【持ち物でセルフ・プロデュース《根付》】

こんにちは! 初心者大歓迎の《骨董・美術品専門のオークションサイト》サムライオークション、スタッフの利休です。

いかつい顔のおじさんが取り出したスマホケースに、かわいいキャラクターのステッカーを見つけて思わずニッコリ、そんな経験はありませんか? 

人は見た目の印象が想像以上に大切。強面の見た目で損をしてしまいがちな男性には、《根付》を活用したセルフ・プロデュースはいかがでしょうか。

バックやスマホケースなどに、個性豊かな根付をアクセサリーチャームとして下げてみると、センスの良さや文化的な奥行きを演出することができますし、話題づくりにも役立ちます。

本来は和服の帯に物入れを下げるために使われていた実用品も、今では装飾美術品のコレクターズアイテム。ユニークなのは、その魅力が日本よりもむしろ海外で定着していることです。《Netsuke》という単語は、浮世絵や日本刀などと同様に日本を代表する美術工芸品として、欧米で日本以上に市民権を獲得しています。

江戸時代の職人の技術やセンス、そして遊び心が、時代を超えて先進国の現代人に高く評価されるというのは、とても愉快ですね。海外のオークションでも多くの根付が売買されていますし、骨董・美術品としての流通性は確かに確立されているのですが、歴史的に価値の高い高価な作品を購入するのではなく、自分の好み・センスで選んでお小遣いの範囲で購入し、日常で使って楽しむというスタイルをオススメしたいです。 画像の形彫根付は、骨董市で見つけたもの。お坊さんの頭がバネじかけになっていて、ユラユラと動きます。出品数はそれほど多くはありませんが、一般的な骨董市でもよく見かけますので、お気に入りの作品を探してみてはいかがでしょうか? 長く使うほどに味わい深く変化していく、魅力の骨董・美術品です。

【器を愛でながら日本酒を味わう《酒器》】

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普段、日本酒は嗜まないのですが、たまに無性に飲みたくなる日があります。それは底冷えのする冬の日と、味わいのある酒器に出会った時です。お猪口よりも少しサイズの大きいぐい呑が好みで、愛用品もいくつかあるのですが、骨董市などで気に入った作品と出会うと購入して家飲みしたくなります。

1年を通じて日常的にお酒を温めて飲む文化というのは、世界的には珍しいようですが、冬はもちろん夏でも燗酒を好む人は一定数存在します。私はさすがに夏に燗はつけませんが、ぐい呑を使いたい気持ちから冷酒を楽しむことはあります。ぐい呑だけではなく、お酒を注ぐための酒器も魅力的です。

ワインのデカンターは、ビンテージワインをより美味しく飲むために使いますが、日本酒用の『徳利』や『銚子』、『提子(ひさげ)』、『片口』などもお酒の味を変え、同時に器としての趣を楽しむことができます。その材質は陶磁器、金属、ガラス、漆器などさまざまで、デザインのバリエーションも豊富です。

恐らく、本当にお酒が好きな飲兵衛さんは、お酒の銘柄にこだわるのでしょうが、酒器を中心に晩酌を楽しむのも一興。私の好みは陶器、中でも華やかな九谷より、素朴で無骨な備前焼に惹かれます。特別な作家の時代モノではなくても、自分の気に入った作品を気軽に手に入れて楽しめるので、酒器は骨董入門としてもオススメです。

サムライオークションでは現在、《酒器》で検索しますと以下の出品作品を確認できます。

《▼『酒器』での検索結果・作品はこちらです》

サムライオークションにもこれから、《酒器》がもっと多く出品されると嬉しいです。応援よろしくお願いします!

【仏教とともに日本にやってきた《香炉》】

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日本では飛鳥時代に、仏教とともにお香を焚く習慣が伝わってきたとされています。仏教が誕生したインドは、一年を通して気温が高いため、もともとは悪臭を防ぐためにお香が発達したのではないかと想像するのですが、そもそものお香の歴史はもっと古く、紀元前3000年前のメソポタミア文明からシダーが香木として使われていたり、古代エジプトでも調合したお香が重要な輸出品にもなっていたそうです。

香りは、脳に直接的に働きかけるため、記憶に結びつきやすいという感覚は皆さんお持ちだと思うのですが、確かにある種の香りを嗅ぐことで特定の脳内ホルモンが分泌されたり、リラックス効果があることは、アロマテラピーなどさまざまな民間療法の存在からもわかります。

そんな香りを楽しむための道具もさまざまありますが、今回画像でご紹介しているのは香炉です。香炉にも多くの種類があります。もともとは仏具なのですが、香道などにも使われるようになり、お部屋のインテリアとしても映えるアンティーク調の香炉も沢山あります。

香炉は、使っていくうちに味わいが出てくるものですし、スタイルもさまざまあるので、骨董市やオークションなどでお気に入りを探すのが楽しいアイテムです。香炉で焚く香炉灰もバリエーションが豊富にあるので、自分が好きな香りを探すのも楽しみのひとつですね。

アンティーク小物をもっと自由に使って、ステイホームの毎日を楽しくしていきましょう! サムライオークションでは、日常の中で楽しめるアート作品やアンティーク小物などの出品を通じて、アートのある暮らしを応援していきたいと考えています!

【職人の手仕事に圧倒される《自在置物》】

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鉄や銅、四分一(銀と銅の合金)などの金属を材料として、龍や昆虫、エビ、カニなどの甲殻類などを写実的に、しかもその手足や体節などが本物同様に動かせるように作られた金属工芸作品《自在置物》。博物館などに所蔵された一級品のみならず、骨董市などでみかけた作品でも、その職人技には常に尊敬の念を感じます。

その卓越した技術の源流には、仕事を失った職人たちの技があることをご存知でしょうか? 

室町時代の応仁元年、1467年に始まったとされる戦国時代ですが、歴史に名を残す戦国武将たちを陰から支えていたのが鎧や兜を作ったり修理したりする職人、具足師です。甲冑師(かっちゅうし)や甲匠(こうしょう)とも呼ばれます。

日本では、鉄製の甲冑製作は、古墳時代から始まっていたとされています。鉄板を素材としながら、身体に合った微妙な曲線を巧みに製作する技術は、一朝一夕ではできないものでしょう。やはりいくつかの職人集団があり、お互いに技を磨きあって、激しい戦闘の中で技術革新が進んでいったのだと思います。

ところが、戦乱のない江戸時代になり、武具類の需要が減少。具足師達は経済的に苦しくなります。そこで、技術伝承と収入を得るために、刀の鍔(つば)や轡(くつわ)などの武具や馬具などを足がかりに、鉄製の工芸品を作り始めました。それが、《自在置物》という金属工芸ジャンルの誕生につながっていったようです。

自在置物は、日本国内よりも欧米では早くから高い評価を受けており、多くの一流作品が海外に残っているようです。

今年のコロナ禍においても、一瞬にして消滅してしまった人々の需要や仕事があり、唖然としました。そんな想像を超えた苦境に立たされた時でも、確かな技術や技を身につけていれば、それが新しい道を切り開いてくれるという示唆に富んだ話だと思います。

サムライオークションには現在、《自在置物》は公開されていませんが、マニアックなアンティーク品が数点公開されています。

《▼『アンティーク』での検索結果はこちらです》

お時間のある時に、ぜひご覧ください。

【《竿秤》を手にすることで学べるもの】

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長さ、体積、重量の3つの単位を合わせて度量衡(どりょうこう)と言います。計測の概念とそれを測る〈ものさし・ます・はかり〉などの器具を意味します。古来より計測することは、租税・貨幣・土地制度など、社会を維持するための基本中の基本、正しく測ることはすなわち国家の根幹に通じています。

日本における度量衡(計測法)の歴史は、大宝律令(701年)に始まり、長さは〈寸(すん)・尺(しゃく)〉、体積は〈升(しょう)〉、重量は〈貫(かん)〉を基本の単位としましたが、実際の数値は地域や年代、用途によってもばらばらだったようです。

ばらばらだった数値が統一され、〈尺貫法〉として成立したのは1875年(明治8年)ですから、それまではさまざまな取引の際に行われる計測には、多分に怪しいものもあったと考えられます。

いつの時代も、不正によって利益を得ようとする人間はいるものです。このため、精密な秤が必要となり、織田信長(1534〜1582年)が卓越した技術を持つ職人に〈天下一〉の称号を与え、道具に〈天下一〉という極印を押すことを許可しました。いわゆる、お墨付きというやつですね。

1653年、江戸幕府は〈天下一〉の称号を受けた東西2つの秤職人だけに、竿秤(さおばかり)の製造と販売、検査・修理を限定しました。この職人集団は、江戸の『守随(しゅずい)家』と京都の『神(じん)家』です。

画像のひょうたん型のケースに入った竿秤は、別名銀秤(ぎんばかり)とも呼ばれ、江戸時代以前まで秤量貨幣として流通していた銀や砂金の重さを測るために使われました。取引をする上で互いの平等を確認し合うため、それぞれが自前の携帯用の秤を持っている必要があったんですね。

骨董道具は、鑑賞して楽しむ他に、その歴史、使われ方、刻印の意味などなど、興味を持って調べだすと無限に広がる楽しみがあります。ぜひサムライオークションで、骨董道具の世界を広げていってください。

【歴史と味わい深さと実用性《箱物》】

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世界遺産、法隆寺の五重塔は、建立から1400年以上が経っています。さらにその材料となっているヒノキは、樹齢1000年以上と考えられているため、その木材が芽吹いた時は紀元前ということになります。日本では、楠、欅、イチイ(アララギ)、杉などが長寿の木とされていますが、場合によっては2000年を超える寿命の個体もあるようで、それだけで私などは畏敬の念を感じてしまいます。

そのような長寿の木は概ね堅い材質のため、摩擦や衝撃に強く、建築物をはじめさまざまな加工品として使用されてきました。箪笥や机など、木目が美しいものは観賞価値も高く、高値で取引されていたようですが、骨董品市場にも木目の美しさや経年劣化の味わいを感じさせる木工家具が出品されています。

今回画像でご紹介しているのは、銭箱とよばれる金庫。江戸時代から大正にかけて使われていました。さまざまなデザインがありますが、ユニークなのは丈夫に丸い穴が空いているタイプ。江戸時代に広く流通していた寛永通宝という四角い穴の空いた貨幣を入れるために開けられた穴で、当時のお財布である『銭通し』(貨幣の四角い穴に通してまとめるための紐)のまま、箱の中に仕舞えるようになっています。金庫であり、レジのような役割もあったのではと思います。

銭箱の穴は、現在の500円硬貨くらいの大きさです。アンティーク貯金箱としても使えますし、自分好みに磨けば、美しい木目を鑑賞したり、往時の商売人の仕事ぶりに想いを馳せることもできるはず。実用と鑑賞用とを兼ね備えた骨董品ならではの楽しみ方が広がります。

まだ道具類の出品は多くはありませんが、サムライオークションでは道具類もウェルカムなので、今後も積極的にPRしていきたいと思っています。

『道具』で検索しますと、現在は以下のような出品作品を確認できます。

《▼『道具』での検索結果・作品はこちらです》

お時間のある時に、ぜひサムライオークションでお宝探しをお楽しみください。

【古くなるほど美しい《漆器》】

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衣食住に関わる品々は、高品質低価格なモノが増え、結果、新調品を好む人が増えていると感じます。ひと昔前、大量生産大量消費を見直すトレンドが確かにあったのですが、デフレ環境が長くなって、時代が逆行しているように思う今日このごろです。手軽なことや効率の良さは、確かに評価されるべき面もあるとは思うのですが、そちらの価値感に少しよりすぎているのではないでしょうか。

革製品や家具など、エイジングを楽しむ文化は、モノを大切にする文化につながります。日本には古くから、漆器の存在があります。漆の木の生息域は東アジアに限られているため、漆器はアジア発の文化であり、海外では漆器全般が〈JAPAN〉と呼ばれることもあるようです。

漆を塗ると表面の強度が高くなり、防腐効果もあるために耐用年数が長くなります。同時に漆は、天然の樹液のため乾いて固まった後にも呼吸を続けて、いつまでも変化します。空気に触れ、紫外線や人の手との摩擦によって表面が透明化して明るくなり、艶が出ます。

漆に似た塗料も多くありますが、化学塗料の場合は色は変化せず、光沢がでるようなエイジングもありません。本物の漆器は、使い続けることで味わいや愛着が出てくる、コレぞまさに骨董の味わいです。 サムライオークションでは現在、漆器の出品はほとんどありませんが、エイジングに魅力がでる品なので、他の骨董と同様に、出品もファンの方も増えると良いなと思っています。

【《益子WEB陶器市2020年秋》で感じるアフターコロナの可能性】

こんにちは!《骨董品・美術品専門のオークションサイト》サムライオークションスタッフの利休です。

《用の美》という言葉をご存知ですか? 民芸運動の提唱者として知られる柳宗悦(やなぎ・むねよし/1889〜1961年)が語った言葉として紹介されますが、《機能美》のこと。純粋な機能を持った道具は、使われている時が美しいということ。その意味で、私が思い浮かべるのは益子焼です。

陶芸家の一品もありますが、ゴツゴツ、ぼってりといった表現がぴったりの益子焼は、お値ごろでバリエーション豊富。日常使いにピッタリです。毎年、春秋に開かれていた陶器市は、半世紀以上の歴史があり、益子町ぐるみの庶民的なお祭りとして有名ですが、今年は新型コロナの影響で春、秋ともに中止となりました。

その変わりに、実施されたのが《益子WEB陶器市2020年春》。この春、初めて開催されたところ想定の倍以上の売上を記録したそうで、秋は規模を拡大して開催されるそうです。

《▼《益子WEB陶器市2020年秋・10/31〜11/10》

https://toukiichi.mashiko.online/

http://blog.mashiko-kankou.org/ceramics_bazaar/

実際の陶器市に何度か遊びに行ったことがあるのですが、あの町全体のお祭りのような賑わいはネットでは味わえないなと否定的な印象でしたし、そもそも陶器は質感や重さがWEBでは伝わらず、ネット販売には不向きとされています。しかし、リアル陶器市が、栃木県内外から年間平均60万人の来場者に対して、春のWEB陶器市へのアクセス数は、約57万アクセス。単純に比較はできませんが、オンラインとリアルの陶器市が相互に補いあって、益子焼きの町が新時代の可能性を見せてくれているように感じます。 サムライオークションは陶磁器の出品は多くないのですが、DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の到来に合わせて、今後は陶磁器も積極的にPRしていきたいと思っています。

【イノセントな求道者《ベルナール・ビュフェ》】

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『恋は落ちるもの』とは、何かのTVドラマのセリフだったと思うのですが、人は理屈で好きになるわけではなく、直感的に一瞬で気に入ったり、嫌ったりということを繰り返して生きています。

もうだいぶ前になりますが、ビュフェの作品を初めてみた時、ひと目見た瞬間に好きになりました。後づけで考えてみれば、その時自分が感じていた社会の閉塞感や厭世観にピッタリとハマッたという言い方ができるかもしれません。抑制された色使いや、シャープでトゲトゲしい描線が、ある種の痛みにリアリティーを与えながら共感を呼び起こしてくれました。

ビュフェ美術館を設立した岡野喜一郎をはじめ、ビュフェファンには同様のひと目惚れを体験した人が多い気がします。同時代性やわかりやすさ、そしてなによりその独自のスタイルがその魅力の源泉。美術史的には、それほど高い評価を与えられていないのかもしれませんが、市井のビュフェファンにとっては、間違いなく唯一無二の愛すべき作家であり作品、そんなアーティストです。

作品だけではなく、ビュフェの思想信条や生き方にも惹かれるものがあります。30歳で出会い、結婚して、最後まで暮らしを共にしたアナベルとの物語や、パーキンソン病を患って絵が描けなくなってしまった結果として自死を選択した精神性について、そのイノセントさを感じずにはいられません。

20歳で鮮烈にデビューし、スターとしてもてはやされていた時から『私は絵を描くことしか知らない』と、絵を描くことに人生のすべてを捧げていると話していた言葉に重みを感じます。

そんな愛すべきビュフェの回顧展が渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで、11月21日(土)から開催されます。

《▼『ベルナール・ビュフェ回顧展・私が生きた時代』

現在、サムライオークションには、ビュフェの作品は出品されてはいないのですが、例えば〈フランス〉〈パリ〉などの関連キーワードで検索していただきますと、お好きな作家と似たテイストの作品と出会えるかもしれません。ぜひ、条件検索機能をご活用ください。

《▼『フランス パリ』での検索結果・作品はこちらです》

【エディションで異なる、その物語もおもしろい《木版画》】

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刑事コロンボで有名な米国人俳優のピーター・フォークは、優れた役者の条件として『同じ演技が何度でもできること』と話していたそうです。確かにどんな仕事でも、プロならば何度でも同じことができるはず、というのは説得力があります。

再現性の高さが、作品の本質に重なるアートがあります。《版画》です。版画のおもしろさは、その再現性にあり、同時に版木の劣化によって生まれてくる味わい深さや、売れ行きによって作品が変遷するその物語性にあります。北斎でも広重でも、初刷の売れ行きが悪いと版元が流行などを鑑みて、刷り色を変更するなどアレンジを加えたことで、同じ版木を使っていても、刷り色が異なるエディションが存在することになります。

大正時代に誕生した新版画は、それまでの木版画に比べて摺り度数が格段に多く、30〜40回ほども摺りを重ねることで、表現力が飛躍的に広がっています。新版画ムーブメントの作家の中で、現在世界的にも人気がある作家が川瀬巴水(1883〜1957年)。アップル創業者のスティーブ・ジョブズがコレクションしていたことでも有名になりました。

巴水は日本画、そして洋画を学び、最後に自分にとって最良の表現手段として、版画を選択しました。巴水が版画作品に力を入れ始めた1918年頃は、浮世絵版画は衰退していましたが、当時の人々にとって写実的な洋画の技法を木版画に取り入れた巴水の作品は新鮮だったようで、徐々に人気が高まったいったようです。

巴水が生涯で製作した作品は、600点以上と言われています。しかし、オリジナルの版木は関東大震災や第二次世界大戦でほとんど焼かれてしまったそうで、現存する初摺りは、大変人気が高くなっています。特に欧米では以前から評価が高く、海外のオークションでは高値で売買されています。

サムライオークションには、現在巴水の作品のお取り扱いは無いのですが、それ以外の版画作品が数点公開されています。ぜひアクセスして、ご覧になってください。

《▼『版画』での検索結果・作品はこちらです》