『エミール・ガレ:憧憬のパリ』展で見る、ガレのジャポニスム

東京・六本木にある〈サントリー美術館〉では、2025年4月13日(日)まで『没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ』展が開催されています。

日本でも根強い人気のガレ作品。これまでも各美術館が収蔵するコレクションにて、さまざまなテーマや解釈による展覧会が開催されてきました。昨年春の〈渋谷区立松濤美術館〉での『エミール・ガレ展 奇想のガラス作家』も記憶に新しいところ。

今回の〈サントリー美術館〉での展覧会は、ビジネスの拠点や発信地となり、創作にも大きな影響を与え、ガレの地位を築いてきた“パリ”との関係に焦点を当てた展覧会となっています。

同館が所有する膨大なコレクションを中心に、多様な姿のガラス・陶磁器作品が展示されているなかで、ジャポニスム様式の作品が割と多く、強い存在感を放っていました。本コラムでは、本展のテーマからはちょっと逸れつつも、日本を感じるガレ作品を多く取り上げたいと思います!

ガレのジャポニスム

1867年のパリ万博にて、日本は初となる公式参加を果たしました。それ以降、フランスで大きく開花したのがジャポニスム(日本への関心・愛好・趣味)。日本という国へのイメージが形成されていき、ガレ自身も日本への関心を高めていったようです。

まず、ガレの初期作品において、ジャポニスム様式の代表格といえるのがこちらの花器「鯉」。1877年に父から家業を引き継いだガレが初めて経営面・制作面で指揮をとり、1878年のパリ万博に出品したモデルのひとつだそう。

花器「鯉」1878年

『北斎漫画』13編中の「魚籃観世音」図からモチーフを転用したというデザイン。漫画では鯉の背に観世音が乗った姿で描かれていますが、ガレは優雅にうねる鯉のみを大胆に配置。ゴージャスな花を活けても、花器のデザインに目が行ってしまうようなダイナミックさと煌びやかさがあります。

続いては、備前焼の獅子頭を手本に制作した「日本の怪獣の頭」。タイトルが直球すぎるのもユニーク(笑)。

日本への関心を高めていったガレは、日本の作品もさまざまに収集していたそう。写真左側の備前焼「獅子頭形火入」は、医師であり陶工であった備前国の佐藤陶崖が制作したもの。こちらの類似品をガレは所有していたといいます。

【左】備前焼 獅子頭形火入 佐藤陶崖 19世紀【右】獅子頭「日本の怪獣の頭」1876‐84年頃

また、水差「昆虫」には萩や竹のなかに紛れ込んだ蝉らしき虫が蒔絵のように描かれています。ほかにも金彩やエナメル彩によるバッタやカマキリを配した丸皿や瓶なども展示。幼き頃から植物学にも親しんでいたというガレ。自然界の生き物への造詣の高さがこれらの作品からもうかがえます。

水差「昆虫」1880年頃
栓付瓶「草花」1867‐76年頃

そして下の写真は「蜻蛉」と題した鉢。この色や形状、茶の湯で用いられる茶器を想起せずにはいられません。

鉢「蜻蛉」1889年

床の間にあってもなんら違和感のない花器や、伊万里風装飾と呼ばれるデザインを口縁部に配した皿など、日本の工芸で用いられるモチーフや技法を熱心に研究していた様子がうかがえる作品が展示されていました。こうして並べてみると、日本で生まれた工芸品の展示……?という風にも思えてきます。

花器「アジサイ」1889年
皿「草花」1889-1900年頃

今回ご紹介したジャポニスム作品だけでなく、被せガラス、装飾挟み込み、エングレーヴィング、黒色ガラスといった、ガレらしい意匠の作品も多く展示。物語性や精神性が色濃く表れた作品には、引き込まれるものがあります。

ランプ「ひとよ茸」1902年頃

前述のとおり、さまざまな美術館で特別展が開催されるガレ。蒐集者が違えば、コレクションの様相も異なるもの。本展もガレとパリの関係性を紹介する展覧会ではあるものの、ジャポニスム様式の作品が多いのが印象的でした。ガレの展覧会に足を運ぶ際は、テーマだけでなく、各館の所蔵コレクションの特色なども楽しんでみてはいかがでしょうか。

Information

没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ

会期:2025年2月15日(土)~4月13日(日)

会場:サントリー美術館(東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階)

開館時間:10時~18時(金曜日は10時~20時)

休館日:火曜

観覧料:一般 1700円、大学・高校生1000円、中学生以下無料、障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介助の方1名様のみ無料

音声ガイド:600円

リンク:サントリー美術館

約5年間の休館を経て開館!〈荏原 畠山美術館〉『琳派から近代洋画へ』開催中

2019年から改装工事のために長期休業していた東京・港区の〈畠山美術館〉が、2024年秋に〈荏原 畠山美術館〉と名称を新たに開館しました。

個人的な話ですが、ここ数年、美術館の前を通っては「いつ再開するのだろう」と、固く閉ざされた重厚な門を眺めていたので、リニューアルオープンは待ちに待ったうれしいニュースでした!

同館は、株式会社荏原製作所を興した畠山一清氏(1881~1971)が、事業の傍ら「即翁」と号して能楽や茶の湯を嗜むなかで蒐集してきた美術品を広く公開することを目的に、1964年に開館されました。

即翁のコレクションは、茶道具を中心に、書画、陶磁、漆芸、能面、能装束など。国宝6件、重要文化財33件を含む1300件を蒐集してきたといいます。そして、それらの美術品を独占するのではなく、多くの人と共に楽しみたいと考えていたという即翁。その精神を今も受け継いでいるのが〈荏原 畠山美術館〉です。

光悦、宗達、光琳、乾山などの作品がずらり!

さて、〈荏原 畠山美術館〉では現在、即翁がコレクションした「琳派」の作品と、即翁の甥で、荏原製作所社長を継いだ酒井億尋氏の近代洋画コレクションなどを展示した『琳派から近代洋画へ』展が2025年3月16日(日)まで開催されています。

琳派をテーマにした展示では、本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山などの作品がずらり。かの有名な横浜の生糸王・原三渓氏の旧蔵品も多く展示されています。

個人的に目を奪われたのは、ガラスケースにずらりと並べられた尾形乾山絵付けの器。銹絵の向付や汁次、赤・黄・緑・金彩で四季の草花を描いた鮮やかな五組の土器皿、大きな牡丹を大胆に中央に配した四方皿など、茶の湯の懐石にも用いられたであろう器が目を楽しませてくれます。

即翁は、約40年に渡って茶の湯を楽しみ、実践してきたなかで、懐石やそれらに用いられる器にも大きなこだわりを持っていたのだとか。乾山の器については、万が一来客が器を割ってしまうと怖いので、向付で出して早々に下げてしまおうと語ったなどのエピソードが紹介されていました。

美術館の庭園に設置されている銅像。左が即翁像、右は機械工学者で即翁の恩師という井口在屋氏の銅像。

展示されている重要文化財に眼福!

また、即翁がこよなく愛したという、本阿弥光悦の《赤楽茶碗 銘 雪峯》(重要文化財)も展示。火割れを雪解けの渓流になぞらえて金で継ぎ、光悦自らが「雪峯」と命銘したのだそう。眺めているだけで不思議と緊張してしまうような佇まいでした。

本阿弥光悦が書を、俵屋宗達が下絵と、「琳派の祖」と言われる二人による合作《金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻》(重要文化財)も! 見事な下絵に合わせて描かれたリズミカルな書。光悦と宗達の息の合った偉大な仕事にただただ見入ってしまいました。

酒井億尋氏の近代洋画コレクションも含め、かなり見応えのある展覧会。2月24日(月)には、通常非公開の茶室「浄楽亭」にて茶席が楽しめる「近代の数寄者 畠山即翁の茶室で一服」という関連イベントも開催されるようです(定員に達し販売終了)。

さらに4月12日(土)からは『松平不昧と江戸東京の茶(仮)』という展覧会も予定。見逃せない展示が続きそうです!

Information

開館記念展Ⅱ 琳派から近代洋画へ―数寄者と芸術パトロン

会期:2025年1月18日(土)~3月16日(日)

会場:荏原 畠山美術館(東京都港区白金台2-20-12)

開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)

休館日:月曜、2月25日(火)

観覧料:【オンラインチケット料金】一般 1300円、学生(高校生以上)900円、中学生以下無料(保護者同伴)、【当日チケット料金】一般 1500円、学生(高校生以上)1000円、中学生以下無料(保護者同伴)

※障害者手帳をお持ちの方と、その介護者1名は無料

※支払い方法を完全キャッシュレスに移行。現金での支払いは不可

リンク:荏原 畠山美術館

画家・小杉放菴の生涯を一望できる展覧会『小杉放菴展』1月26日まで

〈小杉放菴記念日光美術館〉所蔵品を“東京”で観られるチャンス!

栃木県日光に生まれ、明治末期から昭和にかけて活躍した画家・小杉放菴(こすぎほうあん)。洋画、南画、日本画と幅広いジャンルの絵画を手がけたことで知られています。

2024年は放菴の没後60年にあたり、東京都八王子市にある〈八王子市夢美術館〉では、日光の〈小杉放菴記念日光美術館〉の所蔵品を中心とした展覧会『小杉放菴展』を2025年1月26日(日)まで開催しています。

本来は、日光へ行かなければお目にかかれない放菴の作品を、東京都内で観られるチャンスです!

放菴の多彩な画業の礎とは?

日本美術院(院展)の洋画部などを牽引するなど、洋画家としても名を馳せてきた放菴ですが、本展は主に日本画家としての側面に焦点を充てつつ、画家としての生涯を一望できる内容になっています。

ちなみに、放菴が多様なジャンルの絵画を描いたのは、東洋西洋を問わない幅広い素養を持っていたことにあるといいます。その素養は、幼少期から絵の手ほどきを受けた南画家の養祖父、国学・漢学を教わった国学者の実父、若き日に弟子入りした洋画家・五百城文哉(いおきぶんさい)、上京して入会した小山正太郎主催の洋画塾「不同舎」などからの学びにあり、それらの経験が放菴の画業の礎となったようです。

本展では五百城文哉に学んだ頃の水彩画も展示。日光の社寺などを描き、〈未醒〉と款記されています。写実的で色鮮やかな作品に、放菴の画力の高さが伺えます。

また、カンヴァスに油彩の作品もいくつかあり、そのモチーフは中国の伝記や漢詩に題材をとったものも。中国の伝記集『列仙伝』に登場する黄初平を描いた《黄初平》は、背景に金箔地のような日本画のニュアンスが敷かれており、ひとつの作品にさまざまな国の要素がミックスされています。放菴ならでは、といった閃きでしょうか。

1915年にカンヴァスに油彩で描いた《黄初平》。金箔を貼ったような背景を油彩で表現しています。

「油絵は遂に予と分袂せん」晩年は日本画・水墨画に傾いていった放菴

放菴と言えば、「放菴紙」と呼ばれる、越前(福井)の職人に特別に漉かせた麻紙を用いた作品がよく知られています。その麻紙の風合いや、墨の滲みを生かした画風は、放菴独特のもの。それらの作品も数多く展示されていました。

なかでもダイナミックな《白雲幽石図》。浮き雲のような巨大な岩の右端に、翁がちょこんと座っています。その姿はもはや仙人然。

晩年、新潟県妙高市に「安明荘」という別荘を建てて過ごしたという放菴。その庭には「高石」「むじな石」と呼んだ大岩があり、その上に腰かけては妙高山を眺めていたのだとか。もしかしたらこの翁は、放菴自身でしょうか? 飽かず眺めていられる、不思議な魅力があります。

1933年頃に描かれた《白雲幽石図》。繊維の荒い麻紙に墨をかすれさせて、独特の表現を確立させた放菴。その画法にこの幽玄の世界……脱俗の精神を感じずにはいられません。

初期から晩年まで油彩画と日本画を並行して描いた放菴ですが、晩年は国政に係るもののみ油彩で描き、それ以外は日本画・水墨画に傾倒していたといいます。「予は茲に岐路に立つを見る、油絵は遂に予と分袂せんとるらし」「油絵具次第に遠きものに見え、水と墨との謄蒸眼前に在る」という言葉も残っています。

漢詩を題材に長閑な風景や幽玄な情景など描いた水墨画や、つい口元がゆるむ人々の表情など、ゆったりした心持ちで鑑賞できる作品もあれば、独特の空間の切りとり方などにハッとする作品もあり、見応えたっぷりです。

幾年経っても古びることなどないような、普遍性さえ感じる放菴の作品。いつか日光の美術館にも足を運んで、もっと多くの放菴作品を観てみたい。そんな気持ちを抱いた展覧会でした。

Information

小杉放菴展

会期:2024年11月16日(土)~2025年1月26日(日)

会場:八王子市夢美術館(東京都八王子市八日町8-1ビュータワー八王子2F)

開館時間:10時~19時(入館は閉館の30分前まで)

休館日:月曜

観覧料:一般 1000円、学生(高校生以上)・65歳以上 500円、中学生以下 無料

リンク:八王子市夢美術館

煌めく1400年前の王朝“長安”の文化に触れる!『長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―』

東京都・飯田橋にある〈日中友好会館美術館〉では、唐王朝(618~907年)の衣食住に触れる展覧会『長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―』が開催されています。

7~10世紀初頭までの約300年にわたって栄えた中国の統一王朝「唐」。漢詩、山水画、書、陶芸、茶など、多様な文化・芸術が隆盛したのもこの時代。漢詩で名高い李白や杜甫もこの時代を生きました。国際都市として賑わいを見せた当時の暮らしはどんなものだったのか、興味をお持ちの方も多いはず。ちなみに、観覧は無料です!

奈良の平城京、京都の平安京のモデルとされる「長安の街」

敵の侵入を防ぐべく高い城壁に囲まれた唐長安城。外周は約36キロメートルと広大で、約100万人の人々が暮らしていた、と紹介されています。碁盤の目のような正方形の区画は「坊」と呼ばれ、各坊には平均して1万人が暮らしていたとのこと。

この唐長安城内には、坊門が閉まったあとの大通りの通行を禁止する「夜間外出禁止令」が布かれていたといいます。これは夜遊びを禁止するものではなく、住民の移動を制限し、治安を維持するための禁止令。もちろん、各坊では小さな商店が軒を連ね、音楽を奏でたり、宴会をしたりと、夜も賑わっていたのだそう。さまざまな文化が生まれ、隆盛したというこの時代の夜のさざめきを想像するだけで、ワクワクしてしまいます。

また、この都市モデルは遣唐使によって日本に伝わり、平城京や平安京のモデルになったとも。先日、紫式部が主人公の大河ドラマを見ていたとき、CGの平安京の街並みが登場したのですが、まるで本展の「唐長安城地図」そのもの。

ちなみに、この左右対照的な建築形式は、後の北京の街づくりにも影響を与えたのだとか。唐長安城、すごい!

女性の活躍も著しかった唐時代

他王朝に比べると、高い社会的地位と権力を得ていたという唐の女性たち。まず、特筆すべきは中国史上唯一の女帝・武則天が誕生したのもこの時代。現在でも女性が国を統一するとなれば、歴史的な大ニュースになることがほとんどです。それが600年代に既に実現されていたとは……! 柔軟な視野を持つ時代だったことがうかがい知れます。

また、女性であっても配偶者を自由に選んで結婚・離婚をしたり、宮廷の役人として働いたり、馬に乗って矢を射ることもできたのだとか。

一方で、それまで女性の装束は体を覆いつくすものが主流でしたが、唐時代では透き通った絹織物を羽織るなど、肌を露出するファッションが流行。女性ならではの艶やかさの表現にも意識が向けられたようです。

さまざまな美を追求した当時の女性たちは、髪型、メイク、アクセサリーにもこだわりが。「高髻(こうけい)」と呼ばれる、髪を高く結い上げるスタイルが流行し、金に輝石をあしらった簪などをさしていた様子。

初唐・中唐・晩唐それぞれに流行した高髻やメイクなどがイラストを用いて紹介されており、各時代の美に対する嗜好がうかがい知れ、とても興味深く感じました。

唐時代に制作された美術品の特別展示も

さらには、唐時代の食卓や食文化、愛飲したお酒、お茶をはじめ、シルクロードを通じて他国との交易のなかで生まれた文化などにも触れられています。日本という国が、いかに唐に多くの影響を受けたか、文化受容の経緯も感じられる展示内容でした。

本展に展示されている美術品の多くは複製品ですが、「白磁盤口壺」「三彩杯」「青磁椀」「黄釉加彩婦女騎馬俑」と、7~8世紀の唐の時代に制作された美術品も展示されています。

また会期中は、映画上映、中国琵琶の演奏会なども実施されています。ご興味のある方は、狙ってお出かけください!

左の俑は、7世紀頃に埋葬の副葬物として作陶された「黄釉加彩婦女騎馬俑」

Information

長安・夜の宴 ―唐王朝の衣食住展―

会期:2024年10月11日(金)~12月1日(日)

会場:日中友好会館美術館(東京都文京区後楽1丁目5番3号)

開館時間:10時~17時(11/15、11/29は20時まで開館)

休館日:月曜

観覧料:無料

お問い合わせ:03-3815-5085

リンク:日中友好会館美術館

好古と考古、神話と戦争……「ハニワ」や「土偶」の社会的側面を知る展覧会『ハニワと土偶の近代』12月22日まで

「ハニワ」や「土偶」と聞いて、まず思い浮かべるのはどんなものでしょうか。子どもの頃に教科書で見た人や馬型の人形でしょうか。はたまた、美術専門誌の一面、観光で訪れた遺跡、もしくは子どもと一緒に見たNHKの教育番組、という方もいるかもしれません。

3世紀後半頃から制作されていたというハニワや土偶は、近代の日本の節目においてさまざまな受容体となり、象徴となり、キャラクターにされてきました。その変遷に触れる展覧会が〈東京国立近代美術館〉にて開催されています。その名も『ハニワと土偶の近代』。

ちなみに、古代に制作されたハニワ等は基本的に展示されていません。でも、“昭和生まれの人”には懐かしく感じられる展示品ばかりかも……⁉

日常に深く浸透している「ハニワ」という存在

序章「好古と考古 ―愛好か、学問か?」、1章「日本を掘りおこす ―神話と戦争と」、2章「伝統を掘りおこす ―“縄文”か“弥生”か」、3章「ほりだしにもどる ―となりの遺物」と4つの章で展開する本展。それぞれで印象深かった作品やエピソードをご紹介します。

序章では、1870年代~1900年初頭という“近代への入口付近”でのハニワへのまなざしにフォーカス。古物を愛する「好古」と、明治初頭に海外からもたらされた「考古」という2つの「こうこ」の比較を取り上げています。

展示のなかで目を引いたのは、放浪の画人として知られる蓑虫山人の《埴輪群像図》や《陸奥全国古陶之図》。遺物蒐集家であり、遺跡の発掘調査も手がけるなど学術的(考古)な視点を持っていた蓑虫。一方で描いた絵は、どちらかといえば「好古」のまなざしです。

蓑虫山人《陸奥全国古陶之図》。自ら集めた土器や土偶と中国風の調度品を文人画風にレイアウトした軸絵。

蓑虫山人《陸奥全国古陶之図》。自ら集めた土器や土偶と中国風の調度品を文人画風にレイアウトした軸絵。

さらに、五姓田義松によるハニワのスケッチは素焼きの質感や細部の陰影までも克明に表現され、「考古」といった印象。「好古」か「考古」か。同じものを異なる視点でとらえることで、どのようなものが見えてくるでしょうか。

続く1章では、ハニワ等の遺物が「万世一系」を示す特別な存在として認められ、戦争時には「子を背負った母のハニワは、あたかも涙を流さず悲しみをこらえる表情のよう」と、“理想的な日本人”の象徴として戦意高揚や軍国教育にも使役されてきた歴史にフォーカスしていきます。

神武天皇即位2600年を迎えた1940年には、建国神話を人々の生活に浸透させるため、ハニワ特集が組まれたり、さまざまな特別グッズが発行されたそう。左の後藤清一による乾漆の像《玉》は、「国風の精華を讃するもの、戦意高揚に資するもの」という課題のなかで制作され、戦時特別文展(1944年)に出品された作品。

神武天皇即位2600年を迎えた1940年には、建国神話を人々の生活に浸透させるため、ハニワ特集が組まれたり、さまざまな特別グッズが発行されたそう。左の後藤清一による乾漆の像《玉》は、「国風の精華を讃するもの、戦意高揚に資するもの」という課題のなかで制作され、戦時特別文展(1944年)に出品された作品。

戦中、国粋主義の象徴となっていたハニワですが、じつは自由を求める前衛主義のモダニストたちにも愛されていたという驚くべき事実も。社会情勢に圧され、自由な表現が許されなかった戦時中の画家たちは、国家自体が率先して使っていたハニワを前衛アートのモチーフとすることで、厳しい統制をすり抜けることができたのだとか。

対局にある観念のなかで、同じモチーフに依存する。なかなか皮肉な話で、とても印象深いエピソードでした。

岡本太郎の《顔》。前衛いけばなの花器として構想された作品。実際に岡本が花を活けた写真なども会場に展示されています。

岡本太郎の《顔》。前衛いけばなの花器として構想された作品。実際に岡本が花を活けた写真なども会場に展示されています。

2章では、戦後の日本で起こった、ハニワを巡るムーヴメント的事象をさまざまに取り上げています。

「万世一系」という皇国史観の脱却を喫緊の課題とした戦後の日本。インターナショナリズムへと梯子を架け替えるなかで、ハニワを巡る新たな論争も次々と勃発していったようです。そのひとつが岡本太郎による「縄文か、弥生か?」という伝統論争。ほかにも出土遺物の美的な価値を発見したイサム・ノグチのエピソードなど、多角的な視点の展示が展開されています。

最後となる3章では、オカルト、SF、特撮、マンガなど、新たな形で大衆へと浸透していく1960年代以降のハニワが紹介されています。NHKの教育番組で人気を博した「おーい!はに丸」に関する情報も。それらを眺めて「懐かしいなあ」と思いつつ、古代の日本文化が現在の暮らしに深々と溶け込んでいること、それらを違和感なく受け入れている自身の無自覚を実感するかもしれません。

その素朴で静かなる姿からは想像できないほど、歴史の大きな動きのなかで翻弄され続けてきたハニワ。この遺物を取り巻く歴史的背景に終始驚くばかりの展覧会でした。ぜひ会場を訪れてみてはいかがでしょうか。

また、上野の〈東京国立博物館〉では、ハニワや土偶がズラリと並ぶ特別展『挂甲の武人 国宝指定50周年記念 特別展「はにわ」』も開催されています。『ハニワと土偶の近代』を観たあとなら、また違った視点でハニワと向き合えるかもしれません。

Information

ハニワと土偶の近代

会期:2024年10月1日(火)~12月22日(日)

会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(東京都千代田区北の丸公園3‐1)

開館時間:10時~17時 (金・土曜は10時~20時、入館は閉館の30分前まで)

休館日:月曜 (ただし11月4日は開館)、11月5日(火)

観覧料:一般1800円、大学生1200円、高校生700園、中学生以下と障害者手帳をご提示の方と、その付添者(1名)は無料

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:東京国立近代美術館サイト

“怖い浮世絵”で納涼! 太田記念美術館にて「浮世絵お化け屋敷」開催中

お盆が過ぎ、朝夕は涼しさを感じるものの、まだまだ日中の残暑が厳しい9月。そんな今こそ、日本古来の方法で涼んでみるのはいかがでしょう?

世界有数の浮世絵コレクションで知られる〈太田記念美術館〉(東京都渋谷区)では、2024年9月29日(日)まで「浮世絵お化け屋敷」と題した展覧会が開催されています。

さまざまな事象が「物の怪の仕業」と強く信じられていた近代以前の日本。恐怖の物語や、震え上がるような出来事が浮世絵で描かれ、恐々ながらも市井の人々に親しまれてきました。

そんな、古人の背筋を凍らせてきた浮世絵を集めた企画展。夏の〆としておもしろそう! と思い、お邪魔してきました。

足がない!

残念ながら館内は写真撮影NG。ぜひ〈太田記念美術館〉の公式サイトを眺めながら雰囲気を感じていただけると嬉しいです。

本展に展示されている作品の多くは、国芳、国貞、広重といった歌川派の面々や、陰惨なモチーフやシーンをよく描いたことから“血まみれ芳年”と呼ばれた月岡芳年など、江戸~明治期に活躍した絵師の作品が中心。

「怒れる亡霊たち」「哀しむ幽霊たち」「祟る怨霊たち」「不気味な屋敷」といったテーマのほか、鬼・天狗・河童といった怪物や妖怪、狐・狸・鵺・土蜘蛛・蛸などの動物を取り上げた作品もありました。

亡霊や怨霊などの作品を眺めていておもしろいなあと思ったのは、足の描き方。その多くが足先が描かれていないんです。

徐々に霞ませ消えていく足もあれば、伸びた餅のようにヒョロ〜ッと描かれたものも。なかにはつま先までしっかり描かれた亡霊もいましたが、多くは足がない。

調べてみると、足のない幽霊を初めて描いたのは円山応挙で、それ以降、日本の幽霊には足が無い場合が多いのだそう。これは日本独自の表現方法のようです。

西郷隆盛の不気味すぎる霊

本展において作品数がずば抜けて多い月岡芳年。躍動感と凄みにあふれた武者絵が有名ですが、惨たらしいものや、おどろおどろしいモチーフも好んで描いています。

本展(後期)に展示されている芳年の作品の中で、最も背筋がひんやりしたのは《西郷隆盛霊幽冥奉書》。霊となった西郷隆盛が真っ黒な軍服に身を包み、「建白」と書かれた奉書を手にしています。その目は焦点が合わず、唇も真っ青で、暗黒からヌッ……と現れたような不気味さ。

この幽冥奉書は大久保利通に宛てたものだとする説が有名なようです(その理由は、ぜひ展覧会場のキャプションでご確認を)。大久保利通が暗殺された直後にこの錦絵を描いた芳年。その意図とは……? なにか底知れない思惑が含まれていそうです。

可笑しみいっぱいの作品も

怖いだけでなく、口の端が緩んでしまうような浮世絵もたくさん展示されています。

月岡芳年による《芳年存画 邪鬼窮鬼》には、邪鬼と窮鬼(いわゆる貧乏神)に恐れおののき、大きな福袋の下に逃げ隠れる恵比寿天と大黒天が描かれています。彼らの表情がとってもユニークで、可笑しみたっぷり。

また、深川木場に現れた河童をオナラで退治するという《東京開化狂画名所 深川木場 川童臭気に辟易》や、神田明神にて7人の影武者といろんな表情で撮影に臨む平将門を描いた《東京開化狂画名所 神田明神 写真師の勉強》など、その斬新な発想力と謎すぎるテーマにニヤリとしてしまうこと間違いなし。

目に見えぬ力を信じ、信仰を大切にしていた江戸時代の人々。こういった浮世絵を前に想像力を働かせ、「おお、こはひ……」と夏をやり過ごしていたのでしょう。そんな当時の人々の畏怖にも思いを馳せながら、ぜひ〈太田記念美術館〉で涼しいひと時を過ごしてみてはいかがでしょうか。

Information

浮世絵お化け屋敷

会期:2024年8月3日(土)~9月29日(日)

会場:太田記念美術館(東京都渋谷区神宮前1-10-10)

開館時間:10時30分~17時30分(入館は17時まで)

休館日:9月9日、17日、24日は休館

観覧料:一般1200円、大高生800円、中学生(15歳)以下無料

※中学生以上の学生は学生証をご提示下さい。

※障害者手帳提示でご本人とお付き添い1名さま100円引き。

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:太田記念美術館公式サイト

さまざまな“いきもの”をモチーフとした逸品に眼福!〈皇居三の丸尚蔵館〉の「いきもの賞玩」展

皇室に受け継がれた品々を保存・調査・研究するための施設としてひらかれている、東京・大手町の〈皇居三の丸尚蔵館〉。現在、「いきもの賞玩」と題した展覧会が2024年9月1日(日)まで開催されています。

私たちの身の回りに存在する小さないきものたち。天皇家もそれらの存在を身近に感じ、心を配り、生き物をモチーフとした美術品も身近に置いてきたようです。

上の写真は明治時代後期~大正時代に制作され、宮内省に収蔵されている牙彫作品「羽箒に仔犬」。羽箒のヒモをくわえて遊ぶ、まるまるとした仔犬の愛らしさ……! 象牙の丸彫りでつくられています。

このようないきものがモチーフとなった逸品が、入れ替えを含めて52品展示されている本展。あの有名な“国宝”も拝観できるとあって、お邪魔してきました。

伊藤若冲筆の国宝「池辺群虫図」も!

書跡、軸などが中心の「詠む・描く」の章には、昆虫や鳥を詠んだ漢詩や和歌、動物が描かれている場面の絵巻などが展示されていました。

流麗な筆致で書かれたこちらは、江戸時代中期の公家・近衛家煕が、花と鳥を題にとった和歌を十二カ月撰んで書写した「十二月花鳥和歌」です。

藤原定家の自撰歌集『拾遺愚草』から引用した和歌とのことで、十月は鶴、十一月は千鳥が題となっています。鳥をテーマに寂寥感を醸す歌もステキですが、あまりにも気品漂う麗しい書と、月によって変わる文字の構成に、しばし見とれてしまいました。

こちらは、円山応挙に師事した山口素絢の「朝顔狗子図」。犬好きとして知られる応挙にならって、素絢も可愛らしい仔犬を描いたそう。

コロコロとした仔犬のあどけない表情と、繊細に描かれた朝顔が清々しい。隣に佇んでいたインバウンドで来たらしい外国人の少女が、この絵を見て「Cute……!」と小さく呟いているのが印象的でした。

そして、本章の最たる見どころは、伊藤若冲の「動植綵絵 池辺群虫図」。

全部で30幅あるという「動植綵絵」。そのうちのひとつ「池辺群虫図」は、初めて目にした瞬間、なんとも鮮やかな色彩に驚きました。

瓢箪がたわわに実る池のまわりに棲むいきものたち。どれも生き生きと繊細な描写で描かれ、いきものたちの会話が聞こえてくるような不思議な感覚があり、飽かず眺められます……!

江戸時代中期に描かれたものにしては保存状態が非常によく、皇室にとっても特別な美術品であることが伝わってきました。眼福です。

虫の大名行列⁉

かつての明治宮殿を飾るためにつくられた大きな花瓶や壁掛けなどが展示されている「かたどる・あしらう」の章。「羽箒に仔犬」も本章に展示されています。

見応えのあるさまざまな美術品のなかでも、特にインパクトのあった「竹籠に葡萄虫行列図花瓶」。高さ1メートル程の白磁の花瓶に、竹編みの籠やブドウの蔦・葉などを装飾し、その奥にさまざまないきものがあしらわれています。

コオロギ大名を駕籠に乗せ、隊列を成すバッタの従者。これは大名行列を描いているのだそう! その行列を眺めるアマガエルもいます。

この発想自体がとてもユニークかつ、竹籠も、ブドウの蔦も、すべて陶磁でできているという驚愕の逸品。こちらも飽かず眺めて楽しめます。手がけたのは初代・宮川香山です。

続く「いろいろな国から」の章は、公務においてさまざまな国と交流するなかで、各国から贈られた美術品が展示されています。美しいガラスの花瓶にあしらわれた魚、宝石の鳥、古代の壺に描かれた生き物など、日本で生まれた芸術品とは大きく異なる、それぞれの美しさがありました。

目の肥えること間違いなしの本展は、9月1日まで。展覧会を楽しんだあとは、開放されている皇居内の散策も楽しいです。ぜひ訪れてみてください!

Information

いきもの賞玩

会期:2024年7月9日(火)~9月1日(日)

会場:皇居三の丸尚蔵館(東京都千代田区千代田1‐8 皇居東御苑内)

開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)

※毎週金曜・土曜は夜間開館、20時まで開館(最終入館は19時30分まで)

※ただし8月30日(金)を除く

休館日:月曜

観覧料:一般1000円、大学生500円

※高校生以下及び満18歳未満、満70歳以上の方は無料。入館の際に年齢のわかるもの(生徒手帳、運転免許証、マイナンバーカードなど)をご提示ください。

※障害者手帳をお持ちの方とその介護者各1名は無料(日時指定不要)。

※事前に日時指定をお願いします(一般・大学生・高校生以下および満18歳未満、満70歳以上の方が対象)

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

リンク:

皇居三の丸尚蔵館

入館チケット予約

大河ドラマ「べらぼう」の題字をはじめ、世界から注目が集まる書家の展覧会『石川九楊大全』

東京都上野にある〈上野の森美術館〉では、書家・石川九楊さんの全軌跡を辿る展覧会『石川九楊大全』が2024年6月8日(土)~7月28日(日)の期間で開催されています。

石川さんといえば、2025年放送予定の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の題字を担当したことで、近年ますます注目が集まっています。

「前衛書」と呼ばれる戦後の水準を超えた、現代に共鳴する“書”の地平を切り拓いてきた石川さん。これまでに制作した約2000点の作品から300点が厳選され、「前期」と「後期」で作品を入れ替えて展示。現在は、後期『【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ』が開催中です。(ちなみに前期は『【古典篇】遠くまで行くんだ』というタイトルでした。)

御年79歳という書家の書業に触れたく、美術館を訪ねました。

大河ドラマの題字に採用された書も展示されています!

書は「文字」ではなく「言葉」を書く表現

「お願いだから『書』と聞いて習字や書道展の作品を思い浮かべるのではなく、筆記具でしきりに文章を綴っている姿を思い浮かべてほしい。本展を鑑てのちは。」

このような石川さんのステートメントからスタートする〈第一室〉。トンネルのような薄暗がりで無彩色の作品を鑑賞するという、ちょっと意表をつかれる演出です。

〈第一室〉に並ぶのは1960~70年代に制作された作品。詩人・谷川雁、鮎川信夫、吉本隆明らの言葉や、「磔刑」「吊」といった穏やかではない言葉の書が並び、それらは升目に整頓された文字ではなく、押し寄せる感情をそのまま筆に乗せて走らせた、生き物のような言葉の羅列。書道展などで観る作品とは全く異なる、どちらかといえば現代アートにも通ずるような書が60年代には生まれていたことに驚きました。

石川さんが、ここに発しここに帰結するとする「書は『文字』ではなく『言葉』を書く表現である」という書業。このあとも、この言葉をまざまざと目の当たりにすることになりました。

“語り部”のような書

〈第一室〉を抜けると、パッとひらけた大空間の〈第二室〉が。そこには灰色の紙に言葉を隙間なく連ねたタペストリーのような作品や、何メートルと横に広がる作品や、言葉がゾワゾワと蠢いているようにも見える衝立などが並んでいます。〈第二室〉に入った瞬間、言葉と、言葉にこもった重みと、書に向き合った時間の集積とが、洪水のように押し寄せ、溺れるような感覚に陥りました。

こちらに展示されている作品は、聖書の言葉を題材にした若き日の代表作「エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ」が中心。うねるように書きなぐったり、かすれたり、流麗だったりと、書にはさまざまな抑揚が。それはまるで語り部が、声を荒げ、怒り、泣き、平静を取り戻し、笑ったり、小声になったりしながら物語る様子をそのまま書で表現しているよう。生々しさをこんなにも感じる書を見たのは初めてかもしれません。

書の新時代を切り拓く展覧会

その後も、膨大な作品に圧倒されっぱなしの『石川九楊大全』。〈第三室〉以降は、若き日の探求と試行から生まれた新たな書の表現へ。字一つひとつを分解し、象形化していくような試みも見られます。

〈第四室〉には、俳人・河東碧梧桐の句をモチーフに、2020年に制作された115作品が並びます。〈第五室〉では、小説家・思想家のドストエフスキーや、詩人の吉増剛造の作品を、現代に共鳴する新たな書の表現に昇華させた作品が。さらに、福島第一原子力発電所事故の責任と第二次世界大戦の責任の在り方をリンクさせた「二〇一一年三月十一日雪―お台場原発爆発事件」、その原発事故と東京五輪について言及した「東京でオリンピック?まさか!」、コロナ渦をうけて綴った「『全顔社会』の恢復を願って」など、現代の不合理を追撃した自作詩をつくり、それらを書で表現しています。

東アジアで生まれ、さまざまに発展し、戦後以降は、際立った発展がなかったという「書」の世界。ですが、石川さんを中心として今、新しい書の表現が生まれる時代に突入しているのかもしれません。その新時代を切り拓くきっかけにもなりそうな本展、おすすめです!

新潟県の銘酒「八海山」のラベルに採用されている書は石川さんが書かれたものなのだとか!

Information

石川九楊大全

会期:2024年6月8日(土)~7月28日(日)

【前期】2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【後期】2024年7月3日(水)~7月28日(日)

会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園 1-2)

開館時間:10時~17時

※入場は16時30分まで

休館日:会期中無休

観覧料:一般・大学生・高校生2000円

※中学生以下、障害者手帳をお持ちの方と付添いの方一名は無料

リンク:石川九楊大全公式サイト 

高名な画家によるワンちゃん・ネコちゃんの名画が一堂に会す『犬派?猫派?』展

散歩中に主人の顔を振り返り、振り返り、うれしさを隠せないワンちゃん。名前を呼んでも顔すら上げないのに、あるときはベッタリと甘えてくるネコちゃん。ひとたび家族となれば、人間と同じように愛しく、いなければ寂しさを覚える動物たち。そんな動物への感情は遠い昔から変わらないもののようです。

東京都広尾にある〈山種美術館〉で開催中の『犬派?猫派? -俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで-』は、17世紀〜現代の画家による、犬もしくは猫(一部鳥も)を題材にした56作品の展覧会。

副題の通り、高名な画家の作品も並びますが、各章には「ワンダフルな犬」「にゃんともかわいい猫」「トリ(最後)は花鳥画」と、洒落を効かせたラフなタイトルが。肩の力を抜いて、顔をほころばせながら楽しめる内容になっています!

「ワンダフルな犬」

展覧会場のトップを飾る作品は、“琳派の祖”と呼ばれる俵屋宗達の《犬図》。ブチ模様の小柄な犬が「早くおいでよ!」といわんばかりに後ろを振り返り、楽しさのあまり飛び跳ねているよう。全身で喜びを表すワンコの姿が愛おしく、宗達はこの絵を描いたのかもしれません。

続く作品は、円山応挙の《雪中狗子図》。観た瞬間「かわいい〜」と目尻が下がること間違いなし。5匹の仔犬のころころまるまるとした体、邪のないつぶらな目、トロンと眠そうな顔。仔犬の愛らしさがそのまま画中に! 犬好きとして知られる応挙。17世紀頃は犬が作品の題材になることは少なかったようですが、応挙は好んでよく仔犬を描き、その絵の愛らしさに当時から人気を博していたのだそう。

そして、応挙に師事した長沢芦雪も仔犬図をたくさん描いたひとり。本展にも3作品が展示されています。そのうちのひとつ《菊花子犬図》がこちら。

かわいさ、爆発。戯れる9匹の子犬の表情も、しぐさも、なんともユーモラスです。きっと芦雪も「かわいや〜、かわいや〜」と目をトロントロンにしながら描いたのではないでしょうか。師である応挙の作品と比べながら楽しむのもおすすめです。

ほかにも、伊藤若冲の作品や、当時珍しかった洋犬(ダックスフントらしき犬)が描かれている《洋犬・遊女図屏風》(作者不詳)、愛犬家であり飼い犬をモデルに多くの絵を描いた川端龍子の作品など、さまざまな画家たちの、さまざまな犬の表現が楽しめます。

「にゃんともかわいい猫」

続く章は猫編。本展の見どころとして上がっているのは、竹内栖鳳の《班猫》です。作品のモデルとなった猫は、旅先の沼津で見かけ、飼い主との交渉の末に自宅に連れて帰ったというエピソードが。栖鳳はこの猫に出会った瞬間、徽宗皇帝の猫の絵を想起し、表現意欲が湧いたのだとか。

ふんわりと描かれた下毛に、写実性を高めていく一本一本の毛描。猫の体温まで感じられるようなリアルさがあります。緑青の瞳もミステリアス。

絢爛さと、ちょっとした異様さを放っていたのは、黒猫、白兎、いくつかの木立(躑躅、枇杷、青桐、紫陽花など)を描いた速水御舟の四曲一双《翠苔緑芝》。琳派作品を意識した大胆な色面と構図にソワソワしてしまうのは私だけ……? なんとも不思議な作品です。御舟はこの絵に対し「もし、無名の作家が残ったとして、この絵だけは面白い絵だと後世いってくれるだろう」と語ったのだそう。

また、「猫に猛獣の面影があるところがよい」と語った藤田嗣治の《Y夫人の肖像》には、ゴージャスなドレスに身を包む女性のそばでゆるりとくつろぐ4匹の猫。そして、即興で描いたという山口晃の《捕鶴圖》には、作戦を立てて鶴を捕獲しようとする擬人化された猫たちの姿が。なにやら楽しげです。

個人的には「猫派」の私ですが、長沢芦雪のガジガジモフモフな仔犬たちにやられ、「犬もいいな……」と気持ちが揺らいでしまった本展。案外、推しを覆す罪深い展覧会かもしれません。会期は7月7日(日)まで!

Information

犬派?猫派?-俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで-

会期:2024年5月12日(日)~7月7日(日)

会場:山種美術館(東京都渋谷区広尾3-12-36)

開館時間:10時~17時

※入館は16時30分まで

休館日:月曜

観覧料:一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)

※障害者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)一般1200円

※きもの特典:きものでご来館のお客様は、一般200円引きの料金となります

リンク:

山種美術館「犬派?猫派?」特設サイト

強烈な「個性」の創造に至った“最後の文人画家”の回顧展『没後100年 富岡鉄斎』5月26日まで!

今年の春の京都は、山水画・文人画の巨匠に焦点を当てた、ビックな展覧会が続いています。

ひとつは〈京都国立博物館〉で開催中の『雪舟伝説 ―「画聖(カリスマ)」の誕生―』。先日のブログにて特別展の内容をご紹介しました。

そして、もうひとつが〈京都国立近代美術館〉で開催されている『没後100年 富岡鉄斎』展です。幕末の京都に生まれ、儒学・国学・仏教などの諸学を広く学びながら、同時に南宋画、やまと絵などの多様な流派の絵画も独学した、「最後の文人画家」と呼ばれる富岡鉄斎。大正13年(1924年)に亡くなり、今年で没後100年となります。

そんな鉄斎の画業と生涯を回顧する展覧会を訪ねてきました。

京都国立近代美術館の外観。

『雪舟伝説』の観覧後ならなお驚く⁉ 鉄斎の自由闊達な山水表現

序章にもかかわらず、鉄斎の画業初期~晩期の手前まで一気に辿るという、最初から見応えたっぷりの本展。

最初に強い関心を引かれたのが、初期の大作といわれる屏風《高士隠栖図・松雲僊境図》。右隻と左隻で山水表現が大きく異なり、実験的で、自由闊達で、力強くも優しさが漂っています。

じつは同日の午前中に『雪舟伝説』を観覧してきた筆者。雪舟の作品は日本美術史に大きな影響を与え、多くの画家がその山水描画を手本としていたなかで、鉄斎は全く独自の山水表現を展開。そういった意味でも《高士隠栖図・松雲僊境図》の奔放さに驚くばかりでした。

鉄斎の「印癖」

続く第1章は「鉄斎の日常 多癖と交友」と題し、京都の室町通一条下ルの画室を彩っていたという文房清玩、旧蔵本、筆録などが展示されていました。

「文人多癖」とは鉄斎が好んだ語。陶淵明は「菊」、陸羽は「茶」、米芾は「石」と、中国文人たちはさまざまな癖を楽しんでいたといいます。鉄斎も、文具、絵具、煎茶道具、書物などを蒐集してきたようですが、なかでも癖の代表と呼ばれるものが「印」なのだとか。

本展ではなんと、鉄斎が所有していた120以上の印章がずらり! それらは自身の落款印だったり、江戸時代に活動した文人や大陸からやってきた印だったり。なかには鉄斎が大きな影響を受けたという江戸期の文人画家・池大雅刻のものや、鉄斎が晩年に交流した「清代最後の文人」呉昌碩による刻印もありました。鉄斎の癖だけでなく、幅広い交友関係をもうかがえる内容でした。

老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に……

良い絵を描くには「読万巻書行方里路(万巻の書を読み、万里の路を行く)」という先人の教えを重んじた鉄斎。妻の出身地である伊予、耶馬渓、富士山頂、蝦夷など、鹿児島から北海道まで旅し、各地の景勝を辿ったといいます。第二章は全国各地を巡った鉄斎の画業を振り返る章。

そして最終章は、西洋美術の到来によって「個性」が尊ばれ、多くの画家たちが新動向に右往左往した大正時代に、「画を以て法を説く(絵によって道徳や真理を語る)」という古風を貫き、主題に画風を合わせ、先人の“筆意”に思いを馳せ、己を信じるままに貫いた鉄斎の円熟期(70~80歳)の作品に焦点が当てられていました。

本章に並ぶ作品は、これまで以上に自由度が増し、すさまじい迫力に満ちあふれています。特に本展のパンフレット表紙を飾る《妙義山図・瀞八丁図》の、大地の鼓動やエネルギーといったものを山水図に漲らせる境地。老熟してますます自由に、華麗に、豊潤に展開していったようです。

西洋美術の到来に右往左往した誰よりも、強烈な「個性」の創造に至った鉄斎。最終章に並ぶ作品群に胸が震えました。

パンフレット表面。下が鉄斎71歳で描いた《妙義山図・瀞八丁図》の右隻。

ところで、東京の〈東京国立博物館〉では、清代最後の文人・呉昌碩の『生誕180年記念 呉昌碩の世界』展(2024年1月2日~3月17日)が、〈出光美術館〉では、江戸期の文人画家・池大雅の大回顧展『生誕300年記念 池大雅―陽光の山水』(2024年2月10日~3月24日)などが行われてきました。2024年は山水画や文人画の魅力を再考するスペシャルイヤーになるのかもしれません。

『没後100年 富岡鉄斎』の会期は5月26日まで。閉幕も間近です。近隣の方、京都を訪れるご予定のある方はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

京都国立近代美術館の入口は、平安神宮の大鳥居が目印です。

Information

没後100 富岡鉄斎

会期:2024年4月2日(火)~5月26日(日)

会場:京都国立近代美術(京都市左京区岡崎円勝寺町)

開館時間:10時~18時

※金曜は20時まで開館

※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜

観覧料:一般1200円、大学生500円

※高校生以下・18歳未満は無料(入館時に証明できるものを提示)

※心身に障害のある方と付添者1名は無料(入館時に証明できるものを提示)