〈日本民藝館〉が所蔵する「棟方志功」作品を大公開! 第2章「敬愛のしるし」開催中

ふっくらとした頬を持つ女人や仏教を題材とした板画、倭画、墨書、油彩など、数多くの作品を遺した板画家・棟方志功。エネルギーとパッションのすべてをぶつけたような、どこかプリミティブさも感じる棟方の作品たち。今もなお、多くの人の琴線に訴えかけ、サムライオークションでも作品の取り引きが行われる人気作家のひとりです。

東京都渋谷区にある〈日本民藝館〉では、現在「棟方志功展」が開催されています。3つの会期に分けて「言葉のちから(会期:2025年6月14日~7月27日)」「敬愛のしるし(8月2日~9月15日)」「神仏のかたち(9月21日~11月5日)」をテーマに実施されています。

現在は、棟方が師と仰ぐ人物や、彼を支えた後援者などへ畏敬の念を込めて制作された作品を中心とした特別展・第2章「敬愛のしるし」が開催中。日本民藝館の創設者である柳宗悦、陶芸家・河井寬次郎、濱田庄司などとの交流にも触れた内容ということで、お邪魔してきました。

装丁を柳宗悦が、軸端を濱田庄司が手がける⁉

日本民藝館のエントランス真正面にある大階段には、24柵からなる《鐘渓頌》がずらりと並んでいました。この《鐘渓頌》は、棟方の戦後第1作目となる作品。京都にある河井寛次郎の窯「鐘渓」の名を取り、河井を讃えて制作したシリーズとのこと。シンメトリーに造られたインパクトのある館内に、更なるインパクトを与えるような棟方作品の羅列に圧倒されます。

ところで、大正期に隆盛した「民藝運動」を牽引した思想家・柳宗悦。棟方の才能を認め、後援し、作品の指導監修なども務めた人物として知られています。一方の棟方も、柳との出会いによって美や宗教への理解を深め、生涯の師として仰いだとされています。そんな二人の深い絆はさまざまな作品にも表れています。

本展に展示されている《心偈頌》は、柳の心境を述べた短い句「心偈(こころうた)」に絵を添えて、77枚の柵にした作品群。病床にある柳を励ますために棟方が制作し、届けたというエピソードがあります。

また、2人の女人が彫り描かれた《工楽頌・両妃散華》。身体の筋に沿った彫りによって躍動感のあるポーズをとる紅い女人と、入れ墨のような紋様に畏怖を感じる蒼い女人。花散る楽園で躍っているのでしょうか。画面いっぱいの構図がダイナミックです。この作品の装丁は柳が手がけ、陶製の軸端を濱田庄司が制作したのだそう。民藝運動の面々との深い関係性が伺えます。

《工楽頌・両妃散華》棟方志功 1951年

後援者の病気平癒を船上から祈る

さまざまな後援者に支えられ、活動を続けてきた棟方。《心偈頌》は柳宗悦に、《鐘渓頌》は河井寛次郎に、《工楽頌・両妃散華》は工楽長三郎にと、「~~頌」と題打たれた作品は、その支援者への感謝と敬愛を表したもののようです。

下の写真は、水谷良一の病状回復を願って制作された《水谷頌・讃仏偈板画経 布施の柵》。官僚であり、民藝運動メンバーでもあった水谷は、造詣の深い能や仏典といったテーマを棟方に与え、多大なる後援を行った人物です。

棟方が渡米する際、病気の体をおして見送りに来た水谷。船の上で浄土真宗の経文を彫り、病気平癒を願ったというのがこちらの《布施の柵》。棟方の人となりが伺えるような、とても印象的なエピソードでした。

《水谷頌・讃仏偈板画経 布施の柵》棟方志功 1959年

最大のパトロンともいえる柳が所蔵した棟方作品をさまざまに鑑賞できる本展、おすすめです。9月21日(日)からは特別展・第3章となる「神仏のかたち」がスタートします。「敬愛のかたち」とはまた趣向の異なる作品に出会えるはず! ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

Information

棟方志功展

会期:

「棟方志功展Ⅰ 言葉のちから」2025年6月14日(土)~7月27日(日)

「棟方志功展Ⅱ 敬愛のしるし」2025年8月2日(土)~9月15日(月・祝)

「棟方志功展Ⅲ 神仏のかたち」2025年9月21日(日)~11月5日(水)

会場:日本民藝館(東京都目黒区駒場4-3-33)

開館時間:10時~17時(最終入館は16時30分まで)

休館日:月曜(祝日の場合開館し、翌日休館)

入館料:一般1500円、大高生800円

TEL 03-3467-4527 

リンク:日本民藝館公式サイト

文房清玩愛好家にとって垂涎の展覧会!「書斎を彩る名品たち—文房四宝の美—」

「文字や画を書く」という文化の誕生と発展によって生まれた、さまざまな筆記用具。なかでも筆・墨・硯・紙は最も重要な文具と位置づけられ、「筆墨硯紙(ひつぼくけんし)」や「文房四宝(ぶんぼうしほう)」と呼ばれます。サムライオークションでも古硯などの出品がいくつかあり、蒐集されている方もいるのでは?

この文房四宝を中心とした展覧会『書斎を彩る名品たち—文房四宝の美—』が、東京都文京区の〈永青文庫〉にて、2025年8月31日(日)まで開催されています。

本展は、肥後熊本を治めた大名細川家16代・細川護立氏(1883~1970)が蒐集し、愛玩した文房四宝コレクションの中から、選りすぐりの60点あまりを紹介するもの。幼少期から漢籍に親しみ、中国の陶磁器や仏像に関心を広げてきた護立氏は晩年、夕食後に硯と筆を用意させ、書に親しんだといいます。

そんな永青文庫の設立者でもある護立氏の審美眼にかなった文房四宝とは?

犬養毅の旧蔵品も! 色、石質、彫刻の美しい「硯」たち

「硯」「墨」「筆」「紙」と展示が展開する本展。ほかにも硯屏、水注、筆筒、箪笥、印材といった「文房清玩」も並びます。

まず「硯」が陳列されている4階の展示室に入ると、大きな円板型の《馬肝色大円形端渓硯》が堂々と鎮座。そのサイズは直径34センチ。馬肝色と呼ばれる赤紫色の硯面には、瑪瑙や年輪のような自然界の生み出す美しい紋様が見られます。

また、虫蛀と呼ばれる石の自然造形を生かしながら風景に見立てた《岫雲硯》や、龍や海獣などの緻密な彫刻が施された硯、あえて墨池をつくらずに「蕉葉白」「火捺」「朱磋釘」「金線」といった特徴的な石紋を愛でる両面硯など、形も色もさまざまな古硯が目を楽しませてくれます。

《岫雲硯》 清時代 雍正6年(1728)銘 永青文庫蔵

硯の展示枠の最後を飾るのは、犬養毅の旧蔵品という《王漁洋淄硯》。硯面には、中国清代初期の詩人・王漁洋の銘、硯背には清朝時代の詩人・盛百二、同じく清朝時代の官吏・学者の沈廷芳の銘が彫られてあるそう。そして、外箱に羅振玉の銘、硯箱には犬養の銘も刻まれています。黄土色のごつごつとした趣きのある石で、墨磨りされたような痕跡も。清初~昭和にかけて日中の名家を渡り歩いた名品を拝見できるとは……! なんとも貴重な機会です。

「墨・筆・紙」の貴重な逸品に眼福!

3階展示室では「墨」「筆」「紙」をテーマに展示。

「墨」の展示枠では、表に乾隆帝の詩、裏に緻密な楼閣山水の彫刻が施された9つの墨セット《乾隆年製 御製詠墨詩墨》や、如意の形をした大型墨、硯と同様に緻密な彫りが施された大小さまざまな墨が並んでいました。

そして、金巻を施した小判型の《壽墨》は、富岡鉄斎が古希を記念して墨匠・鈴木梅仙に制作を依頼したという逸品。金地に鮮やかな緑で「壽」と書かれ、実に有難いものを拝見したような心持ちに。

犬養毅の旧蔵品だったという《御墨乾隆辛卯年製朱墨》 清時代 乾隆36年(1771) 永青文庫蔵

「筆」の陳列枠でひときわ目を引いた、清代製の《百寿文軸筆》。美しい筆の25本セットで、象牙、黒檀、班竹など、素材も色もさまざまな軸には「寿」の字があしらわれています。その他にも、堆朱、玉、象牙、陶器といった軸からなる筆コレクションを見ていると、護立氏は特に「筆」への思い入れが強かったのでは? という印象を受けました。

25本の美しい筆がセットになっている《百寿文軸筆》 清時代(18世紀) 永青文庫蔵

「紙」の展示は、南唐時代の国主・李煜のときに宮廷でつくられた「澄心堂紙」を、清の皇帝・乾隆帝が再現させた《乾隆年仿澄心堂紙》も展示。群青地に金彩で山水や花が描かれ、角度によって金彩の浮かび上がり方が変わり、美しいです。

《乾隆年仿澄心堂紙》 清時代(18世紀) 永青文庫蔵

ほかにも、紫檀の材に螺鈿・玉などがはめ込まれた硯屏や、陶板に山水が描かれた座屏、緻密な彫りが施された堆朱の重箱など、いずれも豪華な装飾で眼福のひと時。文房清玩愛好家にとっては垂涎の展覧会ではないでしょうか。ぜひ訪ねてみてください。

また、当ブログでご紹介した文房清玩の目利き〈百八研齋〉の渡邉久雄さんも、膨大で貴重な文房清玩のコレクションを有する御仁です。ご自宅の書斎兼ギャラリーを開放される日もありますので、気になる方は問合せしてみてはいかがでしょうか。

Information

書斎を彩る名品たち―文房四宝の美―

会期:2025年7月5日(土)~8月31日(日)

会場:永青文庫(東京都文京区目白台1-1-1)

開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)

休館日:月曜(8月11日は開館し、8月12日は休館)

入館料:一般1000円、シニア(70歳以上)800円、大学・高校生500円

※中学生以下、障害者手帳をご提示の方及びその介助者(1名)は無料

TEL:03-3941-0850

リンク:永青文庫公式サイト

蔦重がプロデュースした二大絵師の競演!『夢みる!歌麿、謎めく?写楽』展

江戸時代に活躍した版元「蔦屋重三郎」の波乱万丈なる人生や、当時のメディア産業にまつわる人・モノ・コトに焦点を当てたNHKの歴史ドラマを毎週楽しみにしている方も多いのでは? かく言う筆者もその一人です。

現在、浮世絵コレクションや、絵師を取り上げた展覧会が日本各地の美術館にてさまざまに開催されています。東京・三田にある大学ミュージアム〈慶應義塾ミュージアム・コモンズ〉でも、『夢みる!歌麿、謎めく?写楽—江戸のセンセーション』が2025年6月3日からスタートしました。

本展は、慶應義塾の塾長(代理)高橋誠一郎氏の浮世絵コレクションから、蔦重がプロデュースしたことで知られる「喜多川歌麿」と「東洲斎写楽」を中心に、江戸時代の名絵師による浮世絵作品約100点を一挙に並べた展覧会。観覧料は“無料”ながらも、見応えのある内容となっています。

歌麿の画業を辿る「Room1」

展示室「Room1」は、喜多川歌麿の画業を辿りつつ、鳥居清長、鳥文斎栄之といった当時の美人画絵師たちの競演が楽しめる内容に。さらに展示作品のなかには、ドラマでも描かれていた、蔦重が手がけた画期的で新しい吉原のガイドブック『吉原細見』の実物も!

寛政6年(1794年)春序刊『新吉原細見』/山東京伝序。赤矢印で示された所には「つたや(徒多や)本屋」と書かれています

さて、本展示室の主人公・歌麿について。彼の人気に火がついたのは、理想美を追及した美人の半身像「美人大首絵」を描いたこと。その発案は歌麿または蔦重によるものと考えられているようです。「美人画の第一人者」として高名を得た歌麿は、その後遊郭美人画にとどまらず、母子絵をテーマにした錦絵などにも着手。

展示を見ていると、少しネタバレ的な情報も含まれますが、それらがドラマでどのように描かれていくのかを想像しながら観覧するのも楽しいかもしれません。

歌麿による大判錦絵「美人大首絵」
美人画の新たな表現に挑んだ、歌麿の《教訓親の目鑑》シリーズの展示も。親の視点から娘に訓戒を与える詞書と、酩酊したり、ごろんと寝転がって本を読んだりする娘たちの大らかな姿のギャップがおもしろい

写楽をひも解く「Room2」

続いて「Room2」は、謎多き浮世絵師・東洲斎写楽の貴重な作品や、鳥居派、勝川派などが手がけた「役者絵」が展示されています。

「Room2」の館内

写楽といえば、その正体は誰なのか長年議論されてきた絵師。現在は阿波藩に仕えた能役者・斎藤十郎兵衛だとされています。

わし鼻、うけ口、皺など、顔の特徴を誇張することで役者の個性が大胆に表出した写楽の役者大首絵。それらを売り出したのが、版元・蔦屋重三郎です。従来の美化された似顔絵とは一線を画した、異端の画風が世間を驚かせたといいます。ところがすぐに人気は下火となり、写楽はわずか10カ月ほどでその姿を消したのだそう。

写楽による大判錦絵

写楽が登場する以前の役者絵は、顔が個々に描き分けられておらず、衣装や傍書をヒントに役者や役名を推理していたそう。それが写楽の錦絵をきっかけに、勝川春章らが個人の風貌を落とし込んだ似顔絵を導入。役者絵の大きな刷新につながり、大衆からも支持を得ました。

勝川春章による中判錦絵。それぞれの顔の特徴が描き分けられています。《初代中村仲蔵の三河や義平治と二代目中村助五郎の団七九郎兵衛》(明和5年(1768年))

このように、似顔絵に新風を巻き起こしたのが写楽の大偉業であり、その絵を売り出そうとした蔦重の着眼点も、まさに「そうきたか~!」と思えるポイント。ドラマでは写楽を誰が演じるのかも、ぜひ注目したいところです。

7月2日(水)には前期の展示が終了し、7月7日(月)から後期がスタートします。ほとんどの作品が入れ替わるとのことなので、ぜひ前後期で楽しんでみてはいかがでしょうか。

Information

夢みる!歌麿、謎めく?写楽—江戸のセンセーション

会期:2025年6月3日(火)~8月6日(水)

   【前期】6月3日(火)~7月2日(水)【後期】7月7日(月)~8月6日(水)

会場:慶應義塾ミュージアム・コモンズ(東京都港区三田2-15-45 慶應義塾大学三田キャンパス東別館)

開館時間:11時〜18時

休館日:土・日曜(但し6/21、7/12、8/2は開館)、6/23(月)、7/3(木)、7/4(金)

入館料:無料

リンク:慶應義塾ミュージアム・コモンズ

製茶業を営んだ旧家・齋田家に伝わる花の絵画を堪能「百華の美」展

前回のサムライオークション・ブログでは、住宅地にひっそりと佇むも、すばらしい名品を所蔵していたり、オツな企画展を開催したりする「個人美術館」にテーマを置き、東京都・中野区の〈東京黎明アートルーム〉をご紹介しました。そして今回も引き続き、個人美術館に焦点をあててみたいと思います。

今回取り上げるのは、東京都・世田谷代田にある〈齋田記念館〉。この館を運営する齋田家は、木曽義仲の老臣・中原兼遠が遠祖とされ、世田谷城主・吉良氏の家臣も勤めた旧家です。

環状7号線沿いに佇む齋田記念館。手前右が展示室。奥には約1500坪の敷地と約150坪の住宅が広がっているのだとか

江戸時代後期以降、学者や文人も輩出した齋田家。9代目の萬蔵氏(1801-1858)は画に秀でた人物で、画家・大岡雲峰に学び、雲岱(うんたい)の号を授けられています。本草学に精通し、精密な博物図譜を多く遺しているのだそう。また、谷文晁門下の画家たちとも交流していたようです。

明治期には下北沢を中心としたエリアに茶畑を広げ、製茶業で栄えた齋田家。茶に関わる資料も多く保有しています。ちなみに、2023年4月に放送された「ブラタモリ#232(下北沢編)」で、齋田家と下北沢エリアの茶栽培について紹介されていました。観た方もいるのでは?

そして現在、2025年の春季企画展として『百華の美』が開催されています。雲岱の博物図譜を含め、齋田家に伝えられてきた花の絵画を展示。竹内栖鳳、土田麦僊、山本梅逸などの作品も拝見できるというのでお邪魔してきました。

百華に彩られた一間で

記念館の展示スペースは一間。ここにすべての作品が並びます。本企画のテーマが「百華」なだけに、さまざまな草花の絵が空間を彩り、整然としたなかにも華やかさが漂っています。

順路の一番最初に展示されていたのは、「近代植物学の父」と呼ばれた伊藤圭介の《梅花霊芝図》。中国の原種らしき棘のある梅の木に、白梅が咲き誇っています。描かれた棘のせいか、筆致の勢いか、ピリッとした鋭さが印象的な作品でした。

竹内栖鳳の《かきつばた》は、鮮やかな群青の花弁やシルエットのみで描かれた葉は平面的で、尾形光琳の《燕子花》を彷彿とさせます。そこに極めて繊細でリアルに描かれたガガンボ(大蚊)が一匹。平面と写実が違和感なく同居する様にため息が出ます。

個人的にその場から離れがたく感じた作品は、渡邊省亭の《菊花》。秋の夕暮れ、ヒョロヒョロと伸びる野生の白菊の上を一匹の蜻蛉が飛ぶ姿が描かれています。花、葉、蜻蛉の描き分けの巧みさ、構図のバランス、楚々としたなかにも凛とした気品が漂い、俄かに渡邊省亭のファンになってしまいました。

他にも、江戸後期~明治にかけて流行したという書画会の作品も。酒井道一、村瀬玉田、跡見玉枝、荒木寛畝、野口小蘋、川端玉章、渡邉省亭、瀧和亭、大出東皐、望月金鳳の10名による合作の《草花図巻》は、梅、菊、撫子、芙蓉、南天など、筆致の異なる草花が一堂に会した趣きのある花園の様相は見事でした。

齋田家9代目・雲岱による《博物図譜》の、実寸大の野田藤や、椿各種、花菖蒲、野辺でみられる薬草など、それらの緻密な描写も見ものです。

手がけた茶が内国勧業博覧会や万国博覧会で入賞するなど高い評価を受け、海外へも多く輸出していたという齋田家。製茶業や雲岱の交友関係のなかで多くの文人とつながり、良質な名品を所蔵するに至ったようです。

『百華の美』は2025年7月18日(金)と長期に渡って開催されています。古来から日本で愛されてきた花々に包まれる本展へ、ぜひ足を運んでみてください。

Information

2025年 春季企画展『百華の美』齋田記念館

会期:2025年4月7日(月)~7月18日(金)

会場:齋田記念館(東京都中野区東中野2-10-13)

開館時間:10時〜16時30分(入館は16時まで)

休館日:土曜(但し第4土曜日の4/26、5/24、6/28は開館)、日曜、祝日

入館料:300円 ※障害者・75歳以上・学生および再来館等割引あり

イベント:学芸員によるギャラリートーク 4/25(金)、5/26(月)、6/27(金)  14時~

リンク:齋田記念館

原始青磁、星雲の青、越州の秘色……中国名窯の「青磁」を一望する展覧会

国立、都立、県立、区立、市立、私立などなど、日本全国には運営母体をさまざまにする美術館があります。大規模な展覧会を続々と開催する国立・公立の美術館を訪れるのも楽しいですが、住宅街にひっそりと佇む小さな個人美術館を訪ねるのもオツなもの。

じつはものすごい名物を所蔵していたり、展覧会テーマや展示品から蒐集家の趣味嗜好が見て取れたり、展示品からそのものへの愛がヒシヒシと感じられたり。ふと親近感すら湧いてくる瞬間もあります。

さて、今回は個人美術館のひとつといえる、東京都・東中野にある〈東京黎明アートルーム〉を訪ねてきました。芸術家、実業家、思想家、宗教家である岡田茂吉氏の心を受け継ぎ、2005年に〈TOREK Art Room〉として設立され、2015年に〈東京黎明アートルーム〉として再開した美術館です。

現在『青磁と浮世絵』展が開催中。どうやら紀元前からの中国青磁器がさまざまに並ぶらしいというので、お邪魔してきました。

原始青磁「灰釉陶」をはじめとする、中国名窯の青磁たち

高級住宅が並ぶ東中野の一角にある〈東京黎明アートルーム〉の外観

1階、2階、地下1階と、3フロアで展示が行われている〈東京黎明アートルーム〉。1~2階の展示会場には紀元前8~5世紀の春秋時代から12~13世紀の金時代までの青磁器が並んでいます。

解説によると、青磁の技法が確立されたのは後漢時代で、浙江省の北部を発祥とするのだそう。一方で、紀元前15世紀頃の殷時代には「原始青磁」とも呼ばれる「灰釉陶」が登場していたのだとか。本展で展示されている一番古い美術品は、春秋時代の灰釉陶。色を例えるなら、茶と緑と灰を合わせた感じでしょうか。割とムラのある釉薬のかかり具合です。

青磁といえば、一般的に淡い青緑色をイメージする方も多いのでは。ですが、展覧会場には灰釉陶以外にもさまざまな色味の青磁が並んでいました。

〈耀州窯〉の釉はオリーブグリーンが特徴で、〈越州窯〉は「秘色」という青磁最高峰と言われる色を完成させ、〈龍泉窯〉は淡く澄んだ青・青緑色の肌合いで人々を魅了し、〈鈞窯〉は鮮やかな青に紫紅色の斑文を生みだしたのだとか。

ちなみに『茶経』を著述した文筆家・陸羽は「数ある茶碗のうち、越州が茶を喫するのによい」と書いたそう。また、鈞窯の青磁の色は、月明りもない夜空に目を凝らすなかで、ぼんやりと見えてくる“星雲の青”を目指したのだとか。各窯によってさまざまなエピソードがあり、興味深く感じました。

平安時代12世紀に制作されたという持国天立像(左)、多聞天立像(右)が出迎えてくれます

地下1階の会場では、近藤勝信、歌川豊国、菱川師宣、勝川春章といった名浮世絵師たちの肉筆浮世絵も展示されています。青磁に、浮世絵に、さまざまに楽しめるなんて、ちょっぴりお得な展覧会。会期は2025年5月5日(月・祝)まで!

Information

『青磁と浮世絵』東京黎明アートルーム

会期:2025年3月16日(日)~5月5日(月・祝)

会場:東京黎明アートルーム(東京都中野区東中野2-10-13)

開室時間:10時~16時(※最終入室は15時30分)

休室日:3月20日(木・祝)、4月3日(木)、4月20日(日)、5月3日(土・祝)

入室料:一般 600円

※障害者手帳をお持ちの方及び介護者の方は300円引き

※20歳未満は無料。年齢を確認する場合があるため、年齢のわかるものを用意

リンク:東京黎明アートルーム

『エミール・ガレ:憧憬のパリ』展で見る、ガレのジャポニスム

東京・六本木にある〈サントリー美術館〉では、2025年4月13日(日)まで『没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ』展が開催されています。

日本でも根強い人気のガレ作品。これまでも各美術館が収蔵するコレクションにて、さまざまなテーマや解釈による展覧会が開催されてきました。昨年春の〈渋谷区立松濤美術館〉での『エミール・ガレ展 奇想のガラス作家』も記憶に新しいところ。

今回の〈サントリー美術館〉での展覧会は、ビジネスの拠点や発信地となり、創作にも大きな影響を与え、ガレの地位を築いてきた“パリ”との関係に焦点を当てた展覧会となっています。

同館が所有する膨大なコレクションを中心に、多様な姿のガラス・陶磁器作品が展示されているなかで、ジャポニスム様式の作品が割と多く、強い存在感を放っていました。本コラムでは、本展のテーマからはちょっと逸れつつも、日本を感じるガレ作品を多く取り上げたいと思います!

ガレのジャポニスム

1867年のパリ万博にて、日本は初となる公式参加を果たしました。それ以降、フランスで大きく開花したのがジャポニスム(日本への関心・愛好・趣味)。日本という国へのイメージが形成されていき、ガレ自身も日本への関心を高めていったようです。

まず、ガレの初期作品において、ジャポニスム様式の代表格といえるのがこちらの花器「鯉」。1877年に父から家業を引き継いだガレが初めて経営面・制作面で指揮をとり、1878年のパリ万博に出品したモデルのひとつだそう。

花器「鯉」1878年

『北斎漫画』13編中の「魚籃観世音」図からモチーフを転用したというデザイン。漫画では鯉の背に観世音が乗った姿で描かれていますが、ガレは優雅にうねる鯉のみを大胆に配置。ゴージャスな花を活けても、花器のデザインに目が行ってしまうようなダイナミックさと煌びやかさがあります。

続いては、備前焼の獅子頭を手本に制作した「日本の怪獣の頭」。タイトルが直球すぎるのもユニーク(笑)。

日本への関心を高めていったガレは、日本の作品もさまざまに収集していたそう。写真左側の備前焼「獅子頭形火入」は、医師であり陶工であった備前国の佐藤陶崖が制作したもの。こちらの類似品をガレは所有していたといいます。

【左】備前焼 獅子頭形火入 佐藤陶崖 19世紀【右】獅子頭「日本の怪獣の頭」1876‐84年頃

また、水差「昆虫」には萩や竹のなかに紛れ込んだ蝉らしき虫が蒔絵のように描かれています。ほかにも金彩やエナメル彩によるバッタやカマキリを配した丸皿や瓶なども展示。幼き頃から植物学にも親しんでいたというガレ。自然界の生き物への造詣の高さがこれらの作品からもうかがえます。

水差「昆虫」1880年頃
栓付瓶「草花」1867‐76年頃

そして下の写真は「蜻蛉」と題した鉢。この色や形状、茶の湯で用いられる茶器を想起せずにはいられません。

鉢「蜻蛉」1889年

床の間にあってもなんら違和感のない花器や、伊万里風装飾と呼ばれるデザインを口縁部に配した皿など、日本の工芸で用いられるモチーフや技法を熱心に研究していた様子がうかがえる作品が展示されていました。こうして並べてみると、日本で生まれた工芸品の展示……?という風にも思えてきます。

花器「アジサイ」1889年
皿「草花」1889-1900年頃

今回ご紹介したジャポニスム作品だけでなく、被せガラス、装飾挟み込み、エングレーヴィング、黒色ガラスといった、ガレらしい意匠の作品も多く展示。物語性や精神性が色濃く表れた作品には、引き込まれるものがあります。

ランプ「ひとよ茸」1902年頃

前述のとおり、さまざまな美術館で特別展が開催されるガレ。蒐集者が違えば、コレクションの様相も異なるもの。本展もガレとパリの関係性を紹介する展覧会ではあるものの、ジャポニスム様式の作品が多いのが印象的でした。ガレの展覧会に足を運ぶ際は、テーマだけでなく、各館の所蔵コレクションの特色なども楽しんでみてはいかがでしょうか。

Information

没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ

会期:2025年2月15日(土)~4月13日(日)

会場:サントリー美術館(東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階)

開館時間:10時~18時(金曜日は10時~20時)

休館日:火曜

観覧料:一般 1700円、大学・高校生1000円、中学生以下無料、障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介助の方1名様のみ無料

音声ガイド:600円

リンク:サントリー美術館

約5年間の休館を経て開館!〈荏原 畠山美術館〉『琳派から近代洋画へ』開催中

2019年から改装工事のために長期休業していた東京・港区の〈畠山美術館〉が、2024年秋に〈荏原 畠山美術館〉と名称を新たに開館しました。

個人的な話ですが、ここ数年、美術館の前を通っては「いつ再開するのだろう」と、固く閉ざされた重厚な門を眺めていたので、リニューアルオープンは待ちに待ったうれしいニュースでした!

同館は、株式会社荏原製作所を興した畠山一清氏(1881~1971)が、事業の傍ら「即翁」と号して能楽や茶の湯を嗜むなかで蒐集してきた美術品を広く公開することを目的に、1964年に開館されました。

即翁のコレクションは、茶道具を中心に、書画、陶磁、漆芸、能面、能装束など。国宝6件、重要文化財33件を含む1300件を蒐集してきたといいます。そして、それらの美術品を独占するのではなく、多くの人と共に楽しみたいと考えていたという即翁。その精神を今も受け継いでいるのが〈荏原 畠山美術館〉です。

光悦、宗達、光琳、乾山などの作品がずらり!

さて、〈荏原 畠山美術館〉では現在、即翁がコレクションした「琳派」の作品と、即翁の甥で、荏原製作所社長を継いだ酒井億尋氏の近代洋画コレクションなどを展示した『琳派から近代洋画へ』展が2025年3月16日(日)まで開催されています。

琳派をテーマにした展示では、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山などの作品がずらり。かの有名な横浜の生糸王・原三渓氏の旧蔵品も多く展示されています。

個人的に目を奪われたのは、ガラスケースにずらりと並べられた尾形乾山絵付けの器。銹絵の向付や汁次、赤・黄・緑・金彩で四季の草花を描いた鮮やかな五組の土器皿、大きな牡丹を大胆に中央に配した四方皿など、茶の湯の懐石にも用いられたであろう器が目を楽しませてくれます。

即翁は、約40年に渡って茶の湯を楽しみ、実践してきたなかで、懐石やそれらに用いられる器にも大きなこだわりを持っていたのだとか。乾山の器については、万が一来客が器を割ってしまうと怖いので、向付で出して早々に下げてしまおうと語ったなどのエピソードが紹介されていました。

美術館の庭園に設置されている銅像。左が即翁像、右は機械工学者で即翁の恩師という井口在屋氏の銅像。

展示されている重要文化財に眼福!

また、即翁がこよなく愛したという、本阿弥光悦の《赤楽茶碗 銘 雪峯》(重要文化財)も展示。火割れを雪解けの渓流になぞらえて金で継ぎ、光悦自らが「雪峯」と命銘したのだそう。眺めているだけで不思議と緊張してしまうような佇まいでした。

本阿弥光悦が書を、俵屋宗達が下絵と、「琳派の祖」と言われる二人による合作《金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻》(重要文化財)も! 見事な下絵に合わせて描かれたリズミカルな書。光悦と宗達の息の合った偉大な仕事にただただ見入ってしまいました。

酒井億尋氏の近代洋画コレクションも含め、かなり見応えのある展覧会。2月24日(月)には、通常非公開の茶室「浄楽亭」にて茶席が楽しめる「近代の数寄者 畠山即翁の茶室で一服」という関連イベントも開催されるようです(定員に達し販売終了)。

さらに4月12日(土)からは『松平不昧と江戸東京の茶(仮)』という展覧会も予定。見逃せない展示が続きそうです!

Information

開館記念展Ⅱ 琳派から近代洋画へ―数寄者と芸術パトロン

会期:2025年1月18日(土)~3月16日(日)

会場:荏原 畠山美術館(東京都港区白金台2-20-12)

開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)

休館日:月曜、2月25日(火)

観覧料:【オンラインチケット料金】一般 1300円、学生(高校生以上)900円、中学生以下無料(保護者同伴)、【当日チケット料金】一般 1500円、学生(高校生以上)1000円、中学生以下無料(保護者同伴)

※障害者手帳をお持ちの方と、その介護者1名は無料

※支払い方法を完全キャッシュレスに移行。現金での支払いは不可

リンク:荏原 畠山美術館

画家・小杉放菴の生涯を一望できる展覧会『小杉放菴展』1月26日まで

〈小杉放菴記念日光美術館〉所蔵品を“東京”で観られるチャンス!

栃木県日光に生まれ、明治末期から昭和にかけて活躍した画家・小杉放菴(こすぎほうあん)。洋画、南画、日本画と幅広いジャンルの絵画を手がけたことで知られています。

2024年は放菴の没後60年にあたり、東京都八王子市にある〈八王子市夢美術館〉では、日光の〈小杉放菴記念日光美術館〉の所蔵品を中心とした展覧会『小杉放菴展』を2025年1月26日(日)まで開催しています。

本来は、日光へ行かなければお目にかかれない放菴の作品を、東京都内で観られるチャンスです!

放菴の多彩な画業の礎とは?

日本美術院(院展)の洋画部などを牽引するなど、洋画家としても名を馳せてきた放菴ですが、本展は主に日本画家としての側面に焦点を充てつつ、画家としての生涯を一望できる内容になっています。

ちなみに、放菴が多様なジャンルの絵画を描いたのは、東洋西洋を問わない幅広い素養を持っていたことにあるといいます。その素養は、幼少期から絵の手ほどきを受けた南画家の養祖父、国学・漢学を教わった国学者の実父、若き日に弟子入りした洋画家・五百城文哉(いおきぶんさい)、上京して入会した小山正太郎主催の洋画塾「不同舎」などからの学びにあり、それらの経験が放菴の画業の礎となったようです。

本展では五百城文哉に学んだ頃の水彩画も展示。日光の社寺などを描き、〈未醒〉と款記されています。写実的で色鮮やかな作品に、放菴の画力の高さが伺えます。

また、カンヴァスに油彩の作品もいくつかあり、そのモチーフは中国の伝記や漢詩に題材をとったものも。中国の伝記集『列仙伝』に登場する黄初平を描いた《黄初平》は、背景に金箔地のような日本画のニュアンスが敷かれており、ひとつの作品にさまざまな国の要素がミックスされています。放菴ならでは、といった閃きでしょうか。

1915年にカンヴァスに油彩で描いた《黄初平》。金箔を貼ったような背景を油彩で表現しています。

「油絵は遂に予と分袂せん」晩年は日本画・水墨画に傾いていった放菴

放菴と言えば、「放菴紙」と呼ばれる、越前(福井)の職人に特別に漉かせた麻紙を用いた作品がよく知られています。その麻紙の風合いや、墨の滲みを生かした画風は、放菴独特のもの。それらの作品も数多く展示されていました。

なかでもダイナミックな《白雲幽石図》。浮き雲のような巨大な岩の右端に、翁がちょこんと座っています。その姿はもはや仙人然。

晩年、新潟県妙高市に「安明荘」という別荘を建てて過ごしたという放菴。その庭には「高石」「むじな石」と呼んだ大岩があり、その上に腰かけては妙高山を眺めていたのだとか。もしかしたらこの翁は、放菴自身でしょうか? 飽かず眺めていられる、不思議な魅力があります。

1933年頃に描かれた《白雲幽石図》。繊維の荒い麻紙に墨をかすれさせて、独特の表現を確立させた放菴。その画法にこの幽玄の世界……脱俗の精神を感じずにはいられません。

初期から晩年まで油彩画と日本画を並行して描いた放菴ですが、晩年は国政に係るもののみ油彩で描き、それ以外は日本画・水墨画に傾倒していたといいます。「予は茲に岐路に立つを見る、油絵は遂に予と分袂せんとるらし」「油絵具次第に遠きものに見え、水と墨との謄蒸眼前に在る」という言葉も残っています。

漢詩を題材に長閑な風景や幽玄な情景など描いた水墨画や、つい口元がゆるむ人々の表情など、ゆったりした心持ちで鑑賞できる作品もあれば、独特の空間の切りとり方などにハッとする作品もあり、見応えたっぷりです。

幾年経っても古びることなどないような、普遍性さえ感じる放菴の作品。いつか日光の美術館にも足を運んで、もっと多くの放菴作品を観てみたい。そんな気持ちを抱いた展覧会でした。

Information

小杉放菴展

会期:2024年11月16日(土)~2025年1月26日(日)

会場:八王子市夢美術館(東京都八王子市八日町8-1ビュータワー八王子2F)

開館時間:10時~19時(入館は閉館の30分前まで)

休館日:月曜

観覧料:一般 1000円、学生(高校生以上)・65歳以上 500円、中学生以下 無料

リンク:八王子市夢美術館

煌めく1400年前の王朝“長安”の文化に触れる!『長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―』

東京都・飯田橋にある〈日中友好会館美術館〉では、唐王朝(618~907年)の衣食住に触れる展覧会『長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―』が開催されています。

7~10世紀初頭までの約300年にわたって栄えた中国の統一王朝「唐」。漢詩、山水画、書、陶芸、茶など、多様な文化・芸術が隆盛したのもこの時代。漢詩で名高い李白や杜甫もこの時代を生きました。国際都市として賑わいを見せた当時の暮らしはどんなものだったのか、興味をお持ちの方も多いはず。ちなみに、観覧は無料です!

奈良の平城京、京都の平安京のモデルとされる「長安の街」

敵の侵入を防ぐべく高い城壁に囲まれた唐長安城。外周は約36キロメートルと広大で、約100万人の人々が暮らしていた、と紹介されています。碁盤の目のような正方形の区画は「坊」と呼ばれ、各坊には平均して1万人が暮らしていたとのこと。

この唐長安城内には、坊門が閉まったあとの大通りの通行を禁止する「夜間外出禁止令」が布かれていたといいます。これは夜遊びを禁止するものではなく、住民の移動を制限し、治安を維持するための禁止令。もちろん、各坊では小さな商店が軒を連ね、音楽を奏でたり、宴会をしたりと、夜も賑わっていたのだそう。さまざまな文化が生まれ、隆盛したというこの時代の夜のさざめきを想像するだけで、ワクワクしてしまいます。

また、この都市モデルは遣唐使によって日本に伝わり、平城京や平安京のモデルになったとも。先日、紫式部が主人公の大河ドラマを見ていたとき、CGの平安京の街並みが登場したのですが、まるで本展の「唐長安城地図」そのもの。

ちなみに、この左右対照的な建築形式は、後の北京の街づくりにも影響を与えたのだとか。唐長安城、すごい!

女性の活躍も著しかった唐時代

他王朝に比べると、高い社会的地位と権力を得ていたという唐の女性たち。まず、特筆すべきは中国史上唯一の女帝・武則天が誕生したのもこの時代。現在でも女性が国を統一するとなれば、歴史的な大ニュースになることがほとんどです。それが600年代に既に実現されていたとは……! 柔軟な視野を持つ時代だったことがうかがい知れます。

また、女性であっても配偶者を自由に選んで結婚・離婚をしたり、宮廷の役人として働いたり、馬に乗って矢を射ることもできたのだとか。

一方で、それまで女性の装束は体を覆いつくすものが主流でしたが、唐時代では透き通った絹織物を羽織るなど、肌を露出するファッションが流行。女性ならではの艶やかさの表現にも意識が向けられたようです。

さまざまな美を追求した当時の女性たちは、髪型、メイク、アクセサリーにもこだわりが。「高髻(こうけい)」と呼ばれる、髪を高く結い上げるスタイルが流行し、金に輝石をあしらった簪などをさしていた様子。

初唐・中唐・晩唐それぞれに流行した高髻やメイクなどがイラストを用いて紹介されており、各時代の美に対する嗜好がうかがい知れ、とても興味深く感じました。

唐時代に制作された美術品の特別展示も

さらには、唐時代の食卓や食文化、愛飲したお酒、お茶をはじめ、シルクロードを通じて他国との交易のなかで生まれた文化などにも触れられています。日本という国が、いかに唐に多くの影響を受けたか、文化受容の経緯も感じられる展示内容でした。

本展に展示されている美術品の多くは複製品ですが、「白磁盤口壺」「三彩杯」「青磁椀」「黄釉加彩婦女騎馬俑」と、7~8世紀の唐の時代に制作された美術品も展示されています。

また会期中は、映画上映、中国琵琶の演奏会なども実施されています。ご興味のある方は、狙ってお出かけください!

左の俑は、7世紀頃に埋葬の副葬物として作陶された「黄釉加彩婦女騎馬俑」

Information

長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―

会期:2024年10月11日(金)~12月1日(日)

会場:日中友好会館美術館(東京都文京区後楽1丁目5番3号)

開館時間:10時~17時(11/15、11/29は20時まで開館)

休館日:月曜

観覧料:無料

お問い合わせ:03-3815-5085

リンク:日中友好会館美術館

好古と考古、神話と戦争……「ハニワ」や「土偶」の社会的側面を知る展覧会『ハニワと土偶の近代』12月22日まで

「ハニワ」や「土偶」と聞いて、まず思い浮かべるのはどんなものでしょうか。子どもの頃に教科書で見た人や馬型の人形でしょうか。はたまた、美術専門誌の一面、観光で訪れた遺跡、もしくは子どもと一緒に見たNHKの教育番組、という方もいるかもしれません。

3世紀後半頃から制作されていたというハニワや土偶は、近代の日本の節目においてさまざまな受容体となり、象徴となり、キャラクターにされてきました。その変遷に触れる展覧会が〈東京国立近代美術館〉にて開催されています。その名も『ハニワと土偶の近代』。

ちなみに、古代に制作されたハニワ等は基本的に展示されていません。でも、“昭和生まれの人”には懐かしく感じられる展示品ばかりかも……⁉

日常に深く浸透している「ハニワ」という存在

序章「好古と考古 ―愛好か、学問か?」、1章「日本を掘りおこす ―神話と戦争と」、2章「伝統を掘りおこす ―“縄文”か“弥生”か」、3章「ほりだしにもどる ―となりの遺物」と4つの章で展開する本展。それぞれで印象深かった作品やエピソードをご紹介します。

序章では、1870年代~1900年初頭という“近代への入口付近”でのハニワへのまなざしにフォーカス。古物を愛する「好古」と、明治初頭に海外からもたらされた「考古」という2つの「こうこ」の比較を取り上げています。

展示のなかで目を引いたのは、放浪の画人として知られる蓑虫山人の《埴輪群像図》や《陸奥全国古陶之図》。遺物蒐集家であり、遺跡の発掘調査も手がけるなど学術的(考古)な視点を持っていた蓑虫。一方で描いた絵は、どちらかといえば「好古」のまなざしです。

蓑虫山人《陸奥全国古陶之図》。自ら集めた土器や土偶と中国風の調度品を文人画風にレイアウトした軸絵。

蓑虫山人《陸奥全国古陶之図》。自ら集めた土器や土偶と中国風の調度品を文人画風にレイアウトした軸絵。

さらに、五姓田義松によるハニワのスケッチは素焼きの質感や細部の陰影までも克明に表現され、「考古」といった印象。「好古」か「考古」か。同じものを異なる視点でとらえることで、どのようなものが見えてくるでしょうか。

続く1章では、ハニワ等の遺物が「万世一系」を示す特別な存在として認められ、戦争時には「子を背負った母のハニワは、あたかも涙を流さず悲しみをこらえる表情のよう」と、“理想的な日本人”の象徴として戦意高揚や軍国教育にも使役されてきた歴史にフォーカスしていきます。

神武天皇即位2600年を迎えた1940年には、建国神話を人々の生活に浸透させるため、ハニワ特集が組まれたり、さまざまな特別グッズが発行されたそう。左の後藤清一による乾漆の像《玉》は、「国風の精華を讃するもの、戦意高揚に資するもの」という課題のなかで制作され、戦時特別文展(1944年)に出品された作品。

神武天皇即位2600年を迎えた1940年には、建国神話を人々の生活に浸透させるため、ハニワ特集が組まれたり、さまざまな特別グッズが発行されたそう。左の後藤清一による乾漆の像《玉》は、「国風の精華を讃するもの、戦意高揚に資するもの」という課題のなかで制作され、戦時特別文展(1944年)に出品された作品。

戦中、国粋主義の象徴となっていたハニワですが、じつは自由を求める前衛主義のモダニストたちにも愛されていたという驚くべき事実も。社会情勢に圧され、自由な表現が許されなかった戦時中の画家たちは、国家自体が率先して使っていたハニワを前衛アートのモチーフとすることで、厳しい統制をすり抜けることができたのだとか。

対局にある観念のなかで、同じモチーフに依存する。なかなか皮肉な話で、とても印象深いエピソードでした。

岡本太郎の《顔》。前衛いけばなの花器として構想された作品。実際に岡本が花を活けた写真なども会場に展示されています。

岡本太郎の《顔》。前衛いけばなの花器として構想された作品。実際に岡本が花を活けた写真なども会場に展示されています。

2章では、戦後の日本で起こった、ハニワを巡るムーヴメント的事象をさまざまに取り上げています。

「万世一系」という皇国史観の脱却を喫緊の課題とした戦後の日本。インターナショナリズムへと梯子を架け替えるなかで、ハニワを巡る新たな論争も次々と勃発していったようです。そのひとつが岡本太郎による「縄文か、弥生か?」という伝統論争。ほかにも出土遺物の美的な価値を発見したイサム・ノグチのエピソードなど、多角的な視点の展示が展開されています。

最後となる3章では、オカルト、SF、特撮、マンガなど、新たな形で大衆へと浸透していく1960年代以降のハニワが紹介されています。NHKの教育番組で人気を博した「おーい!はに丸」に関する情報も。それらを眺めて「懐かしいなあ」と思いつつ、古代の日本文化が現在の暮らしに深々と溶け込んでいること、それらを違和感なく受け入れている自身の無自覚を実感するかもしれません。

その素朴で静かなる姿からは想像できないほど、歴史の大きな動きのなかで翻弄され続けてきたハニワ。この遺物を取り巻く歴史的背景に終始驚くばかりの展覧会でした。ぜひ会場を訪れてみてはいかがでしょうか。

また、上野の〈東京国立博物館〉では、ハニワや土偶がズラリと並ぶ特別展『挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」』も開催されています。『ハニワと土偶の近代』を観たあとなら、また違った視点でハニワと向き合えるかもしれません。

Information

ハニワと土偶の近代

会期:2024年10月1日(火)~12月22日(日)

会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(東京都千代田区北の丸公園3‐1)

開館時間:10時~17時 (金・土曜は10時~20時、入館は閉館の30分前まで)

休館日:月曜 (ただし11月4日は開館)、11月5日(火)

観覧料:一般1800円、大学生1200円、高校生700園、中学生以下と障害者手帳をご提示の方と、その付添者(1名)は無料

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:東京国立近代美術館サイト