年に開館した博物館〈三の丸尚蔵館〉。2019年から建て替え工事が進められてきましたが、2023年11月に〈皇居三の丸尚蔵館〉として開館しました。

現在、開館記念展として「皇室のみやび―受け継ぐ美―」を開催中。2023年11月3日(金・祝)から2024年6月23日(日)の約8か月間、4期に分けてテーマを変え、皇室に受け継がれてきた多種多彩な収蔵品を公開しています。

5月12日(日)までは「第3期:近世の御所を飾った品々」をテーマに、京都御所に伝えられた御在来や、宮家を飾った絵画や書、工芸などを展示。宮家に捧げられた品々とあらば、一級のなかの一級品であることは確実。目を肥やすべく本展を訪ねました。

金や銀に彩られた、絢爛の調度品がずらり

〈皇居三の丸尚蔵館〉へは、地下鉄の大手町駅で下車し、皇居正門の大手門へ。堂々たる門をくぐり、美しい石垣の通路を抜けていくと、博物館がお目見え。ちなみに、入館するにはオンラインでの事前予約が必要です。

展示品が並ぶ館内に入った瞬間、目に映るのは黄金色に輝く品々ばかり!

まず正面に飾られていたのは、金の梨子地に、金や銀の蒔絵で菊花紋様をたっぷりと施した厨子棚。京都御所の伝来品だそうで、その絢爛さに「さすが宮家……」と唸ってしまいます。

《蔦細道蒔絵文台・硯箱》

さらに、金銀煌めく華麗な蒔絵硯箱に、流水・岩・咲き乱れる菊花などの緻密な蒔絵が施された歌書箪笥――。これら金銀の調度品を普段使いにしていたかどうかはわかりませんが、“天子”を中心とする宮家の権威とその雅やかさに度肝を抜かれました。

《箏 銘 團乱旋(とらでん)》

《笙 銘 錦楓丸(きんぷうまる)》

また、貝で獅子を彫って象嵌した「箏」、雅楽で使う「龍笛」や「笙」などの展示も。歴代の天皇や皇族は、学問だけでなく文化芸術にも造詣が深かったとのこと。これらの楽器に触れ、雅楽にも熱心に取り組み、親しんでいたのでしょう。

個人的に素敵だと思ったのが、こちら。《菊花散蒔絵十種香箱》です。

《菊花散蒔絵十種香箱》

組香で使用する道具をひとつの箱にコンパクトにまとめたもので、婚礼調度品のひとつだったといいます。入内した女性達は、このような雅びな遊びを楽しんでいたんですね。

御所を飾った屏風にちょっと意外なモチーフが

続く展示室には、御所を飾った衝立や屏風が展示されています。今、某ドラマでも話題の「源氏物語」を取材した、旧桂宮家伝来の《源氏物語図屏風》も見事です!

桃山時代に狩野永徳によって描かれたとされ、かつての宮廷内の様子、過ごし方、美しい御召物など、さまざまに目を奪われます。なかには光源氏の姿も。ぜひ探してみてください。

《源氏物語図屏風》伝 狩野永徳

個人的にじっくり眺め入ったのは、1747年に渡辺始興によって描かれた《四季図屏風》。団扇型、菱形、丸形、六角形など6つの絵のなかに四季の移ろいが表されています。

《四季図屏風》渡辺始興

第115代・桜町天皇が1747年に退位したあとに住まう仙洞御所のために制作された作品とのこと。松竹梅や雁といった縁起のよいモチーフに加え、田植え期の素朴な農民たちを描いた画も加わっています。

絢爛な世界に暮らしつつも、それらの生活が成り立つのは、米や野菜を育て、漁をし、機を織り、普請する、農民や庶民の存在があってこそ。そんな理を常に忘れまいという思いが、この画に託されているのかもしれません。

また、本展の目玉のひとつである、藤原定家が書写した《更級日記》(国宝)も展示されています。この定家直筆の古写本にまつわるエピソードがちょっとおもしろいんです! 外部サイトになりますが、「美術展ナビ」に詳しく紹介されているので、チェックしてみてください。

国宝《更級日記》藤原定家

展覧会を堪能したあとは、一般公開されている皇居東御苑を散策するのもおすすめです。本丸、天守跡、富士見櫓、番所など、江戸城の面影を探すのも一興。また、上皇上皇后両陛下がご提案し、ご植樹された果樹や樹木なども目にすることができます。

春風も心地いいこれからの季節、ぜひ展覧会とあわせて訪ねてみてはいかがでしょうか。

Information

開館記念展「皇室のみやびー受け継ぐ美ー」

第3期:近世の御所を飾った品々

会期:2024年3月12日(火)~5月12日(日)

(前期:3月12日(火)~4月7日(日)、後期:4月9日(火)~5月12日(日))

会場:皇居三の丸尚蔵館(東京都千代田区千代田1‐8 皇居東御苑内)

開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)

休館日:月曜

入館料:一般1,000円、大学生500円

※入館にはオンランでの事前予約が必要です

※障害者手帳をお持ちの方とその介護者各1名は無料

リンク:皇居三の丸尚蔵館 公式サイト